第10話

白南風病院の夜はいつも静かだった。昼間の喧騒が嘘のように消え、わずかな機械音と遠くから聞こえる救急車のサイレンが、夜の闇に溶け込んでいた。病院内の蛍光灯が冷たく青白い光を放つ中、薬剤部の一室では氷室玲奈が孤独に仕事を続けていた。


玲奈はその夜、特に疲れていた。朝から途切れることのない処方箋の処理と、緊急の薬品管理の対応に追われ、休む間もなかった。それでも、彼女は職務に対して真摯だった。特に今日の仕事には、重大な責任が伴っていた。彼女の目の前には、厳重に管理されるべき重要な処方箋が並んでいた。


玲奈は深呼吸をし、一枚一枚の処方箋を慎重に確認していた。過去に一度もミスを犯したことのない彼女にとって、完璧な仕事ぶりはプライドでもあった。だが、その夜の疲労感はいつもと違っていた。まるで体が鉛のように重く、瞼が閉じようとするのを必死にこらえた。


その時、ふと異変に気づいた。デスクの上に並んでいたはずの処方箋の一枚が見当たらない。玲奈は急いで周囲を見渡し、他の書類の間に紛れ込んでいないか確認した。しかし、どこにも見当たらない。彼女の心臓は一瞬で冷たくなり、頭の中に不安が広がった。


「こんなはずはない…確かにここに置いたはず…」


玲奈は焦りを隠せなかった。大事な処方箋が何者かに盗まれたのかもしれないという考えが、彼女の頭をよぎった。その処方箋には、特定の患者のために特別に処方された薬の情報が記載されており、誤用されれば危険な結果を招く可能性があった。


彼女は冷静さを取り戻そうと深呼吸をし、病院のセキュリティに連絡を入れた。状況を説明し、すぐに防犯カメラの映像を確認するよう依頼した。病院内での盗難事件は前代未聞であり、玲奈の心は不安と緊張でいっぱいだった。


セキュリティ担当者が到着するまでの間、玲奈は一人で薬剤部を隅々まで捜索した。どこにも見当たらない。彼女は絶望的な気持ちで椅子に座り込み、目を閉じた。脳裏には、これまでの努力と信頼が崩れ去る瞬間が浮かび、涙が滲んだ。


その時、玲奈の携帯電話が鳴り響いた。画面には「三田村・藤田探偵事務所」の名前が表示されていた。彼女は震える手で電話を取り、事情を説明した。香織と涼介に助けを求めるしかなかった。彼らの力を借りて、真実を明らかにしなければならない。


玲奈の心には一筋の希望が灯った。彼女は立ち上がり、決意を新たにした。失われた処方箋の行方を追い、真実を突き止めるために。病院の静かな夜に、彼女の闘志が再び燃え上がった。

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