第16話 前世の話
ルイスは、イザベルとリリアンヌを順に屋敷へと送った。
ローゼンは護衛として、馬車の外で馬を走らせており、馬車の中にはイザベル、ルイス、リリアンヌの三人である。
まずはマッカート公爵家でイザベルを降ろし、馬車の中でリリアンヌと二人きりになった。
「それで、イザベルについての大事な話とは何だ?」
ローゼンから渡された手紙をルイスはひらりと振る。
すり寄ってきて鬱陶しいと思ったら、急に手のひらを返したリリアンヌのことをルイスは未だ信用していない。
イザベルが気に入ったから、許容しただけだ。
「私、前世の記憶があるんですよ。いわゆる転生者ってやつですね。殿下も前世の記憶があるんじゃないですか?」
無駄話をせず、リリアンヌは直球で切り込んだ。
驚きもせず、蔑むこともせず、感情を見せない藤色の瞳がリリアンヌに向けられる。
「その転生者ってのは、何だ?」
「前世の記憶を持ったまま、この世界に生まれ変わった人のことです。あれ? 転生もの流行ってませんでした? もしかして、日本人じゃないとか?」
(ベルリンは美意識がおかしいけど、たぶん転生者じゃない。芋ようかんを知らない、おかめ好きなんて不自然だもの。たとえ外国人だとしても、日本文化に興味があるなら知っていたはず。となると、おかめを知っていたのは殿下としか思えない)
「日本人? 何を言ってるんだ?」
(確かに、俺もイザベルも、この女のいう転生者だ。だが、それを簡単に認めるほど俺はこの女を信用していない。情報だけ引き出すか)
(うぅ……。ベルリンが関わらないと本当に感情が読めない。駆け引きなんか、意味ないじゃん)
少し悩んだ末、リリアンヌは自分の持っている情報を出すことにした。
ルイスが転生者であろうとなかろうと、キミコイの内容を無視するとは思えない。どんなに馬鹿馬鹿しい内容でも、イザベルが死ぬかもしれないと聞かされて、何もしないようには思えなかった。
(信用しきったわけじゃない。でも、現段階でベルリンを愛しているのは間違いない。私一人じゃ難しい場面も、殿下の協力があれば、ベルリンを守れる可能性は格段に上がる。キミコイのイザベルのような悲しい想いは絶対にさせない)
「私が話すことは、信じなくていいです。でも、一つの可能性だと思って聞いてください」
リリアンヌは、この世界が乙女ゲームを元に作られていること。乙女ゲームのキャラクター設定や、自身がヒロインで、イザベルが悪役令嬢、ルイスが攻略対象だということ。イザベルの両親は妹と弟ばかりで、イザベルのことを愛していないことなどを話していった。
「──つまり、フォーカス嬢のいうハーレムエンド以外はイザベルが死ぬ……と?」
「あくまでゲーム内での話です。ゲームでの殿下はベルリンに興味はないし、ベルリンもおかめを被っていません。何より、ベルリンは誰にも意地悪なんかしません」
(フォーカス嬢は、絶対に知り得ないことを知っていた。イザベルの家庭のこともだが、王家と神官長しか知らないシュナイの出自を知っているのはおかしい。密偵という可能性もあるが、それならばこんなに馬鹿正直に話すはずがない)
「この話をして、無事でいられないとは思わなかったのか?」
「思いましたよ。何なら、今も殺されるかもしれないと思っています。だから、ベルリンに私が死んだら殿下を疑うように言ったんですよ」
「行方不明という死体が見つからない方法もあるが?」
「そうしたら、ベルリンが探してくれますよ。何年も、何十年も、私が生きていると信じて。そんなこと、殿下がベルリンにさせるわけないじゃないですか」
にこりと微笑むリリアンヌに、ルイスは嫌な顔をした。
「もう少し取り繕ってくれてもいいんですよ?」
「おまえ相手に取り繕っても、俺に旨味はない。それで? 俺に何を望んでこの話をした?」
「ただの情報共有です」
「……どういう意味だ?」
