[Ⅳ:連邦の反攻]
余波
銀河連邦首都ニューフィラデルフィアの大統領行政府キャピトルタワー。
九月九日、大統領執務室には呼び出されたメンバーたちがソファに腰を下ろしている。
連邦軍を指揮し、軍政を司る
銀河連邦共和国の国政を担う権力者集団であり、国防に関する限り彼らが全権を握ってると言っても良い。
遅れて
「議長」
促されて一座を見回したチュイコフ将軍もまた、大統領同様に苦虫を口に含んだような表情である。無論彼が言わんとする事を一座の人間は情報として知っているから、冷や水を掛けられるような思いを味わう訳でもない。
「皆様がご存じのように、昨日フォート・バンカーが陥落しました。防衛要塞線の一角であり、今後帝国軍が同地を恒久拠点化して連邦領に侵攻する可能性も考えられます」
「敵が新兵器や新戦術を用いたと言うのか」
一座の中で最高齢の上院院内総務が糾弾するような口調で問うた。
「十万隻の大艦隊にも耐え得る要塞では無かったのかね」
「要塞から撤退した駐留艦隊の報告によれば、敵は要塞の機構の欠陥を利用して上陸してきました。既に対応策を
「だが敵が自由にあの要塞を利用できるようになったことで、本土侵攻が現実味を帯びたと言う訳だな、将軍」
「仰る通りです、しかし——」
「責任をどう取るつもりだ。国民が納得するとでも?」
「議員」
ウォーレン自らが仲裁に入った。老齢の議員にとって若手のウォーレンは物好きする相手ではなかろうが、仮にも彼は大統領である。
「今ここで将軍を責めても仕方ありません。善後策を考えましょう」
「明日の朝にはマスコミが報じる。報道対策を準備しなければ」
大統領に向けてそう告げたキラコスキ副大統領は禿げ上がった頭に内臓脂肪の溜まった腹と言う外見上の不都合を跳ね返す程の一九六センチと言う長身と頭脳明晰ぶりが特徴的な男で、二五六六年の選挙では前大統領シュワルツコフと連邦党予備選で争った経歴を持つ。敗退こそしたが党内でも有力者で政策通のキラコスキは国務長官と言う要職に任じられ、シュワルツコフの急死で副大統領から昇格して政権を受け継いだウォーレンもまた自分より二十歳年上の国防長官を今度は副大統領として迎え入れた。
「事実を伝える他ないだろう。要塞陥落以外の言い方があるのか」
多少棘の混入した声でファン議員が応じる。
「それよりも善後策と言うのなら、軍事戦略をどうするつもりだ」
ウォーレンは肘掛で頬杖を付き、居並ぶ制服組を見やった。口を開いたのは
「敵が要塞攻略に手古摺る間に稼いだ時間で、我が軍は三十万隻の艦隊動員に成功しています。現在分派した艦隊が各要塞の救援に到着しつつあります」
「だが救援艦隊が到着したにも関わらずフォート・バンカーは陥落したのではないか」
ファンの詰問は留まるところを知らない。
「第五及び第七艦隊が分散しておりますが、第二艦隊は予備兵力として後置されております。状況に応じて戦線に投入し、敵に圧倒的に勝る火力で攻撃が可能です」
「ではそれを直ちに投じるべきだろう。要塞の損失を埋め合わさなければ、国民の支持を繋ぎとめる事は出来ん」
ファンの懸念は単に有権者から選出される議員としてのエゴではない。租税を負担し軍の血液たる人員を供給し、兵器を生産する担い手である国民の戦争に対する支持を取り付けられなければ、連邦党政権はおろか連邦国家それ自体に対する大打撃を招きかねなかった。
銀河連邦議会は単純小選挙区制の影響から二大政党制が定着していて、
「反攻作戦の立案は」
大統領は制服組を見やった。
「現在統合参謀本部で立案中です。三日以内に計画が提出できます」
「ファン議員、一旦は参謀本部に任せる他ないでしょう」
ウォーレンはチュイコフの言葉に重ねるように言った。
「私はただ失態を補う確かな軍事的成果を求めるだけだ。それが何であれ構わん」
これ以上追及する愚を悟り、ファンはソファにもたれかかる。
「フォート・バンカーの失陥は痛手ですが、周囲に配置した哨戒部隊の網で敵軍の動向は全てキャッチできます。もし敵が何らかの活動を起こせば即座に捕捉し対応できる態勢です」
言い訳がましいカーボッティの説明は、参列者に何らの建設的意義を感じさせはしなかった。
「とにかく早急に作戦案を立案しろ。他の要塞は絶対に失陥しないように」
「前方総軍にはそのように指令します」
その後十分してあまり要領を得ない問答で会議は散会となった。部屋を出ていこうとするケインFIA長官はウォーレンに呼び止められて、再び部屋に戻る。
半円形の大統領執務室の最奥の執務机にウォーレンは腰かけた。
「連合の動きはどうだ」
ケインは首を横に振った。
「軍が警戒状態に入ったり、通信量が増大したとの報告は受けていません」
眼鏡の奥に険しすぎる程の眼光を隠す諜報機関の長官は彼らしく淡々と応じた。
「要塞失陥を受けて、係争宙域の獲得に動き出すかもしれん。動きに目は光らせておけ」
「現地にそのように伝えます」
必要最低限の返答で踵を返すと、長官もまた部屋を出ていった。
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