あしたのために(その34)なんか教室がおかしい

 青山ミキオは教室にいるのが居心地悪く感じ始めていた。

 休み時間、一部の生徒たちが時間を惜しんで筋トレをし、腕を振り回してヲタ芸の技を身体に叩きこもうとしている。

『イチ高ウザい教師ランキング』で、ぶっちぎりすぎて殿堂入り、我らが担任の西河による基礎トレーニングメニューを、みんながせっせとこなしている。朝礼と終礼で、その日のメニューが発表される始末だ。

 体育の授業終わりにも、入念にストレッチをこなし、昼休みにはまずそうにサラダチキンを飲みこんでいる。うまいプロテインの味をシェアしている。なぜに?

 しかも赤木とか津川とか、運動部の連中も一緒だ。なぜに?

 あとなぜか川地は岡田の演劇部の練習にまで出ている。『ロミオとジュリエット』のジュリエット役をするつもりらしい。キモ。

 昨日なんて美術部の長門レンが描いているエロ漫画のために、細かくダメ出しされながら半裸になって高橋と三橋がポーズモデルをしていた。川地が甲洋の生徒に振られてから、クラスが変だ。

「ハヤマン、どう思うよ」

 葉山ヒロムは青山の後ろの席で『火の鳥』を読んでいた。図書館に置いてある漫画は手塚治虫全集と『はだしのゲン』しかない。図書館の貸し出し本のなかでは大人気である。

「そんなことよりさ〜、アオたん」

 漫画本を閉じ、葉山が悲壮な面持ちを浮かべた。

「なんだよ」

「今日体育が水泳なのが嬉しすぎて、水着履いてきたらパンツ忘れちゃった〜」

 葉山は情けない表情を浮かべた。

「何億回やったらしなくなるんだよ」

 青山は呆れた。同じ水泳部員だし、いいやつなのは確かだが、どうも抜けている。というか、プール大好きな葉山にとって、水着が下着みたいなものだ。身体測定のときもあとで部活があるからと、競泳水着を履いていたし。とにかくプールに入るのが楽しくて仕方がないらしい。

「俺のでよかったら、貸そうか?」

 川地がすかさず話に入ってきて、二人に話しかけた。

「川地キモ」

 青山が手で払おうとすると、

「え、いいの〜?」

 葉山が目を輝かせた。

「お前も借りるのかよ」

「だってノーパンなのなんか具合が悪いんだよ〜」

「ちょっと待ってて、脱ぐから」

 川地がベルトを外すのを青山は止め、葉山は残念がった。

「ヲタ芸勧誘必死すぎだろ」

 とにかくなんだか日々うちのクラス、おかしなことになっている。


 放課後、文芸部室では、新たに参加が決まったメンバーの紹介となった。

「というわけで、オカどんとナガトゥーも参加することが決まりました〜!」

 川地は大袈裟に拍手した。

「おい待て。文化祭の公演にお前ら出るんだぞ。大会終わってバックれんなよ。契約書を書け、この世は証拠社会だからな」

 岡田が仏頂面で言った。いまでは川地にジュリエットをやらすことを後悔していた。望まぬ女性役を恥ずかしがるくらいで色気も出てちょうどいいっていうのに、読み合わせを堂々としやがる。狙いが外れてしまった。

「俺も。卒業するまで、必要なときモデルになってもらうからな」

 長門はスケッチブックを開いた。下手くそな絡みのポーズが描かれている。「それと、デッサン練習のためにお前らにはマッチョになってもらう」と男たちの身体をベタベタ触り、一人一人に必要な筋肉の部位を挙げていった。

「もちろんでございます! いくらでもサインしますし、ぼくら恥ずかしい体位しまくりますよ。ナガトゥーのプロデュースによるボディメイクで全員いい身体になって、大学に入ったら筋トレインスタグラマーになってやろうぜ!」

 川地は手をこすりながらへりくだっている。その姿を全員、呆れて眺めた。

「他人のインスタなんてどうでもいい。俺は絵がうまくなりゃそれでいい」

 長門は鼻を鳴らした。

「あと軽音の四人も近日中に入るし、我が軍も精鋭が揃ってきたなあ」

「そこはなにも決まってないよ」

 一度冷静になれ、と沢本が訂正した。

「大丈夫、俺たちには先人の教えがある」

 川地はリュックサックを叩いた。中に入っている『チャート式青春』のことを言っているらしい。

 そのとき、ドアがひらき、クラスメートの浜田マサミチが悲壮な面持ちで入ってきた。

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