アオハル! 踊れ文芸部〜男子校、カネも彼女もなかりけり〜
キタハラ
第一章
あしたのために(その1)文化祭でやらかせ
みんな欠伸をしていた。
文化祭となれば学生たちは普通、日頃の騒ぎ以上に盛り上がろうとする。だがこの私立一高等学校という男子校の文化祭に、まったく華やかな雰囲気はなかった。
おまつりなんだから、もう少しなんとかしろよ、と来場者は校門をくぐった途端に物足りなく感じ、迎える学生は、これでも精一杯なんですよ、といじけた笑いを浮かべた。ひらかれた日のはずなのに、期待はずれと情けなさで学校全体の空気が重苦しく澱んでいた。これ、なんのためにやってんだ、と誰もが思った。
「なんか、つまんない」
お世辞を学んでいない子供に率直なコメントで煽られても、学生はうなだれるよりなかった。
なにせ学校側が、飲食を販売するな、アトラクションのようなものは事故を起こす可能性があるので控えよ、近隣の迷惑になるような騒音行為を起こすな、ごたごた無駄に飾り立てるな、と娯楽要素をほぼ禁じていた。どこの教室を覗いても、展示に気合いが感じられない。
高校受験を控え、下見にやってきた近所の中学生は、「やっぱり噂通りだ。絶対にイチ高になんて通うことにならないよう、勉強しなくっちゃ」と胸に誓って帰っていく。その決意は、在校生たちも数年前に抱いたものだった。
まだ文化祭らしい頑張りを見せているのが、講堂で行われている文化部の発表だった。ちょうど一番の目玉である演劇部の公演が終わろうとしていた。学校に女子は一人もいないので、冒頭かつらを被った半端な女装姿の生徒が登場したときにはひと笑いも起きた。しかし棒読み気味の長台詞や、うまくもない会話のキャッチボールは、観客の眠気を誘った。やっと終わってくれたと、首を回す者もいた。
次の演目が始まる間に退散しようと、観客が立ちかけたときだ。
「ちょっと待ってくださいっ!」
司会進行のアナウンスを無視して、学ジャー姿の生徒が三人、舞台袖から飛びだしてきた。
「五分だけ、観ていってください!」
声の主は三人組のまんなかにいた生徒だ。
そこまで言うのなら、と再び腰をおろす気のいい客もいた。パンフレットを見ると、次の演目は『文芸部による朗読。太宰治の「駆け込み訴え」他』とある。やっぱりさっさと出て行けばよかった、と客は少し後悔した。村芝居の次は下手くそな朗読か。そんなもの楽しいはずがない。
それにしても、舞台に立っている三人の風貌は、文芸部というより、運動部にいそうだ。妙に思い詰めていて、これから小説を読む、という雰囲気でない。そもそも、彼らはこれから読むべき本を携えていない。
三人がポケットに両手をつっこみ、棒を取りだした。戦隊ヒーローにでもなったつもりなのか、格好つけた決めポーズをしだした。
「始めます!」
そう宣言して起こった異常事態に、会場がざわめいた。
アニソンが大音量でかかったのだ。春にヒットした、誰もが一度は聴いたことのある曲だった。
三人の手先が光った。彼らが持っているのはペンライトだった。中心にいた生徒が、天井に向かって、自分の存在を示すように、右腕を掲げた。いったいこれのどこが、太宰治の朗読なのか。両脇の生徒たちもペンライトを振り始めた。
曲に呼ばれ、いったいなにが起きたのかと講堂に人が集まってくる。
観客は舞台上のパフォーマンスを、口をぽかんとあけて眺めることしかできなかった。
はじめ不揃いだった動きが次第に揃いだした。いつのまにかペンライトに意思があり円を描いているかに見えた。そのまま得体の知れないほうへと飛んでしまわないよう、三人はなんとか離さないでいる。そんなありえない錯覚を起こしそうになるほどさまざまに動いていく。彼らは歯を食いしばっていて、大股で、腕を遠くまで伸ばしている。遠目からでも真剣そのものであることが伝わってくる。舞台から発する気迫に観客は頬を叩かれた。集中して観ていると、まるで静電気が走ったような痺れを感じる者もいた。
派手なパフォーマンスは、音楽と共に、場内を興奮状態へ追い立てていった。観客は繰りだされる技の数々がどんなものなのかわかってはいない。しかし、足を踏ん張り全身で大きく振り切っていく三人、矢継ぎ早に変わっていく光の動きに、心を奪われた。
綺麗だ。
みんな、自分がいま見ているものを、どう解釈すればいいのかわからなかった。なにをしているのか、いちおうわかる。ペンライトを振り回す、オタクがライブ会場でやっているやつ。ほとんどの人が、そのくらいの見識しかない。はなから相手にしない、やっているやつの気が知れない行為のはずなのに、彼らのサイリウム・ダンスを見ているうちに戸惑いを乗り越え、妙な感動が芽生えだし、自分が揺さぶられてくる!
