第2章 第41話
〈天照様、謝る必要はありません。最初は前世の記憶を持ったままの異世界転生に驚き戸惑いましたが、転生先の家族にも恵まれ、今はこの世界での生活も充実していて楽しんでおりますから〉
〈ナギよありがとう。そなたは昔から優しいですね。それに昔と変わらず魔族と精霊を引き寄せる力は残っているようですね〉
〈私は昔も魔族と精霊に縁があったのですね。では、私が月夜見尊の魂の一部を持って転生したからには、新たに使命とかが課せられるのでしょうか?〉
〈いいえ、と答えたかったのですが、状況が変わりつつあるようです。私が頼りにしたのは素戔嗚尊の力、黄泉国の勢力を削ぐ力です。既にその者と邂逅し、黄泉国の勢力と戦う使命を受け入れてもらいました。なので、そなたにはこの世を楽しんでもらいたいと思ってましたが、魂同士が運命を引合うようですね。何れそなたもその戦いに巻き込まれるでしょう。そなたにはその戦いを見極め、正しいと思った事をして欲しいと思います〉
〈黄泉国の勢力と戦うとはどのようなことでしょうか。ご教授ください〉
〈長い話になりますが、私と月夜見尊、素戔嗚尊の親である、伊弉諾と伊弉冉の国造りの話は覚えていますか?二柱による最初の国造りは失敗し、蛭子という神が生まれました。二人は国造りを急ぐあまり、蛭子を見捨て、再度国造りを行い淡路の島や大八島が生まれ、今の日ノ本が造られました。蛭子は神界から見捨てられましたが、地上界への深い憎しみと共に生き延び、黄泉国の神となり地上界へ害を及ぼす様になりました。蛭子神の存在に気付いた素戔嗚尊はたった一人で黄泉国からの攻勢を防ぎ、日ノ本と黄泉国とのバランスを保とうとしました。蛭子神の地上界への憎しみは深く、その強大な力の影響を受けている眷属達もまた強く、過酷な戦いの連続でした。私は国造り後の民の生活を豊かにすることに夢中で、素戔嗚尊が黄泉国とのバランス取りに悪戦苦闘し苦悩している事に全く気付くことが出来ず、却って遠ざけるような振る舞いをしてしまいました。援軍もなく、ただ一人黄泉国からの攻勢を防ぎ続けた素戔嗚尊は、気づけばこの世からいなくなっていました。やがて蛭子神率いる黄泉国の攻勢は、人族の抵抗も虚しく、徐々に地上に影響を与えました。魔物の進出です。適度な魔物の出現は人族に恩恵をもたらしますが、過度な襲撃は人族の営みを破壊します。そして日ノ本と同時代に存在する世界においても蛭子神の脅威にさらされ、世界にある七つの秘境からの魔物の攻勢が日々強まっています。そして日ノ本発祥の地である伊勢の地において、黄泉国の脅威にさらされ、伊勢神宮内宮と表裏一体の外宮に鎮座している豊受大御神が黄泉国の手勢に幽閉され、人族の力では解放できない事態となりました。幸い転生した素戔嗚尊の魂を持つ者の救援が間に合い、四年前に幸いにも外宮は開放されました。これが黄泉国の勢力との戦いの一部です〉
〈黄泉国の勢力との戦いがどのようなものか理解しました。私も素戔嗚尊の手助けはしていなかったんですね〉
〈そなたが月夜見尊であった時の仕事、月と潮は今も健全にこの世に貢献し続けています。そこを誇ってください。素戔嗚尊の手伝いは今生で出来る限りでよいでしょう。それに素戔嗚尊の魂を持つ者は既に強い力を持っていますから〉
〈黄泉国の勢力との戦いを見極め、正しいと思った事をする。天照様のご意向に沿って動きたいと思います〉
〈ナギよ、よろしく頼みます。そうそう、そなたの魂の器は昔の力を取り戻しつつあるようですが、少し手助けをしておきましょう。そして“土の宝珠”を授けます。この世界を楽しみなさい〉
天照様の“楽しみなさい”の言葉と同時に、暖かな光の奔流が消え、今まで経験したことのないレベルアップ時のエフェクトを感じた。掌の中には黄色い半透明の宝珠があった。
一礼。
しばし呆然としていた。一気にいろいろと判明したからだ。
〈やっぱりナギは凄いな~ カプリも知ってるあまてらす様とお話しできるなんて〉
〈ん ルナも納得 ナギに助けてもらって幸せ〉
カプリとルナの念話で正気を取り戻した時、白い斎服と冠を身に着けた若い神職が、入ってきたとき同様俺を本殿出口に誘導してくれた。
「ナギ・ハワード様、差し支えなければ控えの間を用意しておりますので、そちらで一息入れられてはどうですか?」
