第2話 イザベル誕生
細くて、暗い道を押し出されるように進む。
(なんじゃ、ここは……。なぜ、われはこのような狭い場所におるのじゃ?)
後戻りをすれば、温かく、安心できる場所だというのに、そこから追い出されてしまった。
(うぅぅ……。戻りたいのに戻れぬ。進むしか道はないのか……。早くしないとアザだらけになってしまう……)
どのくらいの時が経っただろうか。
細く、暗い道をゆっくりと進まされて行けば、突如、明るい世界へと投げ出され、その眩しさに瞳を閉じた。
「────‼」
「────」
何だか周りが騒がしい。
だが、その言葉の意味は分からなかった。
(騒々しいのう。それにしても、ここはどこじゃ?)
眩しさに目が慣れたので目を開けたものの、視界が悪く、よく見えない。
加えて、何だか息が苦しい。
(われは、死んだのではなかったのか? それなのに、何故こんなに苦しいんじゃ?)
分からない言葉。よく見えない目。うまく酸素が取り込めない体。
助けを求めるように、体を動かそうとしたが、思う通りに動かない。
(嫌じゃ。苦しいのは、もうたくさんじゃ。誰か、助け──)
いきなりお尻をペチンと叩かれた。何度も、何度も、繰り返し。
(な、何じゃ⁉ なぜ、われの尻を叩くのじゃ!?)
理由も分からず叩かれ、痛くて、苦しくて、恥も
どうにか堪えていると、大きな顔に、大きな青い目をした、恐ろしい生き物に覗き込まれた。
(────っ!!??)
「んっぎゃー!! っんぎゃー‼」
(な、何じゃ⁉ オニがおったぞ? ここは地獄なのか!!??)
産婆の顔に怯え、遂に泣いてしまった。
その後も
(ヒィィィ‼
周りの人すべての瞳の色や髪の色、はっきりした顔立ちにビビりまくり、特に両親に対して、イザベルは火がついたように泣きまくった。
だが、半年ほどすると周囲の見た目に慣れ、自身が赤子であるという状況を理解した。
泣かなくなり、大人しくなったイザベルの変わりように皆が首を傾げていたが、当のイザベルはというと……。
(早く、一人で
と、自身の状況に嘆いていた。
とにかく、一日でも早くトイレに一人で行きたい。
その想いからなのか、前世の記憶を持っていたからなのか、はたまた両方か。一歳の誕生日にはオムツを卒業していた。
気難しいと思っていた赤子が、天才であった。
イザベルに対して使用人たちは、特別な方は生まれた時から普通とは違うんだ……という認識であったが、ひときわ泣かれた両親はイザベルの側に寄り付かなくなってしまっていた。
それから十五年という歳月が流れた。
「ねぇ、ミーア。来月のパーティーなのだけど、やっぱり前髪で顔を隠したままじゃ失礼よね?」
「そうですね。切る必要はありませんが、そのままでは旦那様と奥様が許されないかと……」
(うぅぅ……嫌じゃあ。この顔を見せとうない。じゃが、王家主催のパーティー。失敗は許されぬ)
メイドのミーアからの返事に、イザベルは小さく肩を落とした。
その姿に、ミーアは心のなかで首を捻る。
(こんなにも美しいのに、どうしてお顔を隠したがるのかしら。常人には分からない何かがあるのかしらね……)
そう、イザベルはとても美しく成長を遂げていたのだ。
母親譲りの少しつり上がった
高い鼻に、桜色の頬、白くて滑らかな肌。少しふっくらとした唇は色気がある。すべてのパーツが美しく、まるで人形のように整っている。
道を歩けば、誰もが振り返るであろう美少女だ。
しかし、イザベルは自身の顔を嫌い、前髪を伸ばして鼻まで顔を隠している。
(絶世の美女と
誰もが振り返る美貌も、美意識が平安なままのイザベルには通用しない。彼女の理想は
しかも、発する言葉はご令嬢そのものにも関わらず、心の声は平安口調のままという。
見た目は悪役令嬢、中身は平安乙女。
自己評価と他者からの評価の
「そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ。パーティーではたくさんの騎士様が警護にあたられますから、イザベル様を守ってくださいますよ」
「……何から守ってくださるの?」
(敵襲でもあるのか? 国内の情勢は安定していると聞いておったが、何かあったのじゃろうか……)
「イザベル様を狙う
(私に武力さえあれば、お守りできるのに……。今からでも何か習得できないかしら……)
真剣な表情のミーアに、イザベルは心のなかで首を傾げた。
なぜ、不埒なクソ野郎が自分に関係あるのか……。
そして、一つの結論へとたどり着く。
(われを
イザベルはうんうんと頷き、ミーアはまったく伝わっていないことに気が付かない。
割とよくあることなのだが、二人の意思疎通は一見問題ないようで、すれ違ったまま互いが納得してしまう。
イザベルの部屋の扉を叩く音がした。
そのことで、今日も今日とてすれ違ったまま、イザベルとミーアの会話は終了となってしまうが、誰もそのことには気が付かない。
ミーアが対応に向かい、扉が開かれた。
「イザベルお嬢様、旦那様がお呼びです」
イザベルは心のなかでため息をつくと、唯一見える口元に笑みをのせる。
「準備をしたらすぐに向かうわ。お父様に伝えてちょうだい」
「畏まりました」
父親付きのメイドは一礼すると、扉の前まで案内したメイドとともに去っていった。
その姿を二階の窓から見送り、今度こそイザベルは重いため息を吐き出した。
「呼び出しって、今度のパーティーのことよね?」
「おそらくは……」
「面倒だわ。放っておくのなら、徹底的に放っておいて欲しいものね」
イザベルは、公爵家の敷地内にある別邸に住んでいる。
十歳の誕生日に父親から与えられたのだ。
本邸には、父、母、弟、妹の四人が住んでおり、用事がある時だけ呼ばれる。
イザベルとしても、血が繋がっただけの家族と住むよりも、人数は少ないものの、気の置けない使用人たちと暮らす方が気が楽だった。
「ミーア、髪をお願いできる?」
「もちろんです。世界一美しく仕上げますね。とはいっても、イザベル様は元々世界一お美しいですけど」
「もぅ、ミーアったら……」
(われの見た目を怖がらず、気遣ってくれるミーアは、なんと心優しいのじゃろう……)
鏡の前に座り、金の前髪の下から現れた
前髪で顔を隠したまま行くと怒られるので、嫌でも自分の顔をさらさなくてはならない。
(何度見ても、恐ろしい。まるでオニじゃな)
自身の顔が少しでも見えないようにと、前髪を伸ばした。
そうすることで両親からの不興を買ったが、自分の心を守るために、イザベルにとっては必要なことだった。
これからイザベルは父親に試される。
公爵令嬢としての教養をしっかりと身に付けていっているか。
もし、満足のいく姿を見せられなかったら、イザベルの周りから人が減り、新しく補充される。
顔を隠していた時は、専属のメイドがいなくなり、新しいメイドが来た。
カップを置いた際にほんの少しカチリと鳴らしてしまった時は、教師が代わった。
(失敗は許されぬ。われの大切な人を奪わせはせぬ……)
本邸に呼ばれた時はいつも緊張する。
けれど、そういう時こそイザベルは姿勢を伸ばし、顔を上げる。
(不安を見せてはならぬ。大丈夫。われならできる……)
公爵令嬢の
(こんなに美しい方、イザベル様より他にはいないわ。美しくて、お優しいイザベル様に仕えられるなんてラッキーよね。どうして旦那様も奥様もイザベル様のことを愛さずにいられるのかしら……)
「いってくるわね」
「はい。お帰りをお待ちしております」
本邸へと向かうイザベルをミーアは見送った。
(どうか、イザベル様のお心が傷つけられることがありませんように……)
本当はついて行きたかった。
けれど、イザベルは本邸に向かう時は護衛以外の人物を連れて行かない。
それは、自身に仕えてくれる使用人を両親に奪われないためであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます