第2章 第43話
翌朝、イセの町を西門から出てイズモの街方向に向かうことにした。アワージから遠いが、日ノ本三大神宮のある街なので、イセの町と発展具合を比較すれば、ダイホウの影響力の多寡が判ると思ったからだ。西門が見えなくなった辺りでいわおには馬に変化してもらい、うすらいにはペンダントに戻ってもらった。目の前に黒毛の巨馬が現れた。鞍も付いていた。(いわお、気が利くじゃないか)
いわおが変化した巨馬はものすごい速度で走りだした。
〈いわお、そんなに速度を上げると次の村まで持たないぞ〉
〈主殿、心配無用だ。これでも全力の半分程だ。半日は休まずに進める〉
〈いわお、はや~い 競争だ~〉
〈ん ルナも負けない〉
〈カプリ、ルナ、周囲の警戒も忘れないでね〉
〈ぐぬぅぅ、なんか楽しそう。陸上での機動力が無いのが悔しいわね〉
仲間が増えて賑やかな移動となった。いわおが変化した巨馬の機動力は異次元の物だった。通常馬車で二日から三日はかかる距離をなんと半日で走破してしまった。夕方に俺たちはイズモの街に入った。程よい宿に一人分の部屋を取ることが出来た。海辺の街ということで刺身定食を頼んだが期待通りに新鮮な魚を味わうことが出来た。明日は一日町中を探索しよう。
翌朝、朝食はうず煮だ。ふぐのだし汁に身とシイタケなどが入ったとろみのあるアンにご飯を乗せて、ワサビ、セリ、岩ノリが乗っている。シジミ汁とセットで朝から贅沢な一品だ。宿を出て町を散策する。まずは港。小型の帆船が桟橋に停泊している。桟橋も木製が目立つ。おそらくこれが日ノ本の普通の港なのだろう。次に城壁。アワージで見た改修前の城壁と堀だ。次に商店の品揃いを見る。特に斬新なものはなかった。街中も人出はそこそこあるが建築ラッシュの熱気のようなものは感じられない。古き良き日ノ本の景観だ。
昼食のために賑わっていそうな食事処に入る。メニューには地の食材を使った地元料理が並んでいた。イズモ蕎麦の割子と釜揚げのセットと、のどぐろの串焼きを頼んだ。やや黒目の蕎麦は非常に香りが良い。のどぐろもほくほくして塩梅も良しだ。ダイホウの影がここまでないのも驚きだったが、やはりイセの町は特別なのだろうか。
俺は探索を切り上げて次のシモノセキの町に移動することにした。西側の門を出てしばし歩き、その後いわおの変化した巨馬を駆り、狙い通り夕方ごろにシモノセキの町に到着、と思ったのだが。
(これはなんだ?まるでアワージの町で見た城壁の建設現場じゃないか。ここがシモノセキの町なのか?)
〈ナギ―、この先にも町があるよ~〉
〈カプリ、ありがとう。いわお、もう一走り頼む、ゆっくりでいいぞ〉
どうやら、ダイホウでは教えてもらえなかった第2次拡張計画の次の動きの尻尾を掴んだようだ。謎の建設現場から数キロ離れた場所にシモノセキの町があった。夕日が海に沈みだした頃、入門を終え宿を探す。安宿は埋まっており、高級宿を巡って3件目にして初めて部屋を取れた。町の中はまさに建築ラッシュの熱気に包まれていた。
高級宿ならではの大浴場で旅の汚れを落とし、備え付けの浴衣を着て食堂に行く。既に席は埋まりつつあったがちょうど空いたテーブルを見つけ、夕食のメニューを眺める。地元料理に紛れてダイホウで振舞われた料理が散見された。給仕の女性が来た。
「お勧めは何ですか?」
「お客さん初めてですかね? でしたらシモノセキ名物ふぐ定食か、最近はやりの丼物とそばのセットがお勧めですよ。変わりどころではカレーライスですね」
「では、ふぐ定食をお願いします」
ふぐ定食は大当たりだった。ふぐ刺し、唐揚げ、酢の物、鍋のまさしくふぐのフルコースだった。刺身を五切ほどまとめて、薬味たっぷりの酢醤油に着けて口にする。前世以来のたんぱくながらほんのり甘みのあるふぐだ。
食事途中だったが、相席をお願いされ、周囲を見るとほぼ満席だったので首肯した。
「相席失礼。拙者イセに本店のある伊勢屋のサスケでござる。良しなに」
「私はアドニスから来たナギです。どうぞご遠慮なく」
少しやつれ気味に見えたサスケと名乗る商人風のサル顔男は丼セットを頼んだ。俺は食事のペースを落とし情報収集を試みた。
「今日はイズモ方面から来ましたが、シモノセキの手前に何やらものすごい壁を作っていましたが、あれは何ですか?」
「あれは、日ノ本が新たに創設する海軍のシモノセキ基地でござる。昨年から着工して港の浚渫と敷地を囲う城壁を作っているのでござる。ナギ・ハワードさん。明日お時間が宜しければご案内するでござる」
(あちゃー、身元バレてるわ。諜報員失格だ。一体どこでバレた?)
