第12話 ヒロインVS皇太子殿下


「……えっ?」

 

 驚きのあまり、イザベルの口からは驚きの声がこぼれた。

 

(リリアンヌは、ルイス様をお慕いしていたわけではないのか? 既に四人ものおのこを侍らせておるが、この中に意中の殿方はおるのじゃろうか。もしや、ミーアのいうキープとか言うやつかの……。まさか、ミーアの言うてた魔性の女を見ることになろうとは……)

 

 野次馬根性を抑えることができず、少しわくわくしながらリリアンヌを見ると、何故か微笑まれる。

 

「イザベル様が女子生徒の中で孤立してるのは、当然ご存知ですよね?」

「イザベルには俺がいるのだから、問題ない」

 

 そう言い切るルイスに、リリアンヌは大げさなほど大きな溜め息を吐いた。

 

「まっったく、分かってない。馬鹿なんですか? 想像力を働かせてくださいよ」

 

 腰に手をあて、堂々と言い切った。

 先程までの無邪気な笑みはなく、口元は弧を描いたままなのに、目は全く笑っていない。

 

「いい。よーく聞いてくださいね。イザベル様はね、女子だけの授業の時、みんなに遠巻きにされているんですよ。話しかける人だって、殿下を除くと私だけ。その意味、分かります?」

「分かった。イザベルが一人にならないよう、女子授業を共に受けるものを用意──」

「そういうんじゃないんだってば!! 殿下が異様な執着を見せるし、お面なんか着けているから、誰も話しかけられないんでしょ!!」

 

(何なの、この男。ゲーム内だと、もっとまともだったじゃない。まさか、転生者はイザベルじゃなくて、ルイスだったとか!? いや、そうだとしても、イザベルの性格もゲームと随分違うんだよね。……二人とも転生者ってことはないよ……ね?)

 

 ルイスとリリアンヌは睨み合った。

 バチリバチリと火花が飛ぶ幻覚が見え、イザベルは何回も瞬きを繰り返す。

 

「リリー、どうしたんですか? そんなに怒るなんて、あなたらしくないですよ」

「ルイスとイザベル様のことは放っておいて、僕たちともう行こうよ」

「怒った顔は、リリーには似合わないよ」

「リリアンヌさん、感情的になっては、解決の糸口は見つかりませんよ」

 

 ヒューラック、カミン、メイス、シュナイが順々に言う。

 その言葉を聞いても、リリアンヌは引き下がる気にはなれなかった。

 

「みんな、ありがとう。でもね、イザベル様のためにも、このままじゃいけないと思うの」

 

(あー。ヒロインムーブするの面倒くさっっ! もうさぁ、さっきの私の態度で気付いてくれないかな。自分たちの理想は作り物だったってさ)


 取り巻きたちに見せていた優しげな顔を引っ込め、リリアンヌはルイスを再び睨む。

 

「殿下、束縛が強すぎます。もう少しイザベル様に自由をあげてください」

 

(何だ、この女。最近まとわりついてきて邪魔だと思っていたが、狙いは俺とイザベルを遠ざけることか?)

 

「フォーカス嬢、忠告感謝する。だが、俺とイザベルの関係に口を挟むのは、いささか軽率だとは思わないか?」


 淡々と感情を乗せない声なのに、重い。

 小さく震えたイザベルに、ルイスは大丈夫だと言うように肩を抱いた。


「殿下の方こそ、イザベル様に友人の一人も作らせないおつもりですか? 友達はいいですよ。恋の悩みも相談できますし」

「……恋の悩み?」


(ふーん。そこは気になるんだ。可愛いとこあんじゃん)


 リリアンヌは、にやりと笑いたくなるのを堪えて言葉を重ねる。


「そうです。女の子は、どんなに愛されていても急に不安になることがあるんです。そんな時に友達がいれば、殿下の愛が周りから見ていかに深いのか……を伝えるられます。そのことで不安を軽減することができるんですよ。不安だけじゃないです。どこに行った。どんなプレゼントをもらった……なんてのろけ話も女子同士はします」

「のろけ話……」


(おっ! 気持ちが傾いてきてる。もう少しかな?)


「それに、女子同士で話したデート場所に行きたいなんて、おねだりをされることもあるかもしれませんよ。もし、イザベル様と私がお友達になれば、二人で作った手作りのお菓子なんかも食べられるかもですね。私、お菓子作りが趣味なんです。イザベル様がご興味を持ってくれれば、是非一緒にやってみたいな……って」

「おねだり……。手作りお菓子……」


(これは、うまくいくかな)


 かなり惹かれているのを見つつ、リリアンヌは勝利を確信したのだが──。


「いや、お菓子作りなんか危険だ。怪我をするかもしれない」

「はぁ!?」

「それに、余計なことを吹き込まれる可能性だってある」


(かなり惹かれる話だったが、少しの危険も排除しなくては。この女の甘言に惑わされてはいけない)

(こいつ馬鹿なの? 狭い世界に閉じ込めて守るだけが幸せとか思ってるんじゃないでしょうね。あー、こういう男、ムカつくわ)


 リリアンヌの苛立ちは最高潮に達しそうだった。


「お言葉ですけど──」

「あの、私でも本当にお菓子が作れますの?」

「はい。もちろんです。きちんと計量して、手順を踏めば作れますよ」

「リリアンヌさんが一緒に作ってくださるの?」


 おかめの下から、期待した雰囲気が伝わってくる。

 リリアンヌは今度こそ勝利を確信した。


「もちろんです!! イザベル様は、どんなお菓子がお好きで……。あ、でも殿下にダメと言われてしまうと……。私も王族の命令に背く訳にはいかないんですよね」


 そう言った瞬間、ルイスが嫌そうな顔をしたのをリリアンヌは見逃さなかった。

 イザベルにはバレないようにしているが、リリアンヌに隠すつもりはないらしい。


「ルイス様、駄目ですか?」

「フォーカス嬢ではなく、プロの菓子職人を呼ぶのでは──」

「同性の友人って初めてですの。リリアンヌさんとやってみたいですわ」

「……もちろんだよ。イザベルが喜ぶのであれば、俺が反対する理由なんてないよ」


(無理して格好つけちゃって……)


 ルイスとリリアンヌの対立は、リリアンヌの勝利で幕を閉じた。



「ねぇ、僕たち忘れられてない?」


 そう呟くカミンに頷く取り巻きたち。

 その声を聞き、リリアンヌは彼等のことを思い出した。


「イザベル様とお菓子を作ったら、みんなにも食べて欲しいな!!」


 この一言で歓喜する四人に、リリアンヌは不安を覚える。


(攻略したのは私だけどさ。この国の未来を担う側近の最有力候補がこんなんで大丈夫なわけ?)


 そう思ったのは、ルイスも同じようで四人に冷めた視線を送っていたのであった。



 

 

 

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