第4話 両親とイザベル


 王城で行われるパーティー当日となった。

 パーティーといえど、学園入学前である未成年の令息や令嬢がメインのものなので、日中に行われる。

 お酒の代わりにジュースや紅茶が用意され、色とりどりのケーキやクッキーなどのお菓子や、サンドイッチのような軽食もある。

 

 きっと、その豪華さに瞳を輝かせるも者もたくさんいるだろう。

 ルイス殿下に見初められたら……と期待に胸をふくらませる令嬢や、何としても側近になると野心を燃やす令息、その親も多いことだろう。

 

 そんな希望に満ちたパーティーへと向かうマッカート公爵家の馬車の中は、異様な雰囲気に包まれていた。


「必ず、殿下の婚約者になれ」


 野心に燃える親の一人であるイザベルの父、デニスが言った。

 招待された後、わざわざ呼び出して言ったにも関わらず念を押す。そのくらい、今日のパーティーはデニスにとって重要であった。

 母であるエリザベートも口を開く。


「そうよ。ゆくゆくはルイス殿下の婚約者をレティにするためにも、しっかりと殿下を捕まえるのよ」

「待て。レティシアには、好きな男と結婚させてやりたい。王妃という苦労もさせたくない。レティシアだけを愛し、守り抜く力を持つ者じゃないといかん。王族は、王妃より国を優先するから、嫁にはやれん」


 イザベルは冷めた目で両親を見た。


(レティシアを殿下と婚約させたいからと、まずはわれに婚約させる……か。殿下がレティシアに恋をしたら、姉と妹で婚約者を替えるつもりかのぅ。阿呆あほうじゃ。母上も阿呆じゃが、それが実現すると思っている父上も阿呆じゃな)


 イザベルが三歳歳下の妹であるレティシアとの扱いの差を気にすることはない。

 気になるのは、両親がレティシアの教育を間違えたことだ。


 甘やかされて育ったレティシアは、幼い。見た目は立派な令嬢に育ってきているが、少し話してみれば、教養の無さも、幼さも、傲慢さも露見するだろう。

 実際、今回のパーティーに自身も行きたいとごねた。ごねてごねて、それでも行けないことに腹をたてていた。

 イザベルの代わりに行くと叫び、一時はそれが現実になろうとしていた。

 デニスがエリザベートとレティシアを止めなければ、今、馬車に乗っていたのは、イザベルではなくレティシアだったはずだ。


 今回のパーティーに参加できるのは、十五歳から十七歳までの来年度、学園へ通う公爵家、侯爵家、伯爵家といった高位貴族の子息と子女、その保護者のみ。

 たとえ妹であろうと、参加はできない。姉と偽って妹を連れて行くなど以ての外である。


 王族が決めたことを破るわけにはいかない。

 だから、デニスはたくさんのドレスや宝石、欲しがるものを何でも与え、王城でのパーティーは無理だが、レティシアのためのパーティーをすると約束した。

 そのパーティーに、イザベルの居場所はない。体調不良ということにされ、別邸にいることになるだろう。


 姉妹を差別し、明らかにレティシアを可愛がる。そんな二人を似た者夫婦なのイザベルは思っている。

 だが、イザベルはデニスを見誤っていた。

 どんなにレティシアを可愛がっていても、彼は公爵なのだ。厳しい教育を受け、確かな目を育ててきている。

 それは、どんな時でも変わらない。彼の中の評価に、贔屓ひいきというものは存在しない。


(レティシアは可愛いが、将来的にイザベルほどの美貌にはならない。厳しい教育にも耐えられない。王家に嫁がせるのであれば、イザベルが適任だ)


 公爵としての理性は失くしていなかったのだ。野心も打算も、十分すぎるほど持っている。


「我が家の発展のためにも、粗相のないように」

「分かっていますわ」


 イザベルはにこりと笑みを浮かべる。


(国への忠誠もなく、自身の利益ばかりを追求する。最悪じゃな。まぁ、婚約を嫌がっている時点で、われも同じか……)


 心のなかで、両親のことも、自分自身のことも嘲笑あざわらう。

 まるで従順な娘を装いながら。



 エリザベートはそんな二人のやりとりを不満げに見ていた。

 けれど、今がその時ではないと言葉をのみ込んだ。


(イザベルよりも、可愛い私のレティの方が王家に嫁ぐのに相応しいわ。レティの素晴らしさが伝われば、必ず殿下もレティを選ぶわ)


 じろりとイザベルを睨む瞳は、イザベルと同じ翡翠ひすい色なのに、どことなく暗い。

 そんな視線をイザベルは無視した。

 悪意を持った視線など、前世でたくさん受けた。


(実害のない悪意など、痛くもないわ)


 それは強がりなのか、本心なのか。

 イザベル本人にさえ分からない。


 けれど、相手をするのは嫌なので、窓の外を眺めれば、憎らしいほどに雲一つない青空が広がっている。

 ふと、窓ガラスに自分の姿が映っていることに気が付き、イザベルの気分は沈んだ。


(何度見ても、オニじゃな)


 婚約者に選ばれないためにも、失礼にならないためにも、イザベルは顔を髪で隠していない。

 普段は隠されている白くてまるい額も、少し釣り気味の美しい翡翠色の瞳も、惜しみなくさらされている。

 十五歳という、大人とも子どもとも言えない年齢。将来を約束された美貌の中に、あどけなさと色気が混在していた。

 彼女を見たら、誰もが感嘆のため息をこぼすだろう。


 それでも、イザベルの中身は平安乙女。

 今世での美しさなど一切通用しない。


(これから多くの目にこの顔をさらすと思うと、気が重いのぅ)


 はじめての社交界。

 悪意には、慣れている。実害のないものは痛くもかゆくもないが、たくさん向けられるとなると、やはりいい気はしない。

 イザベルにとって、自分の顔は弱点だ。そこを攻撃されることを思うと、まだ着いてもいないのに、もう別邸に帰りたくなる。


 頼れる人は誰もおらず、イザベルの心は不安でいっぱいであった。



 どこか不安そうなイザベルの表情に、デニスは先に社交界を経験させておくべきだったか……と思う。

 けれど、その考えをすぐに打ち消した。 


(イザベルは完璧だ。茶会にも出さなかったから、誰もイザベルを知るものはいない。事前に期待値もあげてある。注目を集めるだろう。何も起きなければ、イザベルが選ばれるはずだ。家格的にも、我が家が誰よりも相応しい)


 デニスは、イザベルを愛娘として周囲に話していた。

 そして、これから開かれるパーティーでも、実際にそうするつもりだ。


(イザベルなら、私の意図を察するだろう。問題はエリザベートだな。納得していない。最悪、エリザベートからイザベルを庇うしかあるまい)


 母親に冷遇される娘を守ろうとする父親。

 その設定も悪くないな……と小さく笑みをこぼす。

 もし、そんな心の内をイザベルが知れば「性悪じゃな」と心のなかで一蹴したことだろう。


 だが、そんなことを知らないイザベルは、デニス父親の笑みに不安感があおられたのだった。


 

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