真剣な人間がなにかを表現をしようとしている姿を、からかう者はいなかった。
あっという間に曲は終わった。
踊り終えて、息を切らしている三人が、なにを言いだすのか、観客は注目した。
「ありがとうございました!」
深くお辞儀をすると、大きな拍手が起こった。その音を浴びて、三人はやっと、表情を和らげた。
「ぼくら、文芸部は、来年、高校生パフォーマンスフェスティバルに出場します!」
中心のリーダーらしき生徒が緊張しながらも、力強く宣言した。口にした以上後戻りなんてしない、そんな真剣な表情を浮かべた。
「でもまだ応募しただけで、本戦の野外ステージで踊れるかは未定なんですけど!」
横にいた色白の生徒がマイクに口を近づけて付け加えた。
「絶対優勝するんで」
もう一人の色黒で一番背の高い生徒がマイクを使わずに怒鳴った。
「理事長、いますか? いませんか?」
真ん中の生徒が叫んだ。観客たちもあたりを見回した。
客席の真ん中に座っていた老婦人がゆっくりと、優雅に立ち上がった。観客の不躾な視線になど、びくともしない。
「理事長、見ていてください。絶対に優勝して、この学校の名前を日本どころか、世界中に知らしめますんで!」
客席からの歓声が最高潮となった。この珍事に思考停止となっていた教師たちが、やっと我に帰った。「静かにしろ!」「文芸部! なにをやっているんだ!」と怒鳴りつけた。
「およしなさい」
老嬢が止めた。腹を押さえて、顔を伏せると、肩を震わせた。
「え、大丈夫、ですか?」
さっきまで威勢が良かったというのに、舞台にいた学生は、自分たちがショックを与えたのではないかと心配して声をかけた。
「マイクをちょうだい」
どうやらおかしくてたまらなかったらしい。教師が持ってきたマイクを受け取り、理事長は壇上の三人に向かってしゃべりだした。
「なかなかユーモラスな『駆け込み訴え』ね。わたしが若い頃に読んだものとは随分違うみたい。帰ってから読み直してみます」
はじめは笑っていたのに、次第に顔が険しくなっていく。「まだ、あの約束を覚えていてくれたこと、気に入りましたよ。あなたたちがそんな軽薄な踊りでどうやって有名になれるのか、楽しみにしています。以上」
マイクのスイッチをオフにして、理事長は座った。
「えーと」
先ほどの勢いを失ったステージの三人は、このサプライズのパフォーマンスをどう締めようかまでは考えていなかったらしい。
「……次は、落語研究会です!」
真ん中の生徒の代わりに色白の生徒が言った。
「じゃ、退散ってことで」
色黒のほうが締めると、三人は逃げるようにステージの袖にひっこんでいった。
「川地! 沢本! 小林!」
教師の一人が、生徒たちの名前を叫びながら、壇上に上がって、後を追いかけていった。
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