第一章 第9話

 その夜。俺は夢を見ていた。


 多分7歳位の頃、早朝の海岸10km走をしている夢だ。

 岩場と岩場の間の砂浜に、額に星マークが付いた2m程のオルカが地引網だろうか、網に絡まれた状態で砂浜に打ち上げられ身動きできずにいるところに偶然出くわした。オルカは衰弱しているのか微動だにしないが、その目はまだ生気があった。

 俺は迷うことなくオルカに近づき、絡まっている網をナイフで切り、外した。だが動くことが出来ないようだ。


 「キュー、キュー」


 苦しそうに上げる声は弱弱しい。

 俺は覚えたばかりの土魔法でオルカの周りの砂浜を深く掘り下げ、海水が入ってくるようにした。同時に水魔法を使いオルカが乾燥しないよう身体全体に水を掛けた。


 気絶寸前まで魔法を使ってしまい眠気と戦いながらオルカの様子を見守る。まだ動けないようだ。

 俺はオルカの頭部に移動し、怠い体になけなしの魔力で身体強化を掛けオルカの身体を海の方向に押し出した。

 ゆっくりと海に向かってオルカが押し出される。どうやら海に戻れそうだ。


 オルカと視線が合った。オルカが光るようなものを放ち俺の中に吸い込まれると同時に俺は意識を手放なした。




〈ナギ、あの時は僕を必死に助けてくれてありがとう。君が成長してくれたおかげでようやく念話がつながったよ。こうしてお礼を伝えることが出来たからね。本当にありがとう。僕はオルカ族の王子オルシナ。いつか海のどこかで会おう。お礼をするよ。君が海に出たら絶対会いに行くからね〉


 俺は目を覚ました。快適な眠りだった。いつもより爽快な目覚めだ。あの時助けたオルカが念話でお礼を伝えてきたのだろうか。夢に見た内容は確かに実際に起きたことだ。そうであればあのオルカは無事に海に戻れたという事か。少しだけ良い事したなと自分をほめたくなった。


〈ナギ、今の夢は本当の事?〉

〈ああ、おはよう、カプリ。今から6年くらい前の出来事だよ。オルカを助けたことがあったんだ。カプリも見れたのかい?〉

〈うん。ナギとは相性がいいみたい。夢も同期出来ちゃった~。やっぱり、ナギはカッコイイね。ワイバーンをピカピカピカって倒しちゃうし、海の王者オルカも助けたことがあるなんて。すっごいことだよ。僕はナギと一緒に居れて幸せだよ〉


 朝からカプリによいしょされてしまったが悪い気はしない。まだ薄暗い夜明け前だがカプリに肩に乗ってもらい海岸10km走に向かった。


 海岸10km走は大幅にレベルアップした俺が身体強化を最大に使うともはや準備運動のようだった。幼少の頃はゼイゼイと息を切らしたが、全く乱れない。明日からコースを再検討しないとね。

 朝食までの時間で棒術の型の反復訓練をこなす。やはり身のこなしが洗練されている。手に持つ棒の振るわれる速度が段違いだ。そろそろ父さんや爺さんと身体強化無しでいい勝負が出来そうだ。


 朝食時、カプリは大人気だ。食事は特別なお客さんがいないときは、社員と一緒の大食堂で取るのだが、既にカプリは全社員から歓迎されているようだ。そう、俺の秘密もほとんど社員には知られている。でも誰一人俺を避けることなく普通に扱ってくれている温かい大家族。それがハワード商会だ。俺の実家だ。


 朝食後、早速レイモンドが報告書を仕上げて持ってきた。父さんの執務室に入りレイモンドの報告と提案を聞く。爺さんも同席だ。


 レイモンドの提案する諜報組織はこんな感じだった。


 本店に俺とカプリのセットを配置。常にカプリは俺と行動を共にすることを前提に、商会長のウィリアムに一羽のファルコンを付けてもらう。オース支店長、叔父のジェームズ・ハワードに一羽、ネシア支店長、叔母のビクトリア・ハワードに一羽ファルコンを付けてもらう。


運用の基本原則はまず緊急通信。主に大陸間

拠点A⇔Aのファルコン⇔Bのファルコン⇔拠点B

これは伝言ゲームになるので緊急時のみとする 短い言葉で伝える事、符丁も用意して共有する

次に重要書類伝送

拠点A書類作成、専用筒ファルコンA→ファルコンA拠点Bへ運ぶ→拠点B中身確認→ファルコンB念話拠点内共有

これは主に大陸間となる。現在は帆船により行われているが時間短縮が目的

次に拠点内緊急情報共有

拠点人⇔番ファルコン⇔任意拠点要員

これは一番使用頻度が高いと思われる。常時使いされるとファルコンの負荷が高いので使用制限必要

ファルコンに関する情報は最重要機密とし社外秘とする


 流石レイモンドだ。俺だったら一晩で纏められないレベルだ。父さんも理解したようだ。念話で内容を伝えていたがカプリも理解したようだ。既に最初から全員念話で繋いでもらっている。


 レイモンドからカプリにお願いがあった。

〈カプリちゃん、そういうわけで後3羽ほど人族とペアになるファルコンが欲しいんだけど大丈夫かな?〉

〈いいよ~人族と暮らしたい仲間はいっぱいいるから。ちょっと待ってね~〉

どうやらホークアイと念話を始めたようだ。

〈レイ君、すぐ来れるのは11羽みたい。もう少し時間をもらえればもっと増やせるよ~〉

〈ええ?11羽も?カプリちゃんありがとう。最初の増援は11羽でいいよ。計画を早速ブラッシュアップしないとな〉

〈最後に商会長。お願いがあります。ハワード商会の旗印の案を作ってきました。旗印は現在ないのですが、商会員同士、ましてやファルコン族に味方だと伝えるためにも旗印を作りたいんです。許可をお願いします〉


 レイモンドは一枚のロゴを書いた紙を差し出す。そこには白地に黒で男の肩にファルコンと思われる鳥が止まったデザインがあった。

〈ほう、これはナギとカプリか?分かりやすいな。いいだろう。今後のハワード商会の旗印としてふさわしい。それにファルコン族との友情も深めるためにも役立ちそうじゃな〉

〈父さん待って下さい。更にこれを追加したいんです〉


 俺は昨夜のオルシナとの邂逅について説明した。最終的に採用された旗印は肩にカプリを乗せた俺がオルカの背に乗っている図となった。陸海空を制するハワード商会の新たな出発だった。

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