第19話 我が儘なお姫様


 部屋が荒らされてから季節は巡り、夏がすぐそこまでやってきた。

 イザベルの隣にはルイスとリリアンヌがおり、穏やかな日々を過ごしていた。だが──。


(最近、リリーの表情が固いことが増えたのぅ。それに、常に荷物を肌見放さず持ち歩いておる)


 イザベルが前世で受けていた嫌がらせは、暗殺や呪いといった類であった。

 今世では、直接悪意を言葉や態度で直接ぶつけられていた。

 人の物を捨てたり壊したりするという間接的な嫌がらせをこの間、はじめて経験したが、前世が強烈過ぎたために、レティシアの我が儘としか認識していない。

 だからだろう。リリアンヌの身に起きていることが分からないのである。


(何かがおかしい……)


 そう思うのだが、リリアンヌに聞いても大丈夫だと言われてしまう。


「リリー、やっぱり変よ。今日はスリッパなの? 困っていることはない? あるなら──」

「大丈夫だよ。上手くやってるから」


(そうは言うが、どう見ても大丈夫なようには見えぬ)

(原因は分かってるし、和解はしたんだよね。まさか、周りが出てきて制御不能になるとはねぇ……。上履きは洗えばキレイになるから、物の被害は初日以降はない。じわじわ来るけど、許容範囲かな)


 モヤモヤしたまま、日々は過ぎていく。

 そんなある日、イザベルが学園から帰るとレティシアが待っていた。


「私、ずっと待ってましたのよ。もっと早く帰って来れませんでしたの?」


 レティシアは勝手にイザベルの部屋に入り込み、ミーアがイザベルは学園だから帰るようにいくら促しても帰らなかった。

 それなのに、さもイザベルが悪いかのようにレティシアは不満げに言う。

 直接会うのは久しぶりで、部屋を荒らしたことへの謝罪など当然のようになく、覚えているのかも怪しい。


「お姉様にしか頼めないことがあって、わざわざこんなところまで来てあげましたわ」


 高慢な物言いでレティシアは笑みを浮かべた。

 一見、邪気のない可愛らしい笑みだが、どこか歪でイザベルはおかめの下で眉をひそめた。


「レティシア、まずはこっちに来る前に私の予定を確認してちょうだい。それと、いくら姉妹とは言え、人の部屋に勝手に入るのは良くないわよ」


 イザベルは努めて優しく、諭すようにレティシアに言ったのだが──。


「……プッ。キャハハハハハハハハ!!」


 レティシアは突如、笑い出した。

 お腹を押さえ、目尻には涙を溜めて、心からおかしいと言うように笑う。


「ヤダ……。お姉様ったら、私と対等のつもりでいたの? そんな訳ないでしょう?」


 馬鹿にしたように言うと、レティシアはドカリとイザベルのベッドに座る。


 令嬢としての教育は受けたはずなのに、粗が目立つ。

 幼いのであれば、これからに期待できたかもしれない。向上心があり、自身をかえりみることができれば、成長できただろう。

 けれど、レティシアにはそれがない。

 自分こそが正義だと思い、他者を踏みつける。

 

わらわが貴族のマネごとをしているかのようじゃ)


 イザベルはレティシアを憐れに思う。

 ずっとずーっとレティシアはお姫様だった。我が儘で自分が正しいと疑わない傲慢ごうまんなお姫様だったのだ。


「私、隣国に嫁がされてしまうの。可哀想でしょう? だからね、お姉様が行ってちょうだい」

「……えっ?」

「お姉様はみんなから嫌われているでしょう? いてもいなくても、同じよ。ルイスだって、私との婚約の方が嬉しいわ。お姉様、嫌われてるのにも気が付いてないんでしょう?」


(変なお面を常にさせられているもの。これって、嫌がらせよね。好きな子には絶対にするわけない。そんなことにも気付かないなんて、馬鹿なお姉様……)


「ルイス殿下とお呼びなさい。それと、婚約はあなたの意見で決められるものではないわ」

「お姉様、何を言ってるの? ルイスは私を選ぶに決まっているでしょう? もうすぐ婚約するんだもの。殿下と呼ぶ必要はないわ。ルイスは私のものよ!!」


(そんなわけ、なかろう……。いきなり二つのことは無理じゃな。一つずつ伝えるべきじゃった)


「ルイス殿下と呼びなさい。呼び捨てするなど許される行為じゃなくってよ」

「いいのよ。私は特別だもの」


 馬鹿にしたようにレティシアは笑う。

 おかめの下でイザベルは、レティシアを見詰めた。


(何故、伝わらぬ。何故、同じ言語を用いておるのに、意思の疎通がこんなにも図れぬのじゃ)


 イザベルの中で諦めが広がっていく。

 それでも、どうにかしたいと言葉を紡ぐ。


「レティシアに幸せになってもらいたいと願っていたわ。けれど、あなたがあなたのままでいる間は──」

「私の幸せを願うなら、お姉様が隣国に嫁ぐのでいいわよね!! あー、良かった。これで、みんなが幸せになれるわね」


 大切に思っていた。

 人として成長し、幸せになって欲しいと願っていた。

 気持ちが過去になっていく。


 今でも願ってはいるが、自身にはどうにもできないのだと理解してわかってしまった。


(やはり、われの言葉は届かぬか……)


 最後まで話を聞かず、自分の思う通りになると信じているレティシアに、イザベルは瞳を伏せた。

 次の瞬間──。


「えっ? 何よこれ!! ちょっと、どういうこと!! お姉様、どうにかして」


 一瞬のうちに縛りあげられ、芋虫のようになったレティシアが叫んだ。

 けれど、イザベルは動かない。


「ねぇ、早くしてよ。私が縛られてるのよ? 早く助けなさいよ!!」


 キンキン声でわめき散らすレティシアの口には、布が噛ませられた。

 あまりにも一瞬で、その姿はイザベルにもレティシアにも見えなかった。



 イザベルは、ルイスの甘やかでゾクリとする声で告げられた言葉を、やり取りを思い出す。


「次、レティシア嬢がイザベルを攻撃したら、彼女は牢に入れるからね」

「その前に、私に話をさせてくださいませ。言い聞かせますわ」

「いいよ。でも、無理だったら諦めて。放っておく訳にはいかない」


 ハッキリとルイスは言っていた。

 イザベルも了承した。



(ルイス様はレティシアをどうするつもりじゃろうか……)


 イザベルは気が付いていないが、ルイスは既にイザベルの部屋の前にいる。

 影から、レティシアがイザベルの部屋に来たと聞き、イザベルを送った後、帰ったふりをして待機していたのだ。


 何故、そんなことをしているのか。

 それは、話をしたいというイザベルの要望を叶えるため。


(いくらイザベルの願いを叶えるためとはいえ、同席するべきだった)


 アザミからの捕縛の報告を受け、ルイスはイザベルの部屋の扉を開く。


(一緒にさえいれば、剣を突きつけられた)


 素早く剣を抜くと、レティシアの首に剣先を突きつける。


(イザベルを攻撃する人間は、死ねばいい)


 今、レティシアが生きているのは、部屋の外には声が聞こえなかったからだ。

 レティシアを殺してしまえば、イザベルの望みは叶わない。

 だから、ルイスは待っていたのだ。


 アザミが捕縛したということは、レティシアがイザベルを攻撃し、説得ができなかったということ。

 ルイスはアザミに口の布を取るよう指示すると、場にそぐわない笑みを浮かべた。


「イザベルと何を話していたの?」


 僅かに動かされた剣先で、レティシアの首からはプクリと小さな血の玉ができた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る