第11話 進む攻略、進まない攻略


 入学から三ヶ月が経った。

 リリアンヌは着々と攻略を進め、今は四人の攻略対象を侍らせている。


 クールなメガネ男子、宰相の子息のヒューラック・エゴスティー。

 ちょっとチャラいけれど色気のある公爵家嫡男のメイス・ヴィランテ。

 可愛い弟系のショタ枠である侯爵家の三男のカミン・キュラク。

 清廉潔白、儚さを持つ神官長の養子のシュナイ・リュクシム。 

 この場にはいないが、無口で実直な騎士団長の息子のローゼン・カフスもそろそろ落ちてくるとリリアンヌは確信している。


 ルイスの未来の側近となる最有力候補の彼等。

 本来であればルイスに付き添うべきなのに、ローゼンを除いた四人は自身の立場も忘れて子爵令嬢のリリアンヌに我先にと話しかけている。


 因みにローゼンはというと、この時間は日課の早朝トレーニング中だ。

 当然、ルイスはこのことを知っているし、騎士になるには鍛練が重要なので「必要な時は声をかけるから気にするな」と申し訳なさそうにするローゼンに許可を出している。

 付き添うようにとルイスが言った訳ではないから、許可を取る義務はない。けれど、ローゼンは実直で忠実だった。


 それはリリアンヌが現れてからも変わらない。

 そんなローゼンに苛立ってはいるものの、リリアンヌは護衛としての義務を果たす彼を応援するふりを続けている。



「あっ!  ルイス殿下!!」


 リリアンヌはルイスを見つけると嬉しそうに名を呼んだ。

 一月ひとつき程前からルイスの攻略も始めたリリアンヌ。裏表のなさそうな、純粋な笑顔を貼り付けている。


(ルイスは、こういう笑顔に弱いのよね。いい加減、落ちてきなさいよ)


 女優顔負けの演技でリリアンヌはルイスの元へと駆け寄った。

 その姿にヒューラックは顔を歪め、メイスはルイスを睨み、カミンは底の知れない笑みを浮かべ、シュナイは顔を曇らせた。

 そんな取り巻き達の様子など全く気にもせず、リリアンヌはルイスの前に着くと、笑みを深めた。


「ルイス殿下!  おはようございます!!」


 桃色の髪に黄金の瞳の可憐なリリアンヌの笑顔に、その場にいた者は皆、頬を緩ませた。

 残念ながら、ターゲットであるルイスの心は微塵も動かされてはいないのだが。


(うむ。このわらわは、いつも元気じゃな)

 

 令嬢としてのマナーはともかくとして、いつも明るく元気なリリアンヌ。イザベルは少なからずリリアンヌに好感を持っていた。

 

「イザベル様も、おはようございます」

「リリアンヌさんは今日も元気ですわね」

「はい! それくらいしか、取り柄がありませんから!!」

 

 元気に言い放ったリリアンヌに、取り巻きたちは我先にといかにリリアンヌが素晴らしいかを語り始める。

 チヤホヤされ、頬を染めながら「そんなことないよー」とリリアンヌは否定する。まさにハーレム状態。

 

「行こう」

「そうですわね」

 

(とんだ茶番を見せられてしもうたな……)

 

 挨拶をしてきたものの、特に用事はなさそうなので、イザベルとルイスはさっさとこの場を離れることにしたのだが──。

 

「待ってください!!」

 

 リリアンヌは瞳を潤ませ、イザベルとルイスを見た。

 

「私、お二人とも仲良くなりたいんです。一緒に行ってもいいですか?」

 

(こう言われたら、普通は断れないでしょ)

 

「断る。そこの馬鹿共をたぶらかすのはいいが、巻き込まないでくれ。イザベルと二人の時間を邪魔されるなんて、迷惑だ」


(はぁ? ちゃんと好みを演じてるのに、何がダメなのよ。面倒くさいなぁ……。仕方ない。ルイスがダメなら、イザベルに聞くかぁ。どこの世界に仲の良いヒロインと悪役令嬢がいるんだって話だけど、ルイスがダメとなると手を変えないとだしなぁ……)


 リリアンヌは心の中で文句を言いながらも、しょんぼりとした雰囲気を出す。


「そんな……。ルイス殿下、ひどいです。イザベル様も私が一緒だと嫌なんですかぁ?」


 上目遣いにうるうるとみつめられ、イザベルはたじろいだ。


(な、なんじゃ……。恥ということを知らぬのか? 奥ゆかしさの欠片もないではあるまいか……)


 同い年ではあるが、イザベルはリリアンヌを幼い子どものように思っていた。

 純粋で、明るく、素直。そんな印象を抱いていたのだ。

 だが、今のリリアンヌの上目遣いにイザベルは気が付いてしまった。


(もしや、普段のあどけなさも計算の上では……)


 一度気が付いてしまえば、無邪気ささえも作り物に思えてくる。だが──。


(われに害はないようじゃし、問題はないな。……もしや、あれか? ラブかの? リリアンヌは、ルイス様をお慕いしておるということかの?)


 他人の恋愛事にドキドキしながら、イザベルはちらりとルイスを見れば、ぱちりと視線が合った。


「ん?」


 どうしたのか尋ねるように柔らかな音で発せられた一音。

 優しげに細まる藤色の瞳。

 イザベルの胸は不自然に跳ねた。


「な、何でもありませんわ!!」


(い、言えぬ……。ルイス様がリリアンヌをどう思うておるか探ろうとしたなど……。それこそ、はしたないではないか)


 そんなイザベルの様子にルイスは小さく首を傾げると、リリアンヌの方を向いた。


「邪魔だと言ったのが聞こえなかったのか?」


 冷たく刺すような声と視線。

 驚きのあまりイザベルは小さく肩を揺らしたが、リリアンヌは平然と笑みを保っている。


「聞こえましたよ。だから、ルイス殿下にはもう話しかけてないじゃないですかぁ」


 

 

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