遭難者の銀河帝国

 銀河帝国の王宮シェーンバウムは帝都シュティーアのほぼ中央に位置し、その敷地を直上より観察すれば正六角形となっていることが分かるだろう。無数の建物をその内側に配置する王宮は一三四億の帝国臣民を統治する銀河帝国の中枢であり、皇帝ヨーゼフ二世の居城でもある。

 甲冑を模した装甲服に身を包んだ近衛擲弾兵が佇立する通路を足早に進みゆく人影の群れがあった。その先頭に立つ者の堂々たる体躯を包む漆黒の将校用正式軍服の腕の金線の数は彼の階級が元帥に達する事、肩の参謀飾緒は海軍参謀本部を卒業した参謀将校の一員であることを明示している。

 大小の宇宙艦艇四十万隻以上、兵員約一億六千万人から成る銀河帝国海軍の軍令を担当する海軍参謀総長ヴェルナー・フォン・ヴァイクス上級大将は、軍政を司る海軍卿フォン・トロータ上級大将、平時において練度を保ち海軍の質の担保を担う艦隊総軍司令長官フォン・レーゲンスハイム上級大将と並び”海軍三長官”と称される一員であった。

 その後ろには海軍参謀次長フォン・ベーメルワイス大将や作戦部長フォン・レーヴェンベルク中将ら海軍参謀本部の重鎮たちが続く。度重なる戦争の末に人材が払底した銀河帝国海軍にあって、彼らは生き残ったベテラン層の高級士官たちであり、参謀本部で帝国海軍全体の作戦運用を担うエリート集団であった。

 皇宮の着床パッドには低空輸送機Hiハインツ34が着地している。短距離の人員輸送から揚陸作戦の最前衛としても働く汎用輸送機であった。

 輸送機に乗り込んだ一同が席に腰を下ろすと、最初にベーメルワイスが口を開いた。引き締まった細身の身体にスキンヘッドの頭と黒縁の眼鏡と、頭脳明晰たる事を感じさせる風貌である。

 「陛下のお許しが下ったな」

 相対するレーヴェンベルクが喜色に顔を満たして頷いた。

 「これで計画は実施の段階に進みます」

 「だが全ての要塞の攻略にはやはり兵力不足が否めないのではないか」

 ベーメルワイスが指摘した。

 「連邦は政権交代により国内の態勢が脆弱です。今が好機でありましょう。それに全要塞の攻略が陛下の御意志とあれば」

 ベーメルワイスは口を真一文字に結んで沈黙した。彼が必ずしもレーヴェンベルクの楽観論に同調していない事はその態度からも明白だった。

 ヴァイクス上級大将は堂々たる体躯ともみあげから続き頭部の下半部を囲う顎髭と、”大将軍”のイメージそのもののような男である。細部に口やかましくなく大器量で優秀な部下たちの献策を容れる上官であり、平時において海軍参謀本部と言う巨大な官僚組織の事務を遅延なく回転させるには適任と言って良い人物であった。

 この時も部下たちの会話に割って入ることはせず、泰然自若の生きる実践例のように両腕を組み窓の外に目を向けている。

 「”赤の場合”は二ヶ月以内に開始できましょう。あとは陸軍の足並みが揃えば」

 レーヴェンベルク中将の”陸軍”と言う言葉に込められた侮蔑の響きが陸海軍の間の感情的対立を匂わせたが、それを指摘する者は周囲の参謀将校らの中の誰にもいなかった。

 

 銀河帝国建国の年と歴史の教科書に記される年は西暦二三九八年、現在からはおよそ二世紀前となる。その前身はノイエエルデと言う惑星国家であった。

 西暦二一四五年、火星戦争の後遺症に苦しむ人類にとって太陽系外に初の居住可能惑星が発見されたと言うニュースは希望の光明と言って良かっただろう。当時発達しつつあった亜空間航行技術――ジャンプ跳躍航法と名付けられた――により光速を遥かに超える惑星間航行が可能となった。

 二一五三年、現在では”アンタレスプライム”と名付けられたアンタレス星系第二惑星に最初の移民受け入れ用の都市が建設され、地球から人類初の大規模移民船団が出発した。その一群の中に、およそ百万のドイツ人の一団の乗る移民船団があった。この数は国際連合により割り当てられた移民人口枠である。多額の補助金もあり、戦乱で荒廃した地球環境から新天地を求め宇宙を目指す人々は多かった。

 しかしこの船団がジャンプ航法を行った際全ての船が亜空間に消失してしまった。当時は座標計算を月の管制センターで行っており、その際の数値のコンマ以下の数字のズレと判断された。行方不明となった彼らの捜索は一年で打ち切られたが、彼らは移民船団は地球から遥か一万光年の彼方までジャンプしていたのである。

