第14話 おかめを外したら……
「イザベル様、一緒にお茶でもしませんか?」
その日、女生徒のみで行われる刺繍の授業中に、リリアンヌはイザベルを誘った。
「私と……ですの?」
「はい。折角、お友達になりましたし」
イザベルの戸惑いを感じながらも、リリアンヌは笑顔で答えた。
「ありがとうございます。嬉しいですわ」
おかめの下からでも何となく分かる嬉しそうな雰囲気に、リリアンヌはおかめを引っ剥がしたい気持ちを抑える。
(お茶を飲む時は、流石に外すでしょ。我慢、我慢よ……)
リリアンヌは気を紛らわせるため、イザベルの刺繍を見た。
皆が花や婚約者の家紋などをせっせと刺繍している中、イザベルの布には信じられないものがいた。
「なんで、おかめが……」
ぼそりと呟かれた言葉をイザベルは聞き逃さなかった。
「おかめこそ、美の集大成だからですわ!!」
嬉々として声を上げたイザベルに、リリアンヌは呆気にとられた。
「ふっくらとした頬に、ちょこんとした小さな口が非常に愛らしく、切れ長の目は知性と気品を感じさせますわ。そして、額の中央で分けられている黒髪は、塗ったと思えない艷やかさで──」
「ス、ストップ! ストーップ!!」
突如始まったおかめ語りに、リリアンヌは慌てて待ったをかける。
(何だろう。今止めないと、何時間でも語られる予感がしたんたけど……。まさか、このおかめはイザベルの趣味なの? 殿下じゃなくて?)
狼狽しながらも、今は授業中だからあとで聞かせて欲しいと丁重にお断りをする。
「そうですわね。一緒にお茶をする時に語り合いましょうね」
(おや? われは、リリアンヌの前でおかめの名を出したことはあっただろうか……)
「そ、そうですね。色々と聞かせてください」
「もちろんですわ!!」
イザベルは小さな違和感を感じたが、それも一瞬でどこかへ消えてしまう。
「今回は女子会なので、殿下はなしでお願いしますね」
「女子会?」
「女の子だけで美味しいものを食べて、好きなものについていっぱい語り合う会です」
「楽しそうですわ!!」
イザベルの弾んた声に、リリアンヌは頬を緩める。
女子会は久々だ。今世では、平民の友達とはあるが、貴族のご令嬢とははじめてである。
(殿下、めちゃくちゃ怒るんだろうなぁ。それで、私のことを全力で調べるはず。どんなに調べても、今調べている以上のことなんて出てこないのにね)
くすりと口元に笑みを浮かべ、リリアンヌは百合の刺繍を再開する。
(殿下が落ちてこないから、手を変えなくちゃいけなくなったんだもの。少しぐらい苦労しなさいよね)
放課後。イザベルとリリアンヌは、学園の一室にいた。
はじめて使用申請を出したその部屋は、様々な茶葉が用意され、注文をすればケーキやお菓子も届けてもらえる。
(流石、貴族向けの学園。まぁ、この部屋もイザベルの家格があるから借りられたんだよね。子爵令嬢だと借りられる個室は自習室だけだもんなぁ)
学園内は貴族社会の縮図のため、階級や寄付金によって使用できる施設やサービスに差が生じている。
高位貴族は、パーティーを開くために庭園や温室を貸し切ることや、メイドや執事、シェフを控えさせておくための個室を学園内に所有していたりする。また、授業を欠席して個室で領地経営をしている者もいる。
学園に通い、一定の成績さえ修めていれば、学園側は何も言わないのだ。
「イザベル様、何か注文しますか?」
「リリアンヌさんは、どうされますの?」
手渡されたメニュー表を受け取りながら聞けば、リリアンヌはちょっと困ったように笑った。
「今月はもう金欠なので、自分で持ってきたおやつにします。イザベル様も芋ようかん食べますか?」
「芋ようかん?」
小首を傾げたイザベルの様子をリリアンヌは、そっと観察した。
(うーん。演技ではなさそう。ということは、本当に知らないのかぁ。おかめ好きだし、前世は和物が好きだったのかと思ったんだけどな。転生者は、殿下だけだったのかな)
切り分けていた芋ようかんをお皿に乗せ、イザベルへと出す。
「毒見はいりますか?」
「そんなもの、必要ありませんわ。お友達ですもの」
そう言って、イザベルはしげしげと芋ようかんを見た。
「珍しいお菓子ですわね」
「私が作ったんです。お口にあえば良いんですけど……」
そう答えるリリアンヌの心臓は、ドクドクと忙しなく動いている。
それは、食べるためにイザベルがおかめを外すからなのか、手作りのお菓子を食べてもらうからなのか……。
(き、緊張する……)
自分の心臓の音が大きく聞こえる。
食べるためにイザベルがおかめに手をかけたのを、リリアンヌは息を殺して見守った。
そして次の瞬間、イザベルは
「────っ!!??」
まさかの展開すぎて、リリアンヌは言葉を失ってしまった。
「おかめは、ここに置かせてもらいますわね」
「あっ、はい」
呆然としつつもリリアンヌはイザベルに返事をし、テーブルの隅に置かれたおかめを見た。
「いただいても良いかしら?」
「……はい。どうぞ」
イザベルは、少しぽってりとした唇で芋ようかんを食べた。
口についてしまった欠片を拭く動作もまた
「まぁ! 芋ようかんの芋は、さつまいもなんですのね。甘くて、ねっとりしてて、美味しいですわ」
うっとりと口に笑みを浮かべるイザベルを見て、リリアンヌの頭が再び回転し始める。
(いや……もうさぁ、これは無しでしょ。外したことで逆に気持ち悪いんだけど。 これのどこがいいわけ? 本当に理解できない。おかしいんじゃないの。ここまでして顔を隠す意味が分からない)
おかめを外したイザベルの顔には、額から鼻までを隠してくれるおかめがいた。
そのおかめは、口から下の部分がカットされており、イザベル自身のぽってりとした赤い唇と細い顎がのぞいていて違和感がすごい。
おかめinおかめ。
おかめを取ったら、おかめが出てきたのだ。
顔を見たいと思っていた。画面越しで見た、あの美しい顔を。
一緒に食事をしたり、お茶をすれば素顔が見れると信じて疑わなかった。だが、作戦は見事に失敗した。
だが、悔しさは不思議とない。 その代わり、じわじわと来た。
堪えなくては……と思うのに、それは大きくなっていく。
「ぶふっ……あはははははは…………」
(もうさぁ、ただのバカでしょ。こんなバカなことを本気でやるって……。キミコイのイザベルが好きだから助けたかったけど、そんなのもう関係ない。今のイザベルが好きだから、助けたい。このおかめへの愛が突き抜けてるイザベル、面白すぎる……)
肩を振るわせ、リリアンヌはイザベルを見る。
そして、口元だけ見えているが、顔の上部がおかめなイザベルによって、腹筋が崩壊していく。
そんなリリアンヌに、イザベルは不思議なものを見るような、戸惑った視線を向けたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます