第三章 52

第三章

52


 朝の鍛錬、朝食を終え、俺たちは再度ウィリアム商会長の執務室でシンバ達との話し合いを始めた。


「シンバ殿からナギに対して要請されたメリカ行きの件じゃが、本件の本当の依頼主について確認したい。商店ダイホウなのか、日ノ本国なのかメリカ国なのか、もしくは長耳族なのか。受けるのは構わないが本当の依頼主が誰かによって恩の売り方が変わるからのう」


「ええ、ご指摘の点はおっしゃる通りですね。マーリン校長からナギ氏に同行対象が変わった時点でいろいろと複雑な構図になりますからね。メリカ国が真の依頼者という点は変更有りません。協力国として日ノ本国、両国の代行者が商店ダイホウの私という点も変更なしです。長耳族の立ち位置が同行者からアドバイザーに変り、紹介者のナギ氏が同行者に変ったという理解でどうでしょうか」


「なるほど、理解した。そこで提案じゃ。ナギやハワード商会ではなくアドニス王国に依頼をしたことにならんじゃろうか」

「え? 意外ですね。なぜアドニス王国なのですか?ハワード商会はどちらかというと国家からの干渉を嫌がると思ったのですが」


「シンバ殿の指摘の通り、ハワード商会は自由商人を標榜しておる。国家からの干渉はくそくらえじゃ。じゃが、王政から自由と民主に大きく舵を切った現アドニス王国が倒れてしまうと自由商人と標榜することも厳しくてのぅ。アドニス王国の民主化を進めつつ安全保障環境も維持するための苦肉の策じゃ。王家もメリカ国や日ノ本国のような自由民主主義的な国家との連携を模索しておってな。此度の案件はいろいろと都合がいいんじゃよ」


「なるほど、分かりました。ですがアドニス王家に依頼する形にするには私には権限がありません。一度日ノ本に戻り武家に確認を取る必要があります。あまり時間を掛けたくないのですが」

「シンバ殿の直筆だと証明できる書面を認めてくれるのなら即座に届ける手段はある。送付先によっては直接コンタクトも取れる。今すぐにもな」


「では、私の父、ニアマに直接コンタクトを取ってもらえますか?」

「ナギ、頼む」

「はい、少々お待ちください」


 思ったよりスムーズにハワード商会の仕掛けは嵌った。カプリにお願いして日ノ本国商店ダイホウのニアマ商会長に念話を繋げてもらう。カプリは一度念話を繋いだ相手とはいつでも、惑星ギーの中であれば再接続できる。


<もしもし、ハワード商会のナギです。ニアマ商会長、今お話しできますか?>

<は?え?ナギさんなのか?なんで突然ナギさんの声が… ハッ、念話か>

<驚かせてすみません、ニアマ商会長。お久しぶりです。シンバさんと今同席してます。突然の念話お許しください。シンバさんニアマ商会長とお話しください>

<父さん、久しぶり。端的に話すけど判断をお願いしたい。実は…… >


 シンバ氏は俺とメリカへ同行することになった経緯と、その依頼をアドニス王国経由で行うよう変更が入ったことを報告した。


<うむ。当初予定から大分変更が入ったようじゃのう。武家とメリカ国との調整はやっておく。両国からアドニス国王に親書の形で依頼を出してもらおう。お前はナギさんとメリカへ向かってくれ>

<ニアマ商会長、ハワード商会のウィリアムじゃ。初めての会話が念話というのも奇異なものじゃが、宜しく頼む。アドニス王家への根回しは儂がやっておく。これからもダイホウ殿とは上手くやっていきたいと思って居る。宜しく頼みますぞ>

<ウィリアム商会長、初めまして。確かに初の会話が念話というのも驚きですわい。儂らもハワードさんとの縁は大事にしたいと思うておる。日ノ本とメリカへの調整は任せてくれ。次は直接お目にかかって一献儲けたいものですのう>

<それは良いですな。息子たちが無事に役目を果たした後にでも都合を付けましょう>


 両商会のトップ会談は念話ではあるが最後は飲み会の約束をしてしまう程意気投合し、友好的なものとなった。日ノ本、メリカへの根回しはニアマ商会長が、アドニスへの根回しは父さんが上手くやってくれるだろう。


