第6話 どろり……
くるりくるりと軽やかに踊る。
イザベルはルイスにダンスを申し込まれ、当然、断ることなどできなかった。
(小夜、小夜……。会いたかった。今度こそ守れるよう、地位を盤石にするまで会えなかった。愛している。今世こそ、添い遂げよう)
(何故、われは今、殿下と踊っているのじゃ? それも二回連続で。二回連続は婚約者か妻にのみ許される特権ではなかったか!?)
行動の意図を知りたくて、イザベルはルイスを見上げた。
そうすれば、蕩けるような微笑みが返ってくる。
「ずっと会いたかった……」
驚きすぎて、イザベルは表情を作ることも忘れ、ぽかりと口を開けたままルイスを見た。
「俺と結婚して欲しい」
まだ十五歳という年齢なのに、落ち着いた甘やかな声。
どこからともなく、藤の花の香りがした気がした。
「あの……私…………」
(何故、われは求婚されておるのじゃ? あれか?
イザベルは混乱した。
言葉を上手く紡げず、視線も右へ左へと泳いでしまう。
ダンスを踊る足がもつれてしまいそうだった。
そんなイザベルをルイスは愛おしそうに見つめた。
(あぁ、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……。前世で色々とねじ曲げた甲斐があった。力はほとんど使い切ったが、二人で同じ時代、同じ年齢、近い身分で生まれたのだから、その意味はあった)
「イザベルと呼んでも?」
「あ、はい……」
完全にルイスのペースだった。
前世での恋は過酷ではあったが、帝はいつも穏やかで、こんなにぐいぐいと来られたことはない。
「俺のことはルイスと呼んで欲しい」
「ルイス殿下……」
「違う。ルイスって呼んで」
「ルイス様……」
「おしい。ほら、ルイスって呼んでごらん」
「ルイス……様…………」
りんごのように真っ赤に染まった顔。
あまりの可愛さにルイスの顔は終始笑みが止まらない。
「今日のところは、それでいいことにしておくよ。イザベルは本当に可愛いね」
「……えっ?」
(可愛い? 今、可愛いと申したか? もしや、目がものすごくお悪いとか? いやいや、そのようには見えぬ。つまり……社交辞令ということかのぅ)
「本気で言ってる。イザベルは世界中の誰よりも可愛いよ」
まるでイザベルの心を読んだかのようなどストレートな言葉に、これ以上赤くなれないほど赤に染まっていたが、更に全身を染め上げた。
「ご冗談を……」
か細いイザベルの声に、ルイスは藤色の瞳を瞬かせた。
(やはり、小夜は自分に自信がないのか……)
前世では、そんなことなかった。
自身の美しさをきちんと理解し、褒めれば微笑みを浮かべていた。
(家庭環境が良くない影響か?)
ルイスはイザベルのことを調べ尽くしている。
だから、当然、イザベルが別邸で暮らしていることも知っていた。
父親からは令嬢としての教養だけをあたえられ、完璧な公爵令嬢を求められていることも、母親が弟と妹にしか関心がないことも、何故か顔を隠したがることも、すべて知っているのだ。
イザベルの様子を探るのは、今に始まったことではない。イザベルが別邸に行く前から影を使って、見守り続けてきた。
そのおかげで、イザベルの小さなミスでデニスにクビにされてしまった使用人や家庭教師全員をルイスは保護できた。
その者たちは、イザベルが王家に嫁いだ時、彼女付きの使用人や相談役になってもらうと決めている。
(婚姻は学園を卒業するまではできない。家庭環境が良くないといえど、別邸で楽しそうに暮らしていたから良しとしていたが……)
ルイスはマッカート公爵夫妻を見た。
イザベルから使用人を取り上げたのは父であるデニスだが、暴言を吐くのは母のエリザベートだ。
(暴言を小夜が気にしないから、許してきた。だが、それももう終わりだ。暴力を振るっていないが、時間の問題かもしれないしな……)
「イザベルは、家族が好き?」
突然の問いにイザベルは曖昧な笑みを浮かべた。
その笑みに、ルイスは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「城で暮らす?」
「えっ?」
「家が辛いなら、城にイザベルの部屋を用意するよ」
ぱちぱちとイザベルは瞬きを繰り返す。
(もしかしなくとも、殿下はすべてをご存知なのじゃろうか……)
そのことをイザベルは当たり前のように受け入れた。
前世でも、帝は小夜のことを何でも知っていたからだ。
「お気遣い感謝いたします。ですが、私には守らねばならない者たちがおりますので……」
さっきまでルイスに
意志の強さを感じ、ルイスは笑みを浮かべた。
(時は流れ、新たな人生を歩んでいても、やはり小夜は小夜のままだ……)
「困ったことがあれば、いつでも相談して欲しい」
あまりにも真剣なので、イザベルは思わず頷いた。
そうすれば、優しく微笑まれる。
「いい子だ……」
そう呟いたルイスが、思い出の中の帝と重なった。
帝はよく「いい子だ、小夜」と言いながら、自分とは違う骨張った指で長い髪を優しくすいてくれた。
(われは、今でもこんなに探し求めておるのか……)
ルイスとは、まだ出会ったばかりだ。それなのに、イザベルはポカリと空いていた心の隙間が、ルイスによって少し埋まった気がしていた。
(愛しい人との共通点を探し、それを他者で埋めようとするなど間違っておる)
イザベルは自身を責めた。
けれど心とは裏腹に、かつてないほど胸は高鳴り続けていた。
自分の心を持て余すイザベルと、イザベルしか見えていないルイスによるダンスの時間は終わりに近づいている。
流石に三回連続で踊ることはできず、ルイスは名残惜しくて、イザベルの腰をぐっと抱き寄せた。
「すまない。愛してるんだ……」
言わずにはいられなかった。
イザベルを転生させたことも、自分に縛り付けていることも、すべては自分自身のためでしかない。
(謝ったところで、困らせるだけだ。手離す気もないくせに……)
ルイスは自嘲した。
(俺なんかに執着されて、可哀想だな……)
そう思いながら腕の力を緩め、イザベルの顔を見れば、心配そうな視線と交わった。
「大丈夫ですか?」
ルイスの告白はどこか苦しそうで、それなのに熱くて、重たくて……。
泣いているのではないか……。そう思って声をかけた。
けれど帰ってきたのは、どろりとした熱がこもった眼差しで、まるで逃さないと言っているかのようだった。
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