第11話

氷室玲奈の不安が現実のものとなった。翌朝、病院内は騒然とし、いつもの静けさは影を潜めていた。消えた処方箋の影響は瞬く間に広がり、スタッフたちはざわめきと共に不安を抱いていた。


「どうしてこんなことに…」玲奈は自分の机の前で途方に暮れていた。昨夜の出来事が頭を離れず、何度も確認したはずの処方箋がなぜ消えたのか理解できなかった。彼女の心には、再び冷たい恐怖が広がっていた。


その時、病院長の市川雅彦が厳しい表情で部屋に入ってきた。市川は白髪交じりの頭を抱え、深刻な口調で言った。「氷室さん、すぐに三田村・藤田探偵事務所に連絡を取ってください。これは我々だけでは解決できない問題です。」


玲奈はうなずき、すぐに香織と涼介に連絡を入れた。二人は迅速に病院に駆けつけ、市川から詳しい事情を聞くことにした。


「三田村香織と申します。こちらは藤田涼介です。今回の件について、詳しくお聞かせいただけますか?」香織は冷静な表情で質問した。


市川は深いため息をつきながら説明を始めた。「昨夜、氷室さんが管理していた重要な処方箋が何者かに盗まれました。その処方箋には、特定の患者のために処方された強力な薬の情報が含まれており、誤用されれば重大な結果を招く可能性があります。」


「昨夜の出来事について、詳しく聞かせていただけますか?」涼介が続けて尋ねた。


玲奈は震える声で語り始めた。「私は昨夜、遅くまで残業していました。処方箋を確認している最中に、突然一枚が見当たらなくなったんです。周囲を探しましたが見つからず、すぐにセキュリティに連絡を入れました。」


香織は玲奈の言葉に耳を傾けながら、冷静に状況を整理していった。「セキュリティの防犯カメラの映像は確認されましたか?」


市川はうなずき、映像を取り出した。「はい、すでに確認しましたが、特に怪しい動きは映っていませんでした。しかし、何か見落としているかもしれません。」


香織と涼介は防犯カメラの映像を再確認するために、セキュリティルームへと向かった。映像には、玲奈が処方箋を確認している姿が映し出されていたが、その後に特別な動きは見受けられなかった。


「何かが足りない…」涼介は映像をじっと見つめながらつぶやいた。「映像に映っていない何かがあるはずだ。」


香織は防犯カメラの映像を巻き戻し、何度も再生しながら、細かい動きを見逃さないように集中した。その時、彼女の目が一瞬、影のようなものに引き寄せられた。


「ここです。この影、誰かが薬剤部に入ってきた可能性があります。」香織は指をさし、再度映像を確認した。


涼介もその影に注目し、さらに解析を進めた。「この時間帯に誰が出入りしていたのか、全てのスタッフの動きを確認する必要があります。」


香織と涼介は、防犯カメラの映像と病院の出入り記録を照合し、事件の真相に迫ろうとする。玲奈はその様子を見守りながら、自分の無力さを感じていた。しかし、香織と涼介の冷静な対応に少しずつ希望を見出し始めた。


「私たちは必ず真実を突き止めます。氷室さん、安心してください。」香織は優しく声をかけた。


玲奈は感謝の気持ちでいっぱいになり、涙をこらえながらうなずいた。「ありがとうございます。どうか、お願いします。」


病院内の緊張感は高まっていたが、香織と涼介の冷静な調査が進む中で、少しずつ光が見えてきた。彼らの鋭い洞察力と粘り強い努力が、失われた処方箋の真相を明らかにするための鍵となるだろう。

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