第21話 ずっとずっと変わらずに──。


(これって、俺のことを好きだって言ってるようなものじゃないか。前の俺と、今の俺を愛して、揺れて、苦しんでいる。嬉しいなんて言葉では言い表せない。小夜の心も、イザベルの心も、俺でいっぱいになればいい。俺がずっとずっと前から小夜のことしか見ていなかったように)

 

「イザベル」

 

 甘さを含んだ毒のような、一度聞いてしまったら、心が囚われてしまいそうな声だった。

 

「愛している」

 

 ルイスのストレートな告白に、イザベルは耳を疑った。


(何の冗談じゃ? われのような見目の者を愛する者など現れるわけもない──)

 

「愛している」

「一体、何の冗談で──」

「ずっとずっと、あなただけを愛している。今も昔も、これから先の未来も──」


 ルイスがあまりにも真剣だから、愛を告げる言葉が本心なのだと、冗談ではのだと、イザベルにも伝わった。

 心からの告白なのだと気が付いてしまえば、イザベルの顔も体も熱が灯っていく。顔も体もみるみる赤く染まっていく。


「でも、私にはお慕いしている方が……」

「それでもいい。俺のことも好きになってきているんだよね? 絶対に今以上に好きになってもらえるようにするから」


(いやいや。お慕いしておる殿方が二人いるのは、駄目じゃろ)


 それでもいいというルイスの言葉で、イザベルの感情にストップがかかった。

 ここでルイスが前世のことを話したならば、ハッピーエンドだっただろう。けれど、ルイスは話さない。

 

(俺を想い、悩み、迷ってくれるなんて。なんて、可愛いんだろう。今惹かれているのも、慕い続けているのも俺だなんて、こんなにも幸せなこと、他にはない)


「良くないですわ。お慕いしている方がいるのに、移り気なんて許されることではありませんもの。どうか、婚約破棄してくださいませ」

「いくら頼んでも無理だよ」


 当たり前のように笑顔でルイスは言った。


「俺は、イザベルでなければ婚約も結婚もしない。信じられないほど前から、そう決めてるし、可哀想だけど逃がす気もない。たとえイザベルが逃げても、どこまででも追いかけるよ」


(この結んだ縁がある限り、イザベルは何度でも俺と出会う。逃げても逃げても、まるで共にあることが運命かのように)


 ルイスは自身の左の薬指を見る。

 そこからは、イザベルの薬指へと鎖のようでもあり、蔦のようでもあるものが伸びている。

 それは、前世で小夜が死んだ時、帝であった彼が小夜との間に結んだもの。小夜が自分以外と結ばれることがないようにと作ったかせ


「イザベルと共に生きられないのなら、この命に何の意味もない」


 ぶわりと藤の花のむせ返るような匂いが立ち込めた。

 ルイスの姿が、今もなお、焦がれている人と重なる。


(そんなこと、ある訳がないではないか。これは、われの願望が見せた幻じゃ)


 藤の花は、小夜と帝の思い出の花だ。

 藤の花が咲く頃に出会った。はじめて、くちづけをした日も、藤の花が咲いていた。

 愛を囁き合い、肩を寄せ合った日々。幸せだった日々を象徴するのが、二人にとっての藤だった。


(何故、ルイス様といると藤の香りが立ち込めるのじゃろうか。あの御方を感じるのじゃろうか……)


 いくら考えても答えは出ない。


(ルイス様に聞いたら、何か分かるであろうか……)


 そう思ったが、そんなことあるわけがないとイザベルは自身の考えを否定した。


「イザベル、俺にはあなたがすべてなんだ」


 イザベルの心臓はドクドクと走っている。

 心の何処かで、嬉しいと叫んでいる自分に、イザベルは嫌悪し、恥じた。


「私には、その想いを受け取る資格はありませんわ」

「かまわない。資格なんかいらない。隣りにいて欲しいんだ。一緒に歳を重ねて生きていきたいんだ」


(今度こそ──)


 立ち込める藤の香りと、彼を彷彿させる熱を帯びた真剣な眼差しに、まるで帝といるような錯覚にイザベルは陥った。


(われも、今度こそあなた様と生きていきとうございます)


 命を狙われる恐怖も、オニのような見た目だということも、もう小夜の人生は終えていることも、目の前にいるのがルイスであるということも、自身がイザベルであるということも、すべてを忘れてイザベルは彼を見た。


「私も、あなたの隣で生きていきたいわ……」


 ハラハラとイザベルの瞳から、涙が溢れた。

 ずっとずっと会いたいと願っていた帝と再び出会えたような、不思議な感覚だった。だが──。


「イザベル……」


 今の自分の名を呼ばれ、ハッとした。


(一体、われは今なんと口にした?)


 サァーっとイザベルは血の気が引いた。

 出てしまった言葉は、もう返らない。


「卒業したら、すぐに結婚しよう」

「……えっ?」

「想いを確かめあった今、互いに好きな人ができたら婚約を解消するという約束ももう必要ない」

「いえ、これから心変わりを──」

「するの?」

「私ではなく、ルイス様が……」


 どうにか今の話をなかったことにできないか……。

 そんな風にイザベルは考えるのだが、ルイスの勢いがすごく、帝を思い出して出た言葉だという罪悪感から、やっぱり婚約破棄して欲しいと切り出せないうちに話はどんどん進んでいってしまう。


「結婚披露宴の支度も早めに取り掛からないとだね。イザベルは何を着ても似合うだろうから、悩むだろうな。その時間もまた楽しいだろうね」


 キラキラと眩しい笑顔に、イザベルは言葉を失った。


(何故、こうなったのじゃ……)

(あぁ、幸せだ……)


 イザベルとルイスを結ぶ縁が揺れ、ルイスの薬指の爪にある菊の紋様が仄かな光を放っていた。



 これから先、イザベルたちを待ち受けるのは平坦な道ではないだろう。

 レティシアはまだルイスを諦めていないし、リリアンヌへの嫌がらせも解決していない。

 学園では、おかめを被っているのは本物のイザベルではないという噂が流れ、ルイスの婚約者の地位を狙う令嬢も現れる。

 イザベルは、芽生えてしまったルイスへの想いと、帝への想いに苦しむこととなる。


 それでも、時は流れていく。

 楽しい時も、苦しい時も、同じように流れ続けるのだ。


 ルイスと帝が同じ魂の持ち主だと気が付いた時、イザベルは何を思うだろうか。何かが変わるのだろうか。


 生きていけば、変わってしまうことがある。変わらないものなんて、ほとんどないのかも知れない。


 イザベルが自分の容姿をオニのようだと思っていることも、おかめこそという認識も変わることはない。

 それでも、おかめを外す日はいつか来るだろう。


 変わっていくのだ。

 生きていくのは、そういうことなのだ。

 けれど、ずっとずっと変わらないものもある。


「イザベル。俺たちは、ずっとずっと永遠に一緒だよ。何度生まれ変わったって、一緒に生きていこう」


 甘さと熱に隠された、どろりと重く暗い感情。

 逃すつもりはない。

 愛しくて、愛しくて、愛しくて……。

 狂ってしまいそうなほどに、求め続けている。


 ずっとずっと変わらずに──。


 


──END──

 

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【完結】殿下は前世の許婚!? 悪役令嬢は、殿下の執着に気が付けない うり北 うりこ @u-Riko

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