第13話 乙女ゲームは、ほぼ死亡エンド


 リリアンヌは、ルイスをどうにかできないかと悩んでいた。

 

「ハーレムエンドは、あのルイスじゃ不可能。ということは、ゲーム通り攻略を進めたところで、イザベルは助からない……」

 

 唇を強く噛み過ぎて、じわりと鉄の味がする。

 自室の机にコツコツとペンの持ち手をぶつけ、リリアンヌはぐっと眉間にシワを寄せた。



 乙女ゲーム『君に恋するイケメン貴公子』略して『キミコイ』の悪役令嬢のエンドはハーレムエンド以外の全てが死亡エンドだ。


 ヒロインがルイスを攻略した場合、ヒロインに行ってきた罪が全て明るみに出て斬首刑。

 クールメガネのヒューラックのルートでは、国外追放となり、その道中で不慮の事故と見せかけて殺害される。

 チャラ男のメイスルートは、暴漢に襲われ、自害。

 ショタ枠のカミンルートは、娼館送りにされ、一年後に病死。

 神官長の養子のシュナイルートは、北の修道院に送られる直前に家族の手により毒殺。

 無口な護衛のローゼンルートは、逆ギレしてヒロインに襲いかかり、斬られて死亡。

 ハーレムエンドだけが、死因について書かれていない。国外追放の記載のみなのである。


 国外追放された後、イザベルが本当に生き延びているかは分からない。

 けれど、その他はすべてどのように死んだか書かれているため、リリアンヌはハーレムルートのみが悪役令嬢の生き残る道なのだと思っている。


 だが、その唯一の道は閉ざされた。

 ルイスを攻略することは不可能だったのだ。


「このままいけば、イザベルは幸せになれるの?」


 ルイスがイザベルに執着を見せている。

 ならば、これから先、ルイスがイザベルを常に守ってくれるかもしれない。


「でも、もしもルイスが心変わりをしたら?」


(イザベルは実家での居場所がない。愛を知らず、愛を求めて、みんなから愛されるリリアンヌを憎んだ。何もしなくても、家族からの愛情を浴び続ける自身の妹への憎しみもリリアンヌにぶつけた。イザベルは悪役令嬢だけど、彼女を悪役令嬢にしたのは家族と、彼女に見向きもなかった婚約者なんだよね)


 これから、どうしたらイザベルを助けられるのか。

 リリアンヌには分からなかった。


「仕方がない。こうなったら、呼び出しますか」


(ルイスが転生者で協力し合えるかもしれない。もし違くても、私の頭がおかしいと思われるだけ)


 リリアンヌは、前世でイザベル推しだった。

 大好きな絵師様がキャラデザをしたため、初めて購入した乙女ゲーム。イザベルのキャラを使っても、攻略ができるのだと思っていたら、まさかの全ルートで不幸行き。


(あの時は泣いたわぁ。こんな美女を不幸にするなんて間違ってる!! って、救われる方法があるんじゃないかって日夜プレイし続けたんだよね。結局、死なないのはハーレムエンドだけで、制作会社に苦情入れようか本気で悩んだもの。こんなことなら、入れておけば良かった。なんで、ヒロインがルイスルート以外を選ぶと、ルイスと結婚するのがイザベルの妹なんだよっ!! って。妹なんて、イザベルのこと虐げてたのに)


 ゲームでの悔しさを思い出し、視界が歪んだ。

 それを腕でゴシゴシと擦ると、ペンを走らせた。



 翌日、学園でそれをローゼンに渡す。


「これを殿下に渡してください。中身はローゼン様が確認してくださって結構です。怪しいと思えば、捨ててもらって構いません」


 そう言って渡された封筒を、ローゼンは無言で見詰めた。


「何故、わざわざ俺を通す? 直接、渡せるだろ」

「あなたが一番まともで信用できるから」

「……どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ」


(キミコイも、今も、あなたが一番きちんと役目をまっとうしてる。恋をしても、恋に溺れない。常に一線を引いて物事を見続けている。たから、信用できる)


「雰囲気が変わった」

「……はい?」

「心境の変化でもあったか?」


 リリアンヌは何度か瞬きを繰り返し、困ったような笑みを浮かべた。


「今までのやり方では目標の達成が難しいことが分かったので、新しい方法を模索してるんです。だから、変わったように見えたのかもしれませんね」

「そうか」


 そう言った後、ローゼンは少し意地の悪い顔をした。


「リリアンヌが男だったら、殿下の側近になってただろうな」

「嫌ですよ。お断りです」

「殿下と気が合いそうだけどな」


 明らかに嫌そうな顔をしたリリアンヌに、ローゼンは楽しそうに笑う。


「からかいましたね」

「いや。本気で思ったから言った。笑ったのは、リリアンヌが可愛いからだ」


 そう言われてギョッと目を見開いたリリアンヌに、ローゼンはまた笑う。


(全然、無口なんかじゃないじゃん)


「ローゼン様って、趣味が悪いんですね」

「そうか? 今のリリアンヌの方がいいと思うけどな。面白いし」 

「なっ……」


 口をパクパク動かすリリアンヌに、ローゼンはご機嫌だ。


「この手紙は殿下に渡そう。中身も今のあなたからのものなら確認はしない」


 そう言って、懐に手紙をしまうと振り返ることなく行ってしまった。


「一体、何なの?」


 リリアンヌはローゼンの変わりように、呆然としながらその姿を見送った。

 

 

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