「ありがとうございます。荘厳な雰囲気に呑まれてしまったようで。少し休ませていただけるなら、是非お願いします(あれ?この人長耳族かな?)」
「はは、失礼しました。全く同じ反応をされた方がいましたのでつい。こちらです」
若い神職の男に促されるまま本殿を離れ、控えの間に案内されると、既にお茶が用意されていた。まだ入れたばかりだろう湯気が茶碗から出ている。人の気配はないようだ。
「私は、伊勢神宮の神職をしておりますショータイと申します。一息つかれましたら、伊勢神宮の宮司にお会いいただきたいのですが、宜しいでしょうか」
「ええ、構いませんよ」
俺に用意された熱くも温くもないほど良い湯加減のお茶を頂いた。本当に一息付けた。
<ナギ 仲間が奥にいる 挨拶してくる>
ルナがふわふわと飛んで奥に行ってしまった。以前工匠の精霊ヴィシュと交わしていた、両手を繋いでくるくる回る可愛い挨拶だ。
俺が一息ついたのを確認したショータイは、社務所のような建物に入り、奥の部屋に俺たちを案内した。
「宮司、ナギ一行が参られました」
「入りなさい」
ショータイが襖を開け、部屋に入り座るよう促す。部屋の中ほどには御簾が垂れている。俺たちが跪くと同時にスルスルと御簾が上がり、神職のショータイと似てはいるが精悍なオーラを放つハイエルフが座っていた。
「ナギ・ハワードよ、伊勢神宮によく参られた。私はダイジメイ。今代の伊勢神宮の宮司をしております。見ての通り、我らは長耳族です。かつて神々が惑星ギーと人、獣人、魔人、動植物、魔物も併せて創造された時、神々の世界と、創造されたこの世界の繋ぎ役、そして世界の導き役として遣わされた一族の末裔です。以来悠久の時を、神への感謝とこの世界の発展に尽くしてきました。先日、天照大御神様からそなたらに関するお告げがあり、当神社へ参られるのをお待ちしておりました。改めて本日のお参りありがとうございました」
「こちらこそ、貴重な本殿での参拝の機会を頂きましたこと、改めてお礼を申し上げます。そうとは知らず私の都合で今日になってしまい恐縮です。私はアドニス大陸出身ですが現在アドニスで学長をしているマーリンさんをご存じですか?私も大変お世話になっている方なんですが」
「これはこれは、マーリンの知己の方でしたか。あいつは若い頃から変わり者で、遠祖からのお役目を嫌い出奔してしまいましたが、アドニスで学長をしているのですか。マーリンに伝えてくだされ、怒っておらぬから偶には顔を見せに来いと」
「はい、伝えておきます」
(あれ? マーリン校長の出身はたしか皇統とか…… はっ! 日ノ本の耳長族、伊勢神宮の宮司、この方、日の本万世一系の皇族のトップ、今生陛下だ…… そういえばルナが挨拶に行ったということは皇統様の精霊に会いに行ったという事か… やっちまった…… )
“たらり”
額から冷汗が垂れる。俺の内心の慌てぶりに気付いたのか
「ナギさん。私の正体に気付かれたようですが、改める必要はありません。天孫の一柱、月夜見尊様の魂を持つナギさんに気を遣わせたとなれば、私が先祖から叱られます。どうか変わらずに相手をしてください」
「今生陛下、当方の不明故の無礼をお見逃しいただきありがとうございます」
「さて、本題に行きましょう。本日の天照大御神様との邂逅の件ですが今後はどのように」
「はい。まだ上手く咀嚼できていないのですが、いずれ黄泉国の勢力との戦いに接することになるのでしょう。今まで通り、己を磨き鍛え、人々の為にその力を使い、人生を楽しみその時に備えたいと思います」
「そうですか。であればこれを授けましょう。『如意の錫杖(滅)』です。使用者の思いのままに大きさが変わり、自動修復機能がついております。魔力を込めて奮えば邪気を滅するといわれております。祈ることしかできぬ我ら精いっぱいのナギさんへの支援です。お納めいただき、存分にお使いください。ご武運を」
「はっ。有難く、頂戴いたします」
『如意の錫杖(滅)』を受け取り、今生陛下との奏上を終え、社務所を後にした。伊勢神宮内宮参拝は多くの情報と貴重なものを齎してくれた。
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