第5話 ルイスとの出会い
イザベルたちを乗せた馬車は、城へと着いた。
その情報はすぐさまパーティー会場まで伝わり、良くも悪くも皆がイザベルに関心を向けた。
「マッカート公爵家のイザベル様って、どんな方なのかしら?」
「ものすごく優秀らしいわよ。それに、とても美しいんだとか。公爵様が心配だからと社交界に出さなかったらしいわ」
「えっ!? 俺はお体が弱いって聞いたよ」
「それ、私も聞きましたわ。弟のレオン様と妹のレティシア様が社交界デビューしているのに、イザベル様がしてないのは療養されているからだと」
「僕は、実は家族内で迫害されていて、デビューさせてもらえないって噂を聞きましたよ」
噂が一人歩きをし、どれが真実なのか、誰にも分からない。
「もうすぐご本人の登場だ。噂の真偽はそこで分かるだろ」
そしてタイミング良く、その人物が現れた。
その瞬間、誰もが息をのんだ。
雪のように白い肌。波打ち輝く金のウェーブ。翡翠色の瞳はどこか不安げで庇護欲をそそられるのに、それでも意思の強さを感じさせる。
幼さと大人の色気、その双方を併せ持つイザベルは、皆の想像を超えていた。
(な、何じゃ? ものすごく見られておるぞ。予想はしておったが、予想以上ではないか。そんなに見なくても良かろうに……)
イザベルは一斉に視線を向けられ、たじろいだ。
顔を隠してしまいたい。その想いとは反対に、しっかりと顔を上げる。
「ベル、掴まりなさい」
「ありがとうございます、お父様」
父親からのエスコート、一度も呼ばれたことのない愛称。
まるで仲の良い親子のような距離感に、イザベルの気持ちは重くなる。
(仲良し親子を装っても、後ろから母上が睨みつけておるぞ。毎日顔を合わせておるのだから、意思疎通くらい図っておけばよいものを……)
笑みを貼り付け、父親にそっと寄り添う。
その後ろから、二人を睨みつけた母親が歩く。
「女神だ……」
「お美しい……」
という令息たちの感嘆の声。男性陣はすっかりイザベルに見惚れていた。
だが、一部の令嬢たちはイザベルに鋭い視線を向ける。
「肌が真っ白で幽霊みたいですわね」
「たとえ事実でも、そんな言い方はいけませんわ。でも、お体が弱いのでは、とても皇太子妃は務まりませんわね」
コソコソと言う令嬢たちの悪意をイザベルは見逃さなかった。
(ふむ。やはり、見た目を言う者もおるか。仕方ないとはいえ、どうにもならぬものを言われるのは辛いのぅ)
絶世の美少女だというのに、自身の見た目に嫉妬した悪口なのだとは微塵も思わない。
なぜなら、彼女はおかめ顔こそ美しいと信じているからだ。
とはいえ、そんなイザベルも周囲の顔には慣れた。オニだと思うこともなくなったし、様々な色の瞳を美しいとも思う。
残念なことに、その感覚が自分自身へと反映されていないのだが。
だから、イザベルは自分のことを世界一美しくない、
周りへの認識はアップデートされたのに、自分への認識だけは時が止まったままなのだ。
令息たちはイザベルとお近付きになりたいと牽制し合い、令嬢たちはイザベルに近付くと引き立て役にされると避けた。
マッカート公爵家の周りには時々デニスへと挨拶に来る者以外は誰も近寄らず、ぽかりと空間が空いている。
「公爵夫人、イザベル様を睨みつけてないか?」
静かに呟いた誰かの声。
その小さな波紋は、どんどん広がっていく。
皆の視線はイザベルにのみ向けられていたが、母であるエリザベートにも向いた。
(うっ……。視線に憐れみまで感じる。われが
負の感情だけをしっかりと感じとったイザベルが思わず俯いたことで、この会場にいた者たちの認識は一つになった。
イザベルが、エリザベートに虐げられている……と。
(母親に虐げられている娘を庇い、可愛がる父親像が一番周囲に好印象を与えるな)
妻のエリザベートさえも自分の足台にする。
レティシアも可愛がってはいるが、必要に応じて切り捨てる。
デニスはそんな男なのだ。
「ベル、大丈夫か? エリザベート、ベルにそんな目を向けるな。いつも言っているだろう?」
「なっ──」
突然の裏切りに、エリザベートの目は見開かれた。
「何を言ってるの? あなただって……」
「私たちの可愛い娘だ。いい加減、嫉妬はやめろ」
冷たく突き放すような声。
政略結婚だが、上手くやってきたはずだった。
(この子さえ、いなければ……)
「私はいつだって、イザベルを可愛がっているわ。ね、そうよね?」
憎しみを瞳に宿したまま、馴れ馴れしく話しかけられ、イザベルは小さく笑みを浮かべた。
イエスともノーとも取れる笑みだ。
「ミーアだったかしら……屋敷から追い出してもいいのよ?」
周囲には聞こえないように囁かれた声。
「もちろん、お母様にも可愛がってもらっていますわ」
明らかに顔色を悪くしながら、イザベルは微笑んだ。
母親の要望を叶えながら、父親の意図に沿う。
ミーアの無事は、父親に頼んでおけば大丈夫だろう。
(頼んでも駄目ならば、仕えてくれていたメイドを理不尽な理由で両親が追い出したと、学園に通い始めたら口を滑らせてしまうかもしれない……と脅せばよい。体裁ばかりを気にする男だ。どうにかするじゃろう)
そんなことをすれば、自身の立場はより悪いものになる。
分かってはいるが、イザベルの切れるカードは少ない。
自分以上にミーアが大切だった。
自身の言う事を聞いたにも関わらず、まるで言わされているかのようなイザベルの反応に、エリザベートは扇子を強く握った。ミシリと音が鳴る。
扇子でイザベルを叩きたい気持ちをエリザベートは必死に抑えた。その目は、とても娘に向けるものではなかった。
招待を受けた者が全員集まった頃、遂にアレクサンダー王、ミューズィ王妃、ルイス皇太子殿下が姿を現した。
皆が
(なんと美しい藤色じゃ……)
ルイスの瞳を見て、イザベルは藤の花を思い出していた。
(藤の花を共に見たのぅ……)
もう会うことはできない、愛しい人を想う。
懐かしさに瞳を細めた時、藤色の瞳と視線が交わった。
「えっ?」
確かに遠い距離ではない。互いの顔をしっかりと認識もできる。
けれど、何十人といる中で自身を見つめ続ける理由がイザベルには分からなかった。
(何故、そんなに見てくるんじゃ?)
藤色の瞳には、蔑みも憐れみもなく、ただだた喜びを映していた。
その喜びからは、痛みとドロリとした何かも覗いている。
(やっと会えた。会いたかったよ、
ルイスはイザベルに微笑んだ。
まるで、昔からイザベルのことを知っているかのような、親しみのある笑みだった。
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