第10話 ヒロイン登場


 自身を見詰め、動かなくなった生徒達をお面の中から確認し、イザベルは笑みを浮かべた。


(うむ。これの美しさに心を奪われて固まってしもうたか)

 

 王家の馬車から、変なお面をした令嬢らしき人物が出てきたことの衝撃で固まっただけなのだが、イザベルは自身の顔を覆い隠しているお面を誇らしく思う。

 一人、また一人と、お面の衝撃という名の呪縛から解き放たれ、ざわりざわりと様々な憶測が飛び交い始める。

 そんな中をルイスにエスコートしてもらい、イザベルは歩く。

 その歩き方はとても優雅で美しい……が、すべてをお面が台無しにしていた。


「あのヘンテコなお面の方って、イザベル様かしら?」

「えっ? でも、とてもお美しいんでしょう? それなのに、あんなものを着けていらっしゃるの? 別人じゃないかしら」

「……殿下はご婚約されたばかりだし、イザベル様以外の方とは考えにくいと思うのだけど」


 ルイスも隣りにいるが、思わず皆はお面に視線を向けてしまう。

 あんなにもルイスとお近付きになりたいと誰もが思っていたにも関わらず、意識を奪っていくお面。それは、見たこともない変な顔をしていた。


「何だか、不気味よね」

「そうね。着けるにしても、他のものが良かったと思うわ」

「真っ白な顔に膨らんだ頬……、選んだのは誰かしら」

「きっと奇抜なセンスの持ち主ね」


 令嬢たちは皆、お面にドン引きである。

 お面を着けることに関して百歩譲ったとして、違うものにすべきというのが、令嬢たちの総意であった。

 そこへ、ある疑問が投げ込まれる。


「そもそも、本当にイザベル様なのかしら……」

「実は別人だって言われても、誰も分からないわよね」


 ざわりざわりと空気が揺れる。お面をしているのはイザベルではなく、ルイスの恋人だなんて憶測まで飛び始めた。

 そんな中、ある声が響いた。


「もしかして、あまりにも美しくて心配だから、顔を隠させているんじゃないか?」

「そう言えば、半年前に行われた殿下主催のパーティーに出たオーマン伯爵令息は、イザベル様の美しさが原因で、しばらくは誰を見てもじゃがいもに見えて大変だったらしいぞ」

「敢えてお顔を隠されているということか」

「だが、あのお面である必要はあるのか?」

「ルイス殿下が贈られたらしいぞ。何でも、東にある異国では幸福を呼ぶと縁起がいいんだとか」

「へぇ……。流石殿下だな。博識でいらっしゃる」


 彼等の声に多くの生徒は耳をそばだてた。

 そして、一人がなるほど……と感心の声を上げると、釣れるようにドンドンと納得していく。

 先程までお面のことを悪く言っていたことなど、まるでなかったかのように。

 結局、そこに真実があるかなんて、ほとんどの者にとって大した問題ではないのだ。


 そんな周囲の様子を見ていたルイスは、あまりにも簡単に誘導される者たちを側近候補から外した。


(こんなにも簡単に流されるとは……。ぎょやすくて助かるが、貴族としてはマイナスだな)


 側近とする者は概ね決まっている。

 だが、学園にいる三年間はその者たちの力量を測るための期間なのだ。そして、候補となっていない優秀な者を引き抜くチャンスでもある。



「ルイス様、すごい視線ですね……」


 小さな声でイザベルは話しかける。

 少し興奮した様子のイザベルにルイスは瞳を細めた。

 その愛しいものを見つめる視線に気付いた令嬢たちは頬を染める。


(((((私も、ルイス殿下にあのような眼差しを向けられたい……)))))


 だが、その視線の熱の意味をイザベルは全く違う意味で捉えていた。


(ルイス様も、この面の美しさにすっかり夢中じゃな……)

 

「皆、この美しさに心を奪われたのですね!!!!」

「きっとそうだね」


(イザベルが喜ぶなら、それが真実だよな)


 お面のことを変だと言われているなど思うこともなく、イザベルはかつてないほどに上機嫌だった。



 そんな二人を見て、顔を歪める令嬢が一人。


「何……あれ…………」


(えっ……、まさか悪役令嬢イザベルも転生者ってこと? 嘘でしょ……。学園が始まるまで大人しく待ってたのに、何であんなに親密そうなのよ。私が幸せにしてあげる予定だったのに……)


 桃色の髪に黄金の瞳を持つ彼女は、可憐で庇護欲をそそるような見た目をしている。

 だが、その瞳には憎しみが映っている。


(あのお面……許せないんだけど。なめてるの? ふざけてんの? まさか、ストーリーを変えようとしてるんじゃないでしょうね……)


 二人の方に強い視線を向ければ、ルイスが彼女の方を見た。

 その瞬間、キュルンと可愛らしい表情に戻る。


(……殿下にバレないとは、やるな)


 同い年ながらルイスの警護にあたっていたローゼンは、表情を見事に取り繕った令嬢に心の中で称賛の拍手を送る。


(彼女は確か、リリアンヌ・フォーカス。子爵令嬢ながらも、優秀な成績でAクラスの席を自力で勝ち取った特待生だったな)


 騎士団長のカフス侯爵の子息で、幼い頃からルイスの友人兼、護衛として育ってきたローゼンは、リリアンヌを要注意人物として記憶した。


(絶対に、絶対に、私がそのお面を取ってやるんだから。おかめ・・・を被ってるなんて、許せるわけないでしょ!!)


 そのために、まずはイザベルに近付かなくてはならない。


(まずは味方集めからね。出会いイベントこなして、好感度あげなくちゃ。待っててね。絶対に私が救い出してあげるから……)


 頭の中で、乙女ゲーム『君に恋するイケメン貴公子』通称『キミコイ』の効率の良い攻略を練っていく。


(うん。やっぱり彼からよね……)


 ルイスとイザベルに一瞬だけ視線を向けると、リリアンヌは静かにその場を後にした。

 


 

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