「あはっ。バレてましたか。まぁ悪意はありませんからお手柔らかにお願いします。ご案内いただけるのであれば喜んでお願いしますよ。お忍びは気を使って苦手なんです」
「ふぅ~。そう言っていただき拙者も一安心でござる。敵対する気は毛頭ないでござる。主からは逆に接待せよとの指令だったのでござるが、あまりにもの移動速度に、もごもご…… 」
どうやら痛み分け?だったようだ。その後は他愛のない話を交して食事を終え、翌日朝食後に待ち合わせすることになった。いわおよ、ありがとう。お前の能力のおかげで相手に一矢報いたようだ。
翌日、俺は伊勢屋のサスケに伴われ、日ノ本が新たに創設する海軍のシモノセキ基地建設現場を案内された。そこはまさに第2次アワージ拡張計画の新規拡張区画で見たのとほぼ同じ光景が展開されていた。港の浚渫、岸壁建設、城壁建設、土地に区画整理、上下水道工事。おそらく近隣にはセメント工場や取水浄水所なども建設されているのだろう。住人こそいないもののニッカボッカに地下足袋姿の多くの職人が動き回っている。使われている技術はダイホウの物だろう。
「いやぁ、すごい活気ですね。ところでサスケさん、部外者にここを見せてもいいんですか?」
「日ノ本の機密以外は構わないでござる。伊勢屋はここの現場統括を任されておりまして、主人からは『商店ダイホウが手厚くもてなした方であれば当家も同様の扱をせよ』との指示が出ているでござる。それにナギさんは皇統様とも御縁を持たれたようですから、主人も直々に会いたいとも申しておりましたがあいにく別件で来られないでござる」
(ん?ただの商家じゃなさそうだな。伊勢神宮参拝の事も知られてそうだ。ここは化かし合いだな)
「それは恐縮です。日ノ本の新海軍の仕事を仕切られたり、今や飛ぶ鳥を落とす商店ダイホウさんや皇統様ともおつながりがあるようですが、サスケさんのいる伊勢屋さんは大店なんですね」
「いやいや、当家はそんなに大した商家ではないでござる。イセの町の田舎商店でござるよ。たまたま商店ダイホウ様とご縁があっただけでござる」
「またまたご謙遜を。因みにどのようなご縁だったんですか?」
「私がたまたま、商店ダイホウの御次男シンバ殿とお連れの方をエドからイセまでご同道したのが始まりでしたかな。意気投合させていただいたのが始まりでござる。あれから四年、ここまで商いを太くするのはもう大変で、休む間がなかったでござるよ」
「(よし、繋がった)それは大変でしたね。私たちは、商店ダイホウさんの船が嵐で座礁したときに、修理のお手伝いをしたのがお付き合いの始まりです。縁は奇なりですね。四年前といえば伊勢神宮の外宮も大変だったようですね」
「既にご存じでござったか。シンバ殿、コン殿、カオ殿による鬼退治がありましてな。外宮に巣くっていた鬼共を一網打尽にして配下に入れてしまったでござる。お見事の一言に尽きるでござる」
他愛ない話をしながら探り合いは続く。
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