「こういう可能性があると少しでも思えば、殿下はより気を付けてくれますよね。入学と共にゲームは既に始まっています。全く同じとは思いませんが、何かしらの強制力が働く可能性もゼロではないと思っています。ベルリンを守るために手段は選びません」
(そう。手段は選ばない。人の命は一つだもの。後悔したって遅いんだから……)
「何故、そこまでイザベルのために動く?」
「推しだからです」
「推し?」
「そうですね。一言で言うならば、これしかないですね。ベルリンは前世の私の推しです。こんなに美少女なのに、不遇過ぎて何度泣いたことか……。今世では、素顔が見れなくて泣いてますけどね」
「イザベルの素顔は俺だけが見れればいい」
「うーわ、最悪。独占欲強すぎ」
ケッと吐き出すようにリリアンヌは言うが、ルイスは気にした様子はない。
「信じがたい話だが、普通の令嬢が知るはずのない機密事項をおまえは知っていた。この時点で極刑にすることもできるが、イザベルが悲しむから、それはしないでおく。イザベルに感謝して、いざという時は盾にでもなるんだな」
「言い方が最悪すぎるんですけど」
「性悪に気を遣うつもりはない」
「はぁ? 嫉妬と独占欲で束縛するヤツに言われたくないんだけど!!」
「愛が深いだけだ」
「寛容さがなさすぎて、ベルリンに捨てられるわよ」
(あ……。言い過ぎたかも……)
そう思ってリリアンヌがルイスを見れば、馬鹿にしたような視線を向けられた。
「すべてをかけて愛する者に出会えていないなんて、可哀想にな」
「んなっ……」
前世では、それなりに恋愛はしてきた。
彼氏がいたこともあるし、プロポーズをしてもらったこともある。
(そもそも、殿下ほどの愛情を向けることが異常なんだって。どう見ても、執着じゃん)
「うらやましくなんか、ないですからね」
「強がらなくていいんだぞ?」
(腹立つー!!)
地団駄を踏みたい気持ちを抑え、そこから家までの距離は無言を貫いた。
(殿下が転生者かは分からなかった。信じてくれたかも微妙……。でも、それでいい。疑わしい状況になった時、判断の足しになればいいんだから……)
「送ってくださり、ありがとうございました」
「護衛はつけるが、フォーカス嬢自身も気を付けるように。既に恨みをかってるだろ?」
そう言うと、ルイスは去っていった。
「やっぱり、知ってたか……」
ヒューラック、メイス、カミンには婚約者がいる。
メイスの婚約者は、いつものことか……と気にした様子はないが、ヒューラックとカミンの婚約者からの視線はキツい。
最近は、物が無くなったり、影でコソコソ言われたりしている。
(謝って許されることじゃない。でも、きちんとケジメはつけないとね。これ以上、こじれる前にどうにかしないと……)
「ヒロインも楽じゃないわぁ……」
リリアンヌは、家のドアを開けた。
貴族と思えない小ぢんまりとした家だが、家族仲はいい。
抱きついてきた幼い弟を抱きしめる。
「ただいま。遅くなって、ごめんね。これから夕飯作るね」
父は領地におり、母は貴族だが内職をしている。
(今年は、豊作になるといいんだけど……)
遠く離れた領地を思う。
「お母さーん。学園の友達がね、芋ようかんを美味しいって言ってくれたの。これで、一発儲けられないかな?」
「ねーねのおかし、おいしーよ。ボロもうけ!!」
そう言ってキャッキャと笑う弟に、リリアンヌは微笑む。
(私がよくボロ儲けしたいって言うから、覚えちゃったのかぁ……。言葉遣い、気をつけなきゃなぁ)
「ねーね。パンケーキがいい!!」
「うーん。パンケーキは明日の朝ごはんでもいい? 今日の夕飯は、マークの好きな、なんちゃってラザニアにしよう!」
「ラザニアすきー!!」
「よーし! マークも手伝ってくれる?」
「うん!!」
キャッキャ、キャッキャと笑いながらマークはリリアンヌの周りを走り回る。
(大丈夫だよ。ねーねがいっぱい稼いで、マークには苦労させないからね)
リリアンヌはマークを抱き上げ、キッチンへと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます