第2章 第26話
スコート地方の威力偵察から戻った翌日。予てからの予定通り、ケニスの鍛冶師エジの工房に足を向けた。
教えてもらった場所はケニスの所謂家内制手工業地域で、昔ながらの鍛冶屋や魔道具屋などが並ぶ小規模店舗兼工房が軒を連ねる区画だ。
近年、資本を集中投下して作られた製鉄工場、造船所、紡績工場等の大規模工業区画とは離れた場所にあった。
目指すナップル工房はリンゴのマークの看板のついたぱっと見倉庫のような感じであった。俺はその看板を見た瞬間、この出会いは間違いないと直感した。必ず隼部隊の力になると。
「こんにちは。ハワード商会のナギです。エジさんいますか?」
「おう、待ってたぞ。ヴェロニカさんも来てくれたのか。入ってくれ。」
ナップル工房は鍛冶師のエジ、錬金術師のエレ、魔道具師のエマのドワーフ三兄妹が、それぞれの親方に弟子入りして腕を磨き、一人前と認められたのを機に一旗揚げようと独立し立ち上げた工房らしい。そして最初の開発品がハワード商会に持ち込んだ発電機らしい。早速実演してもらうことにした。
円筒の側面に着いたハンドルを回すと、反対側から出ている鉄棒の先端からもう一本の鉄棒に“パシパシ”と放電現象が起こった。
「確かに発電してますね。筒の中はマグネットですか?」
「よくわかったな。その通りマグネット同士がすれ違うように二重構造になってる。発電は出来るんじゃが”電気“の使い道が今一見通せなくてな。こいつの使い道が判らんと、またゼロからのスタートじゃ。ナギさんよ何とかならんかな。俺達兄妹が力を合わせれば何でもできるんじゃが切っ掛けがなくてなぁ」
「分かりました。まず、発電した電気が一定の力で持続的に出続ける仕組みが欲しいですね。それとその使い道ですがコンピュータを作りましょう。ハワード商会が開発費をすべて出します。そして完成品は全てハワード商会が買い取ります。完成までの技術サポートもします。如何でしょう」
俺とヴェロニカとドワーフ三兄妹はがっちりと両手握手をした。
そこからが大変だった。電気の性質、コンピュータとは何か、演算装置とは、記憶装置とは、通信とは、表示装置とは、入力装置とはなにか。
前世の知識を総動員し、電気に絡めて説明した。二進数、半導体、集積回路、演算装置、抵抗、コンデンサ、光の三原則、電波、プログラムとか。
そんな時だった、ヴェロニカが、身に着けている妖精の腕輪が激しく輝き出し、一瞬周囲が眩しい光に包まれた。
〈ヤホー、工匠の精霊ヴィシュよ。ヴェロニカの腕輪にずっといたけど、ようやく面白そうなことが始まったから出てきたの。ねぇねぇ、あなたのお話聞かせて。コンピュータっていうの?私作ってみたい〉
〈こんにちは。工匠の妖精ヴィシュ。俺はハワード商会のナギ・ハワードよろし〉
〈時間がもったいないわ。早くナギの話を聞かせて。あ、その前にあなたの妖精さんとご挨拶しなきゃ〉
<… … … … … …>
ルナとヴィシュは両手を繋ぎ、お互いに見つめ合ったまま空中をくるくると回っている。無言でダンスを踊っているようだ。数分間俺達は二人の妖精の挨拶? 儀式? を見守っていた。
やがて二人は頷き合い、手を放しルナは俺の、ヴィシュはヴェロニカの肩に戻った。
<お待たせ。さぁ早く教えて、コンピュータの事を>
なんともせわしない妖精だ。だが妖精は元来気まぐれな性格と聞く。俺はヴィシュへのみんなの紹介を諦めてコンピュータ作成のために必要な俺の知ってる限りの情報を改めて説明した。
ああ、前世当たり前のようにあったPCってかみ砕くとものすごい技術の粋の結晶なんだなと痛感した。
そんな俺の拙い説明であったが、工匠の妖精ヴィシュの叡智と未知の技法とエジ兄妹の技術力によって、1ヶ月後には最初の試作機が完成した。“NAC”と名付けた異世界初と思われるコンピュータは、翌日には隼チームの執務室でお披露目される予定だ。
<うん、何とか形になったわね。ナッ君可愛いいけどまだ生まれたての赤ちゃんね。実用には耐えられるけどこの子はもっといい子になるわよ>
<ヴィシュ、それは凄いな。期待していいかい?>
<ええ、もちろんよ。最初は試行錯誤したけど、素材や工法を変えればもっと良くなる手応えはあるわ。エジ達も優秀だし、この子の事は私に任せて。もっといい子になるから。ああ、なんかするときはヴェロニカに云うから勝手にナッ君はいじらないわよ>
<私の妖精だけどモノづくりに長けた工匠の精霊とは驚きね。長らく姿を現さなかった理由がわかるわ。私不器用だから出番がなかったのね。ヴィシュこれからも宜しくね>
