第17話 俺が守るよ


 一方その頃、イザベルは自室で愕然がくぜんとしていた。

 

「一体、何があったの?」

 

 泥棒が入ったかのような室内には、陶器の破片や切り裂かれたドレスなどが床に転がっている。

 

「警備隊を呼ばないといけないわね」

 

 そう言って、動こうとしたイザベルをミーアは止めた。

 

「犯人はレティシア様です」

「……えっ!?」

 

(はて……。われはここまでレティシアに恨まれるようなことをしたであろうか。どちらかといえば、われが恨む側ではあるまいか?)

 

 考え込んでしまったイザベルに、ミーアは己の不甲斐なさを責めた。

 

(みんなに羽交い締めにされて、縛られて、閉じ込められている場合じゃなかったのよ。何が何でも、別邸ここを守らなければならなかった。ここは、イザベル様がずっと守ってこられたのに……)

 

 椅子を持ってレティシアをぶん殴ろうとしているところを同僚に捕まり、その椅子にぐるぐる巻きにされ、ロープを引きちぎったら危険だと、倉庫に閉じ込められていたミーアが解放されたのは、イザベルが帰ってくる十分前のこと。

 そこから全力でミーア監督の元、片付けが始まったのだが、荒らされ方が尋常じゃなく、間に合わなかったのだ。


「皆に怪我はないかしら?」

「イ、イザベル様ーーーー!!!!」


 ミーアは感激し、胸元からナイフを取り出した。


「ちょっと殺ってきます」

「えっ!? ミーア? 落ち着いてちょうだい!!」


 再び同僚たちに羽交い締めにされ、ミーアはまたもや椅子ぐるぐる巻きの刑に処された。


「ミーア、気持ちは嬉しいけれど力で従わせるのは良くないわ」

「でも、あいつらはいつもそうします!!」

「そうだとしても、駄目よ。ミーアが悪くなる必要なんてどこにもないわ。それにね、ミーアがいなくなったら困るもの。ずっとそばにいてくれるんでしょう?」

「もちろんです!!」


 縛られているため、涙も鼻水も垂れ流したままミーアは叫んだ。


「さて、証拠を残しておかないといけないわね……。隣の部屋にお引越ししようかしら」

「「「……えっ!?」」」

「綺麗に片付けたら、言い逃れをされるでしょう? そうね。殿下にも状況をお伝えしましょう。今回ばかりは、許さないわ」


 何をされても諦めていたイザベルの言葉に、この場にいた使用人たちは驚きを隠せなかった。

 踏まれて割られたおかめを拾い、イザベルは胸に抱える。


(((殿下からの贈り物を壊されて、怒っていらっしゃるのね)))

(おかめに異様な愛情を注いでるのに、それを壊されたらイザベル様だって怒るわよね)


 イザベルの朝の日課はおかめ磨きから始まる。

 それを知っているミーアだけが、真実に辿り着いた。


 イザベルは一枚の便箋に必要事項だけを急いで書くと、封をした。

 それをテーブルの上へと置く。


「いるのは気付いてましてよ。これを殿下に届けてくれるかしら」


 そう言った瞬間に、手紙が消えた。

 使用人たちが驚きで動きを止める中、ミーアは「流石、イザベル様!」と瞳を輝かせた。


(うむ。やはり、われに護衛をつけておったか。婚約者になったが、一向に命を狙われないから、もしやと思っておったが……。ルイス様は行動が早いのぅ)


 前世の経験を頼りにハッタリをかましたら、見事に命中したイザベルだが、部屋を荒らされたことに首を傾げる。


(部屋を荒らされないようにすることもできたろうに、何故自由にさせたのじゃろうか。近頃、大人しゅうしておったレティシアが急に動き出したのも気にかかるのぅ)


 おかめの下の瞳は鋭く、いつもの穏やかさはなかった。




「イザベル!! 可哀想に、怖かっただろ?」


 こっそり付けられていた護衛が手紙を届けに行ってから、三十分もしない間にルイスが来た。

 イザベルのおかめを外し、ギューギューに抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。


「お、お忙しい中っ、わわ、わざわざ来て頂いて申し……訳ありませんわ」

「イザベルが困っているなら、何を差し置いてでも来るよ。怪我は? 痛いところはない?」


(ぬぉぉぉ……。近すぎじゃないかの……。肌と肌が触れおうてるではあるまいか。破廉恥じゃ……)

(別邸を担当した護衛は殺すとして、妹は好色変態野郎に嫁がせるか。確か、隣国の王室にヤバいのがいたな……)


 顔を真っ赤にして狼狽えるイザベルを愛おしげに見つめながら、ルイスは今後の展開を考える。


「あの、大丈夫ですから……。ちょっと近い……です」


 か細い声と、見下ろした時に見える赤く染まった首にルイスは自然と吸い寄せられた。


(雪のような肌が染まる姿が、堪らない……)


 チリリと首筋に小さな痛みが走り、イザベルはビクリと肩を揺らした。


「あの、何を?」


 近いと言ったのに、更にルイスの顔が近付いたことにイザベルは動揺を隠せない。


(あー。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……。さっさと妹を送って、騒ぎそうな母親は事故死でいいか。公爵は、まだいた方が便利だから放っておくかな。弟は……様子見でいいか)


「イザベル、俺が守るから安心してね」


 仄暗さを宿した藤色の瞳が、弧を描いた。

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