第9話 学園へ行こう
イザベルとルイスが婚約することになってから、二つほどの季節が過ぎ、アリストクラット学園に入学する日が来た。
「イザベル様、本当に
「もちろんよ!!」
嬉々としてルイスからもらったものを装着し、イザベルは鏡を見てうっとりとした。
(はぁーーーー。何度見ても、何という美しさじゃ。学園に着いたら、誰もがこの美しさに見惚れることじゃろう。人目にさらされるのは苦手じゃが、この美しさを広めるためには、やむを得ぬ。甘んじて、注目されよう)
(はぁーーーー。何でこんな変なもの贈ってくるかな。本当に殿下は何を考えているのかしら。イザベル様のお顔を隠すなんて、もったいない。世界の損失だわ)
イザベルリクエストの三つ編みを少しでも可愛く結こうと、アレンジしながらミーアは心の中で盛大な溜め息をついた。
イザベルも心の中で溜め息をついているが、二人の溜め息の意味は真逆である。
「ルイス様が迎えに来てくださるまで、あとどのくらいかしら?」
「普通に考えれば、あと三十分ほどだとは思いますが、イザベル様の制服姿を見たいがために、そろそろいらっしゃるかと……」
「やだ、ミーアったら……。そんなことのために早くいらっしゃるわけないでしょ?」
お面の下から、くすくすと笑うイザベルの声。
どういう作りかは分からないが、声がくぐもったりしないところを見ると、かなりの気合いの入りようである。
(あぁ、もったいない。イザベル様の笑顔が見れなかった……。もしや、殿下はイザベル様を独り占めするために、着けさせているんじゃ……)
一度そう思えば、それが真実のような気がしてくる。
「イザベル様。殿下は非常に嫉妬深い方かもしれません。他の令息と親しくする際は、誤解を生まないようにお気を付けくださいね」
「ふふっ……。今日のミーアは冗談ばかりね。大丈夫よ。パーティーの時より緊張していないわ。安心して。それに、今はこれがあるもの……」
イザベルは顔につけたお面をスルリと撫でた。
(ミーアはいつもわれを心配してくれる。実際の家族より近しい、姉のような人……)
「ミーア、いつもありがとう」
突然のお礼にミーアは何度も瞬きを繰り返した。
くしゃりと顔を歪め、どうにか声を絞り出す。
「それは、私のセリフです。イザベル様に仕えられて、私は幸せ者です……」
感動的な場面だが、イザベルの顔には変なお面が着いている。
二人のやり取りを目撃した他のメイドは、心からルイスにこう叫びたかった。
殿下、なんでお嬢様にこんなものをプレゼントしたんですかぁぁぁあ!!?? と。
それから間もなくして、予定時刻よりも早くルイスは迎えに来た。ミーアの予想通りである。
「イザベル、お面を外してくれる?」
「……はい」
(絶対に着けていた方が美しいのに、ルイス様は外したがる。目を見て話したいから……と申しておったが、顔を見られるのはやはり慣れぬ。不快な思いをさせてないじゃろうか……)
(イザベルの制服姿……。可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……。やはり、面を外させたら危険だな。俺の婚約者と云えど、襲われるかもしれない。イザベルにつけている影を増やすか……。だが、女性の影はすべてイザベル付きにした。男を付けたら、そいつがイザベルを襲わないとも限らない……。あぁ、何てままならないんだ……)
互いに無言になった二人。そんな様子を見守りながら、ミーアは思う。
(感動する前にさっさと褒めなさいよね。イザベル様が不安そうじゃないの。駄目な男ね……)
皇太子相手だろうが、イザベルを不安にさせておくなんて許せない。ミーアは、わざとらしく咳払いをした。
「すまない。思わず見惚れてしまった。制服も似合っているね。可愛いよ」
甘い甘い言葉。
けれど、イザベルには届かない。
(あぁ、われはまた気を遣わせてしもうた……)
彼女にとっての美女はおかめ顔を一択。
いくら褒められても、気遣いやお世辞として受け取られてしまうのだった。
少し早いが、ルイスとイザベルは王家の馬車で学園へと出発した。馬車が学園へ到着すると、既に着いていた生徒たちが一斉に注目をした。
ファビリアス王国が始まって以来の神童と呼ばれる第一王子ルイス・ファビリアス。
既にルイス皇太子が後継に決まっており、その圧倒的な実力から、王位継承争いが起きることはないだろう。ルイスが王になれば、次の世代は安泰だと誰もが思っている。
そんなルイスのお近付きになりたいと思う者は、吐いて捨てるほどいるのだ。
婚約者は半年ほど前にマッカート公爵家のイザベルに決定しているため、表立って目立った動きをする令嬢は少ないだろうが、恋愛結婚が流行っている昨今、
彼の婚約者、側近の争奪戦が幕を開けようとしていた。
ギラギラとした目で見詰められる王家の馬車。扉が開くのをまだかまだかと皆は見守った。
その馬車の中で、イザベルは素早く装着していた。
「絶対に外しちゃ駄目だよ?」
「もちろんですわ」
(誰がなんと言おうと、外してなるものか)
強い決意を胸に頷いたイザベルの頭をぽんとルイスが撫でる。
「いい子だ」
婚約者になってから、度々……いや、ほぼ毎日ルイスはイザベルの元へと訪れた。
そして、事あるごとにこうやってイザベルのことを褒める。
その仕草が前世の愛しい人を思い出させ、その度にイザベルの胸は痛む。だが、それと同時に甘やかな、新たな感情が芽生えてしまいそうで、怖かった。
「私、ルイス様の恋のお邪魔は絶対にしませんので、ご安心くださいませ!!」
芽生えてしまいそうな感情を摘み取ってしまうために宣言すれば、ルイスは何とも言えない顔ををした。
「まぁ、イザベルはそうだよね……」
そうとは? と首を傾げた彼女に、ルイスは何でもないと笑いかける。どこか無理をしたような表情に、イザベルの胸はざわりと揺れた。
「さぁ、行こうか」
手を差し伸べられ、イザベルはそれを握る。
前世での帝との関係は清いもので、口づけを何度か交わしたのみ。
手を握られると、いつもドキドキした。
(このドキドキは、異性の手を握ったことによるもの。ダンスもじゃが、この世界は人との距離が
お面をしていて良かった……。
赤くなった顔を見られなくて済み、イザベルは安堵の息をこぼす。だが──。
(手を握るだけで耳まで赤く染めるとか……。殺人級に可愛い。パーティーでは、気を張ってたんだろうな。ちょっとしたスキンシップにいちいち照れるとか、俺の心臓は持つのか? いや、持たせなくては、今世こそ添い遂げるのだから)
お面を着けたことで視界が狭くなり、悶えるルイスはイザベルからは見えなかった。
馬車の扉が開かれた。
既にお面を見ている
だが、他の令息や令嬢は、ピシリと動きを止めた。
まるで、時が止まっているかのように、皆はイザベルの顔に着いているお面を凝視し、誰一人として動かないのであった。
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