お披露目会当日、お披露目会だと思ったのは幻だったのだろうか。俺はケルスを統括するリチャード・フォン・アドニス公爵の執務室に、ウィリアム父さんと一緒に座っていた。リチャード公爵の後ろにはなぜか執事や護衛風の人に交じってエリザベス姉さんが控えている。そしてマーリン校長も公爵の隣に座っている。
「ウィリアム、よく来てくれた。今日は無礼講とは行かぬが忌憚のない話をしたい。ナギ・ハワードよ。お前がもたらしたスコート地区での魔物騒動とハイランドでの情報は秘匿情報も含め承知している。その上での話だが、アドニス王家として耳長族との縁を再び紡ぐことは最重要課題であると考えを改めた。そして課題解決のためにハワード商会の隼部隊を王家の諜報部隊として迎え入れたいと考えておる。待遇も今より上げる。どうだろう、王家に部隊毎直接仕えてくれないか」
俺はウィリアム父さんを見る。(あ、これは断ってもいいのかな)親子でしかわからない左眉毛の傾きが伝えていた。〈好きにしろ〉と。
続いてマーリン校長を見る。念話の答えが返ってきた。〈ナギの好きにするがよい。ただ、ハイランドに居る同族たちがアドニス王家の保護を受けるのは儂には行幸じゃ〉
最後にベス姉の顔を見る。一瞬、え?て顔をしたが念話の答えが返ってきた。〈ナギの思うようにしなさい。私は今回の件でナギが断っても全く問題ないわよ〉
「アドニス王家が耳長族との縁を再び紡ぐ方針に変ったことは私も大変うれしく思います。そのために隼ネットワークで得た情報を活用したいという考えも理解できます。ですが、我々はアドニス王国とハワード商会に対して忠誠を誓っており、その誓いを曲げて今の王家に仕えることはできません。それに、私個人の考えですが、王家自身の諜報部隊は王家のみに忠誠を立てた者が行うべきであり、今後王家専属の諜報部隊は絶対に必要となるでしょう」
「ふむ。早々に断られてしまったか。流石ハワード家の神童じゃな。して、『今の王家に仕えることはできない』とはどういう意味だろうか。聞かせてくれんか」
「少々長く辛辣な話になりますがお許しください。現王がアドニス大陸を統一後、王家を中心に中央集権国家としてアドニス大陸を安定統治して約三十年が経ちます。ですが未来永劫今の統治が続く保証はありません。理由は今の国家体制が王侯貴族の為の物であり、国民から税金を徴収するための体制であり、国民の為の体制ではないからです。やがて力を蓄えた貴族や民が王侯貴族に取って代わろうと、過去何度も繰り返されてきた騒乱が起こるでしょう。他国の介入を唆すものが出るかもしれません」
「それは、歴史の必然で避けられぬものではないのか」
「いいえ。避けることは可能です。アドニス王国の王侯貴族自身が統治者ではなく国民の一人であると意識を変革し特権を手放したときに、初めて国民による、国民の為の、国民の政治、つまり国民国家となります。その統治は長く続くことが可能です。国民は自立心を持ち、国に愛着を持ち、国に忠誠を誓うでしょう」
「うむう。では、王侯貴族は不要という事か」
「厳しい言い方になりますが優秀な王侯貴族は不要ではありません。但し特権を手放し国民国家を運営する国民に統治を委託する必要はあります。そして国民国家は立法・行政・司法が独立して機能し、それぞれを監視する必要があります。三権分立です。此処には王侯貴族と官吏も当然参加していただきます。立法は国民から選挙される必要があります。選挙権と被選挙権は当然国民かつ納税者が対象です。行政と司法はその能力を試験によって選抜します。これらは段階的に進める必要があります。当面、王侯貴族とその官吏は三権とは独立した国民国家への移行推進役、評価監視役としての立場となるでしょう。三権分立の実現状況に応じてその規模を縮小し三権のいずれかに組み込まれるでしょう。そして三権が機能したときもその監視役として存在することは可能です。神への感謝を捧げ続ける耳長族と縁を結ぶにふさわしいのは国民を統治する王家ではなく、一国民として国の為に尽くす王家こそが相応しいと考えます。その時にこそ王家に忠誠を誓う直属の諜報部隊が必要になります」
「なるほど。我が国も近代国家へとその歩を進めねばならぬときが来たのかのう」
公爵からの勧誘は上手く躱せたようだ。ウィリアム父さんとベス姉がニヤリと笑った。だって自由商人で居たいから協力できませんとはいえないもんね。
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