独立惑星連合

 独立惑星連合Independent Planet Confederacy、略称IPCは銀河連邦共和国から独立した一派である。

 その成立の歴史は一世紀前の二四六一年にまで遡る。時の連邦議会において国権の強化を図る連邦党が提出した州細分化法案が議論になった。これは広大な面積と国力を持つ州を分割する事でその力を削ぐ事を図ったものであり、中央集権化のための施策であった。

 これに対し“惑星州”と呼ばれ、惑星とそれが属する星系全体を一つの州として統治する辺境星系の州政府とそこから選出された議員らは猛反発した。伝統的に地球やティアマトと言った発展した地域は連邦党に、辺境の惑星系は国民党を支持していたが、議会は提出者の名前から“ケールマン・ジョンソン法”を巡って紛糾し、辺境の一部惑星州は連邦からの離脱を公然と表明するまでになった。

 判断の是非は六二年に行われた大統領選と上下両院議会選挙に委ねられた。国運を決めるような選挙は当然大きな盛り上がりを見せ、投票率は空前の八十パーセントに達した。

 結果は現職の連邦党の大統領が二期目を決め、議会も連邦党が多数派を占めた。選挙区割りの影響で連邦党の地盤となる都市惑星により多くの議席が配分されていた事も連邦党の勝利に一役買った。

 これにより法案の可決は確実な情勢となるが、それに先手を打つ形で辺境星系が独立を宣言。自らを独立惑星連合と名乗った。

 あくまで平和的な宣言であったが、当然連邦政府側にとって認められる事態ではない。しかし外敵の脅威が無くまともな軍備を保有していなかった連邦宇宙軍及び地上軍が直ちに鎮圧する事は不可能であり、残留星系の国民党勢力と、戦争を嫌う世論の圧力もあって静観するに留める他なかった。

 一方の連合側は法案成立前に間に合わせるためのにわか仕立ての国家であり、旗振り役のノルディア州知事カルメン・ベン・ヨセフが国家評議会議長となり、各惑星の代表による国家評議会が組織されたが、連邦からの独立のみがアイデンティティと言っても過言ではないこのような分権体制では党派争いが即座に噴出する。しかしヨセフ議長による多数派工作によって造反者が追放され、その後にはヨセフによる独裁体制が構築された。

 現在の連合は元首たる国家評議会議長に全権力が集中し、その元に国家評議会として各惑星系からの代表が形式的に席を連ねている。実際の国政運営は議長の任命する首相——閣僚評議会議長の下内閣が組織されて政務に当たっていた。

 国家評議会は言うまでもなく独裁体制の頂点であるが、その統制は経済分野にも及び、指令経済によって経済と産業の発展が成し遂げられた。これは連邦に対抗し得る国力を可能な限り短期間で育成する必要性があったためであるが、その成功は国家体制に対する支持を高め、その後も国家社会主義体制の下に連合は運営されている。分権を求めて独立した国家がこれ程に極度な中央集権体制を採ったと言うのは歴史の皮肉であろう。

 連邦と連合の国力は、GDP比で言えばおよそ五対三と言う開きぶりであり、連邦がその総力を挙げれば容易に連合全土を併呑し得ただろう。それゆえに生き残りをかけて連合は軍備拡張に勤しみ、連邦と辛うじて互角で戦える程度の軍備を維持し続けてきた。

 その連合の現在の元首たる国家評議会議長がベン・ゴールドスタインである。角ばった白い顔つきの周囲を白金色の毛髪と髭が囲い、深紅のスーツが覆う重厚な体格は安定感を感じさせる。事実ゴールドスタインは指導者として敏捷さよりもその安定性を高く評価される男だった。

 国家評議会議長の選出過程と言うものは帝国のようなブラウメン王家の世襲でも連邦のような民主的選挙でもなく、国家評議会における投票であり、政治学的分類においては寡頭制にも区分され得る。

 「帝国軍がフォート・バンカーを陥落させたようです」

 「らしいな」

 ビシャール・アミル・アッバース国家評議会副議長を前にした会食の場である。連合を代表する実力者である二人がこのような形で食事を共にするのは決して珍しい話ではない。

 「これでパワーバランスが一変するとお考えですか」

 まるで相手の見識を試すかのようにアッバースは問う。ゴールドスタインはポタージュを掬ったスプーンを持ち上げる手を止めて副議長の色の濃い顔を見つめた。

 「すぐに変わる事はないだろうな。要塞攻略にこれだけ手こずった帝国軍が連邦領の奥深くまで侵攻する事はできん」

 「では我が国が取り得る行動はまだ無いと」

 口内の物を飲み下してからゴールドスタインは再度口を開いた。

 「我々にできる事は両国の戦争がなるべく長く続き、双方が消耗する事を祈るばかりだ」

 強大な二勢力が争うとき、弱体な第三勢力が望むのは戦争が膠着状態に陥り、自身に侵略の食指が動く余裕がなくなる事である。そのためには直接軍事介入以外のあらゆる手段を用いて膠着状態を長引かせるのが最善手となるだろう。

 「そのために打つべき手は打つべきでは」

 アッバースがそう問うたのはその考えを反映してか、あるいは彼にとって唯一仰ぐべき上位者である存在に対する牽制のためか。

 副議長の意志に勘づいてか否か、ゴールドスタインは即答しなかった。返答を考える時間稼ぎのように空になった皿にゆっくりと銀のスプーンを置く。

 「下手な介入は一方の不満を招くばかりだ」

 曖昧な返答はアッバースの望むところではないが、深入りして隙を見せる事は彼の望むところではない。外見上何らの反応を示すことなく彼は話題を着陸させる決断をした。

 「なるほど。今情勢に介入するのは時期尚早とお考えですか」

 「君には何か考えがあるのか」

 アッバースは肩を竦めて両手を挙げた。

 「そう仰られても、私にも妙案はございませんな」

 一瞬目を細めたゴールドスタインは、次の瞬間には窓の外に広がる首都ノルディアポリスのビル群に視線を逸らした。

 「スペクターは積極的な連邦への支援を望んでいるらしい。要塞が攻略されれば軍事パワーのバランスが一変して連邦が併呑されると、考えているようだ」

 心情を読み取らせない表情でアッバースは縦に細長いワイングラスを持ち上げた。

 「所詮は地方政府上がりの男です。外交的な視座を求めても致し方ないでしょう」

 ビシャール・アミル・アッバースの風貌は国政の指導者と言うよりも新興企業の社長と言うべきもので、華美さよりも質実剛健さを思わせるグレーのビジネススーツに精悍さを感じさせる筋肉質な浅黒い肌を包み、短く借り上げた黒髪にぱりっと整えた口髭、切れ長のグレーの瞳もまた活力を感じさせる。今年四三歳と言う若さでの副議長就任は歴代最年少の若さであり、次世代の連合指導者と目される男だった。

 「連邦の国力とそれに下支えされた軍事力は帝国軍と言えど容易に崩す事は出来ん。殊にこれ程外郭要塞線の攻略に手古摺る始末ではな」

 これで話が一区切りしたことを宣言するために椅子の背もたれに身を預けようとしたゴールドスタインの側に、足早に秘書官がやってきた。耳打ちされる間議長は彼の目前に座る男に視線を向け続け、秘書官が一歩退くまで動かすことはなかった。

 「何か急報が?」

 やや表情筋が硬化した事を見て取った議長を見て、アッバースが問う。それに対して狼狽するゴールドスタインではなく、広い顎を肉厚の手で擦って重々しく答えた。

 「帝国が今一つの要塞を攻略したらしい」

 「ほう」

 微かにアッバースの口元が吊り上がった。

 「要塞一つが攻略できれば、その戦訓の共有でドミノ式に崩せると言う事かな」

 「外交政策の転換が必要になりますかな」

 議長の感慨には関心がなく、アッバースはより実務的な話題を持ち出した。

 それに対して議長は即答しなかった。表情一つ変えないままだが、顎に当てた手を動かさず、アッバースを直視している。平凡な回答が口から滑り出したのはたっぷり五秒の間が過ぎての事だった。

 「今しばらくは静観する他なかろう。思ったよりも早く情勢は移り変わるものだな」

 退出する秘書官と入れ替わるようにロブスターのステーキが運ばれてくる。鼻孔に差し込むソースの芳香は、この時ゴールドスタインの気分を良くする物ではなかった。

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蒼の向こうへ〜銀河戦争史〜 智槻杏瑠 @Tomotsukiaru

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