「ウィリアム商会長、ナギさんありがとうございます。おかげで一つ宿題が片付きそうです。もう一つ私には宿題があるのですが聞いてもらえますか?」

「シンバ殿、礼を言うのはこちらの方じゃ。弱みに付け込むようにねじ込んだこちらの要望を受け入れてくれたからのう。ダイホウ殿の技術も格安で開示してもらっておるし、儂らにできる事であれば協力は惜しまん」


「では、単刀直入に申し上げます。ファルコン族とは別の人工的な遠距離通信方法をハワード商会は持っていると推察します。それを商店ダイホウに提供してもらえませんか?」

「ほう、そう来たか。ナギ、お前から説明してくれ」


「はい。シンバさんの推察通り、我々は念話能力とは別の人工的な遠距離通信方法を運用してます。それは“NAC∞”1/20モデルとセットでアドニス王国から日ノ本、メリカに同盟の担保として提供すべく準備中です」

「なるほど。ナギさんから提供された“NAC∞”1/20モデルは私も触りました。あれはヤバいですよ。それに通信装置が付くんですね。情報ネットワークの提供を以ってアドニス、日ノ本、メリカ友好の触媒にしようという事ですね。それをダイホウにも提供していただくことは出来ませんか?」

「ええ、問題ないですよ。私がダイホウさんに“NAC∞”1/20モデルをお渡ししたときからの既定路線です。必要な台数を通信端末とセットで提供します。もちろん中継装置も付けます。通信ネットワークに使う通信装置は日ノ本国用と共用が可能です。設備投資、保守管理を考えると日ノ本国向けと供用が良いでしょう。そしてここからはちょっと内緒の話になりますが、ダイホウさんの情報に対する考え方に応じて、日ノ本情報ネットワークの上位層としてダイホウ独自ネットワークを構築することも可能です。聞きますか?」

「なるほど。一度見せてもらうことは可能ですか?情報ネットワークの上位と下位?って概念がどんな感じで仕切られているのか」

「では、此方へ。シンバさんに端末をちらっとお見せしましょう」


 俺は商会長室の執務机に整然と鎮座する“NAC∞”1/20モデルを立ち上げ、手慣れた手つきでキーボードをたたく。ディスプレイには何度かIDとPASSの入力画面が出ては消えし、最上位画面で操作を止めた。


「これが最上位権限者のメニュー画面になります。ここから先はお見せ出来ませんが、各種権限により入力閲覧できる情報の階層を管理してます。権限は個々人にのみ知らされ、定期的に更新されるIDとPASSで管理されてます。家では最上位は商会幹部のみ、王家は第三カテゴリ以下としてます。まぁ王家には第三カテゴリが最上位ということにしてますから、今はその上があるなんて思ってないでしょうけどね」


 珍しくシンバ氏の表情に驚きが見えた。俺の説明を理解したのだろう。


「なるほど。良く考えられてますね。ちなみに第三カテゴリ以上もそれ未満のIDとPASSで入れるんですか?」

「いえ。第三カテゴリ以上は専用の端末にワンタイムPASSを通知してます。ワンタイムPASSが合致しないと入れません。これがその端末になります」


 俺はワンタイムPASS受信専用端末、スマ〇トウォッチをシンバ氏に見せた。


「よくわかりました。出来れば上位端末についてはダイホウにもハワード商会と同じレベルの物を是非提供してください。ハワード商会同様隠し上位機能付きでお願いします」

「そういうと思ってました。MFには“NAC∞”をご用意しましょう。通信装置の仕様ももう少し詰めたいんですが、現地視察も必要なので専門要員での対応で問題なければ、私の兄ヘンリーが次に日ノ本に向かう時に第一陣として派遣します」

「ええ、助かります。こいつはダイホウの基礎を強くするでしょう。どうかよろしくお願いします」




 俺とシンバ氏は商談成立の儀式、握手をした。初めて握手した時の能な謎のノイズは今回はなかった。俺のメリカ行きを報奨金以外の形でもメリットを出す作戦は見事に決まった。そしてシンバ氏と敵対する最悪の道に進む芽は完全に摘み取った。後はメリカでの耳長族を探し出し、メリカ国との絆を結び直すのみとなった。


 

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