 管制センターの通信可能距離を遥かに超えた場所から一万光年の距離を戻るというのは当時の技術では不可能であり、移民船団が採り得る選択肢はこのまま食料が尽きて飢え死にするのを待つか、この大宇宙の彼方で自分たちで植民可能な惑星を見出すか、であった。

 幸いにも彼らには前者の結末を迎える前に人類の居住に極めて適した惑星を発見することができた。彼らはこの水と緑に溢れた肥沃な惑星に降り立ち、自分たちの手でノイエエルデ新地球と名付けた惑星を開拓し、文明を再構築したのである。移民船には都市開発の機材も食料生産のための基盤設備も、コンピュータに収められた地球文明のあらゆる知識もありその後の数十年の間に惑星ノイエエルデに根付いた人類社会は急速な発展を遂げた。

 ノイエエルデにとって対等な敵対国家などは存在せず、国軍を保有する必要などなかったが、治安維持のための最小限の警察力は保持する必要があった。ノイエエルデ内務省の警察局長に二三六〇年に就任したのはヨーゼフ・フユリゲスと言う男であり、その当時三八歳であった。

 このフユリゲスと言う男は既に停滞を迎えつつあったノイエエルデ社会を憂いていた。多産が奨励され、それを受け入れる余地が十分過ぎるほどあったこの惑星における二百年の拡張によって人口は二億人に達していたが、民主社会の下でさらなる社会の発展から目前の生活へとその視野を狭めていく社会を見て、彼はいつか必ず遭遇することとなるかつての故郷地球の存在を思い描いた。

 もし地球と再会した時、ノイエエルデが弱小な小国家であれば直ちに併呑されるに違いない。それはこのノイエエルデの地に生を受け、この地でアイデンティティを育んだ彼には許せない事態だった。

 だが時のノイエエルデは安穏に胡座を掻き、肥沃な大地の資源を貪るだけで宇宙へと再び旅立ち発展する気概など無く、政治家や著名人ののスキャンダルばかりがメディアを賑わせ、堕落していくようにフユリゲスには感じられた。

 彼は政財界やメディアに対して広く働きかけ、同志を集めて”新人類発展運動”の中心人物となる。それは程なく現状の社会に危機感を抱いた志士や、現政権の代わり映え無い穏健な政治に嫌気が差した一般市民にも広がっていった。

 運動の広まりを民主政府は恐れた。運動の方向性以上に、フユリゲスが一官僚の域を超えて国民的人気を獲得しつつあることを彼らは警戒した。もし勢いに乗ってフユリゲスが政権獲得に動けば、彼の勢力が国家を牛耳ることとなる。フユリゲスが国民的人気を背景に独裁者になる事を彼らは恐れた。

 二三六四年、フユリゲスが首相選挙に立候補を試みた時、愚かにも時の権力者は彼を暗殺しようとした。事前にその情報を掴んだフユリゲスはその事実を逆用して政府の悪逆を避難し、彼の配下の警察と同志は政府高官を拘束する。クーデターで権力を掌握し、国民的人気に支えられる形で臨時政府の首班となったフユリゲスは来たるべき地球との再会に備えた社会の発展を訴え、自ら首相と大統領を兼任する共に国号を銀河帝国と改めた。

 しかしフユリゲスの強権的な統治は反発も招き、民主主義勢力を中心として反対派勢力の伸長とそれに伴う治安の悪化を招く。譲歩する形で民撰議院としての元老院を設立したが、元老院選挙に立候補できるのは高額納税や国家への貢献によって貴族の称号を得た者と限られた。

 フユリゲス自身は二三八四年に暗殺されたが、フユリゲスの右腕として働いた内務大臣にして、その遺志を継いだフランツ・フォン・ヴュルテンベルク侯爵がフユリゲスの遺命に従い第二代の最高執政官となる。彼はフユリゲス以上に強力に社会改革を推し進め、反対派勢力を弾圧した。彼の治世で帝国は更に発展し、新たな居住可能惑星への移住も進展する。それでも頑強に抵抗した元老院に対してフランツは逆クーデターで応えて元老院を廃止し、二三九八年に自ら帝国皇帝フランツ一世を宣した。

 その後皇帝という至高の地位を巡って権力闘争を経ながら帝国は劇的な発展を続け、二五三六年に遂に帝国は地球連邦から発展した国家、銀河連邦共和国との接触を果たす。現在は第十代皇帝ヨーゼフ二世の治世にあり、フユリゲスの遺志を体現するかのように連邦と三十年の間に三度の戦争を重ねていた。

 銀河連邦の人口は二五五億人、対する銀河帝国の人口は一三四億人。これは帝国と連邦の国力差を端的に表現する数値である。同時にたった百万人の遭難者達が立ち上げた国家が連邦に不足はあっても比肩しうるここまでの発展を遂げた事の証でもあった。

 この二国のうち人類社会の覇者となるのはどちらか。それは未だ余人の見地の及ぶ範囲ではない。

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