捨て子から始まる異世界諜報員生活
yoshi30
第一章 第1話
①
「私、ナギ・ハワードはハワード商会、ケルスの街そしてアドニス王国に終生の忠誠を誓います。そして、生涯を掛けハワード商会の一員として、恥ずべき行動を慎み、研鑽し力を尽くします」
「ナギよ、その宣誓、しかと受け取った。努力せよ。今日の入社はナギのみじゃ。訓練の内容は知っての通りまず海岸走り10km、続いて武術訓練、躁馬車訓練、躁船訓練、教養だ。商人見習い中の者も何人かおるからいろいろと教わりながら課題をこなす様に。では始めよ。もたもたしてると日が暮れるぞ」
俺は、ナギ。12歳。アドニス王国南東の大港街ケルスを拠点に陸海運を展開しているハワード商会への入社の宣誓を行ったところだ。宣誓を認められ、俺の身分はハワード商会の商人見習いとなった。
ハワード商会は5隻の商船と3つの陸上商隊を運用するケルンの街、いやケルンが所属するアドニス王国でも指折りの商会の一つだ。
現商会長はウィリアム・アドニス。45歳。抜け目のない鋭い視線を周囲に振りまく筋骨隆々の大男だが、ふとした瞬間に見せる愛嬌のある眼差しは愛情に満ち溢れている。血は繋がってないが俺の父親だ。
ハワード商会の所属商人にはいくつかの能力が求められている。
一つ。商談をまとめ上げる交渉力、時には交渉破断も辞さない胆力
一つ。商談を行う前の幅広い情報収集力と分析力
一つ。いかなる状況にも対応できる武力と戦う覚悟
一つ。家族愛、仲間を護る同胞愛、愛国心を大切にする
一つ。誠実であること
一つ。ノブレス・オブリージュを遂行せよ
この世界は簡単に血で血を洗う、命を懸けたやり取りが日常的に行われる剣と魔法の世界だ。
商人見習いとなった俺はこれから厳しい訓練の日々を過ごし、一定の力量を得た暁には、晴れて船員として航海に出ることが許される。
人権とか平和とかまるで既得しているような態度を示そうものなら根こそぎ叩き潰されるのがこの世界だ。本当の実力主義の世界なのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は前世の記憶を持っている。おそらく転生したのだろう。
前世では地球という惑星の日本という島国に生を受けていた。合気道道場の一人っ子。母親は俺を生んだ直後に亡くなったと聞いていたので全く記憶なしだ。
合気道の道場を経営する父親に育てられ、小中高と進学させてもらったが貧乏道場故、ゆとりはなく、物心ついたころから家の手伝いは当たり前だった。
炊事洗濯、新聞配達、内職等ありとあらゆる経験をした。合間の時間は合気道の稽古だ。
その甲斐あって、最低限の生活を送る術は身に着いた。合気道も有段者並みだ。二教、三教なら棒でも出来るほどに鍛えてもらった。
身の振る舞いに厳しく、言葉少ない無骨な父親だったが俺を見放すことなく育ててくれた親父が大好きだった。
だが、親父に楽隠居させることはできなかった。高校2年の春に病気で早世してしまった。
それなりの借金も残っていたので高校を中退して働き口を探そうとした時、母親の妹と称する妙齢の女性が俺を引き取ることになった。
母親に妹が居ることも知らなかったが、蜘蛛の糸にも縋りたい俺は道場含めて全財産を処分し、借金を清算して叔母に引き取られた。
叔母は外務省の国際情報統括官の職員だった。
叔母の下では大学受験を強いられ、詰め込み受験でなんとかGMARCHの一角にギリ滑り込んだ。
叔母は世界中を駆け巡っていて多忙で不在がちだ。
バイトでもしてお気楽学生生活を満喫しようかと思ったが、膨大な数の諜報関系の書籍の読破と英語、フランス語、ロシア語、スペイン語の勉強と各地域の歴史、宗教関連の勉強を義務付けられており、素直に課題をこなした俺は、卒業前には諜報組織のエージェント予備軍に仕上がっていた。
国家公務員試験にも無事合格し、気づけば叔母の直属の部下として海外を転々としていた。
そんなある日、表向きは民主的な選挙を行う闇深き独裁国家での任務中に俺は毒殺された。享年30歳、独身。一人の若手外交官の死だった。
友達から聞いていたラノベの知識だと、普通は白い空間とかに連れてこられて、死んだことや、転生の理由や、スキルとか特殊技能を授かって、転生先での使命なんかを聞くはずなんだが、なにもなく、転生させられた。
本当に何の説明も邂逅もなく、ビクトリア様式風の門の様な所に赤子の状態で転生されたんだ。ぽつんと。産着のようなものに包まれてはいるようだ。動くことが出来ないのでジッとしていた。まるで捨て子だ。
「&%$#“!”#$%&‘()(’&%$#“!」
(あれ?なんで赤ちゃんがここに?もぅ、うちは孤児院じゃないんだけどな。しょうがないな)
金髪碧眼の身形の良い女性に抱き上げられ、俺は門の中の建屋に連れていかれた。
(まずい。言葉が全く分からない。しゃべることもできないしこれはハードだな)
俺の転生先(捨てられた場所)は、ハワード商会だった。
初代チャールズ・エドワーズが立ち上げ、一代で大手商会に育て上げたアドニス大陸でも指折りの大商会だ。
30年ほど前のアドニス統一戦争開始直後から現国王派を支え、統一の立役者の一人となったものの、論功である叙爵を固辞し民間の一商会の立場を堅持したのは有名な話だ。
まぁ、統一戦争自体が王族の権力闘争であり、権力闘争より富国を追求するためには爵位は何の役にも立たないから固辞したのだと本人から聞いた時に、俺はハワード商会に拾われて幸運だったと素直に思ったものだ。
貴族ってなんか堅苦しそうだしね。ハワード家で俺は実子のように大切に育てられたのだった。
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