第2話

翌朝、白南風病院のガラス張りのファサードは、朝陽を受けて再び輝きを放っていた。しかし、その輝きの裏には、見えない影が潜んでいることを香織と涼介は知っていた。二人は早速、病院へと足を運び、調査を開始する。


緊急外来の受付には、昨日の騒動が嘘のように穏やかな雰囲気が戻っていた。しかし、香織の目は周囲の細かな変化を見逃さない。スタッフたちの表情や動きに、どこか緊張感が漂っているのを感じ取る。彼女は深い呼吸をし、冷静さを保ちながら、緊急外来の責任者である羽田隆一医師のオフィスに向かった。


「お忙しいところ、すみません。三田村香織です。昨日の事件についてお話を伺いたいのですが。」香織は静かに言った。


羽田は一瞬ためらったが、香織の鋭い目に圧されるように、彼女をオフィスに招き入れた。涼介も後に続く。


「草野亜沙美さんの件ですね。正直、私たちも驚いています。彼女はアナフィラキシーショックで亡くなったとしか…」羽田の声には戸惑いが混じっていた。


「ですが、彼女の家族はその説明に納得していません。亜沙美さんは普段から健康で、特にアレルギー反応を示すような食べ物は摂取していなかったと聞いています。何か他に心当たりはありませんか?」香織は鋭く問いかけた。


羽田は一瞬視線を逸らし、考え込むように手元の書類を見つめた。涼介はその様子を観察し、彼の心の内を探ろうとする。


「実は…」羽田はため息をつき、重い口を開いた。「彼女が運ばれてきたとき、私はすぐに異常な点に気づきました。彼女の症状は確かにアナフィラキシーショックに似ていましたが、何かが違うと感じました。」


「具体的にどう違うのでしょうか?」涼介が問いかけた。


「脈拍の低下が異常に早く、血圧も急激に落ちました。通常のアレルギー反応では説明がつかない速度でした。」羽田の声には確信があった。


香織と涼介は顔を見合わせた。羽田の証言は重要な手掛かりとなるだろう。彼らはさらに調査を進めるために、亜沙美が最後に訪れたレストラン「ル・ジャルダン」に向かうことにした。


門司港の街を歩きながら、香織と涼介は事件の全貌を思い描いていた。亜沙美が最後に食事をしたという「ル・ジャルダン」は、港のすぐそばに位置する高級フレンチレストランだった。店内は洗練された雰囲気で、窓からは美しい海の景色が広がっている。


「ここで何が起きたのか、きちんと調べる必要がありますね。」香織は静かに言った。


「確かに。まずはシェフと話をして、彼女が何を食べたのか確認しましょう。」涼介が応じた。


二人は店内に入り、フロアマネージャーに事情を説明すると、すぐにシェフの長谷川雅人(はせがわ まさと)が現れた。彼は真面目そうな顔立ちで、料理に対する強い情熱を持っていることが一目で分かった。


「三田村香織です。草野亜沙美さんが最後にここで食事をしたということで、お話を伺いたいのですが。」香織が名乗ると、長谷川は真剣な表情でうなずいた。


「亜沙美さんのことはよく覚えています。彼女はカルパッチョを注文しました。新鮮な魚介類を使った私の自慢の一品です。」長谷川の声には誇りが込められていた。


「カルパッチョに使われた食材は全て新鮮で、安全だと確認できますか?」涼介が尋ねた。


「もちろんです。毎朝市場で厳選した食材を仕入れています。」長谷川は即答した。


香織は長谷川の目をじっと見つめた。彼の言葉には嘘がないように思えたが、何かがまだ引っかかっていた。彼女は直感を信じ、さらに質問を重ねた。


「亜沙美さんが食事をした際、何か特別なリクエストや異変はありませんでしたか?」


長谷川は一瞬考え込み、そしてゆっくりと話し始めた。「実は、彼女は食事の途中で少し体調が悪そうに見えました。でも、彼女は大丈夫だと言って、そのまま食事を続けました。」


香織と涼介は顔を見合わせた。この小さな手掛かりが、事件の核心に近づくための鍵となるかもしれない。彼らはさらに調査を進めるため、亜沙美が当日誰と一緒に食事をしていたのか、他の目撃者がいないかを確認することにした。


「長谷川さん、もう一つお伺いします。当日の夜、亜沙美さんと一緒に食事をしていた方をご存知ですか?」涼介が尋ねた。


「ええ、確かに。彼女は一人で来店しましたが、途中で友人らしき男性が合流しました。名前は…桜井翔太さんだったと思います。」長谷川は思い出しながら答えた。


「桜井翔太…」香織はその名前を繰り返しながら、心の中で新たな疑問が浮かび上がった。「その男性について、何か気になる点はありましたか?」


長谷川は首を振った。「特にありませんでした。ただ、彼も少し緊張しているように見えましたね。」


香織と涼介は、桜井翔太という新たな登場人物に関心を寄せた。亜沙美の死に関する手掛かりを得るために、彼に会うことが次のステップだと直感した。


二人はレストランを後にし、桜井翔太の居場所を探し始めた。調査の中で明らかになる真実が、事件の全貌を明らかにする鍵となることを信じて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る