アオハル! 踊れ文芸部〜男子校、カネも彼女もなかりけり〜

キタハラ

第一章

あしたのために(その1)文化祭

 みんな欠伸をしていた。

 どんな高校でも、文化祭となれば日頃の騒ぎ以上に盛り上がろうとするものだ。だがこの私立一高等学校という男子校には、まったくやる気が感じられなかった。来校可能なのが父兄のみで、出会いなんてないからだろうか。来場者を歓迎する気もなさそうだ。

 まだ頑張りを見せているのは、講堂で行われている文化部の発表だった。ちょうど一番の目玉である演劇部の公演が終わろうとしていた。学校に女子は一人もいないので、かつらを被って半端な女装をしている生徒の登場にひと笑いも起きた。しかし棒読み気味の長台詞や、うまく投げ合えていないセリフのキャッチボールは、観客の眠気を誘った。目を瞑っていて、気がついたら終わっていたと、首を回している者もいた。

 次の演目が始まる間に退散しようと、観客が立ち上がりだしたときだ。

「ちょっと待ってくださいっ!」

 司会進行のアナウンスを無視して、学ジャー姿の生徒が三人、舞台袖から飛びだしてきた。

「五分だけ、観ていってください!」

 声の主は三人組のまんなかにいた生徒だ。

 そこまで言うのなら、と席に腰をおろす客もいた。パンフレットを見ると、次の演目は『文芸部による朗読。太宰治の「駆け込み訴え」他』とあった。退屈そうな演目だった。下手くそな朗読など、楽しいものでもない。

 それにしても、舞台に立っている三人に、文芸部というイメージではなかった。どちらかといえば、三人とも運動をしている風貌だった。思い詰めた表情をしていて、これから小説を読む、という雰囲気はない。そもそも、彼らが携えているのは、これから読むべき本ではなかった。

「始めます!」

 そう宣言してすぐに、会場は異常事態にざわついた。

 アニソンが大音量でかかったのだ。春にヒットした、誰もが一度は聴いたことのある曲だった。そして、彼らの持っていたスティックが、強く光りだした。

 ステージで中心にいた生徒が、天井に向かってペンライトを掲げた。いったいこれのどこが、太宰治の朗読なのか。両脇の生徒たちも両手にペンライトを持ち、踊り始めた。

 曲に呼ばれ、いったいなにが起きたのかと講堂を覗きこむ者たちも集まってきた。

 観客は彼らのパフォーマンスを、口をぽかんとあけて眺めることしかできなかった。

 次第に、ペンライトは意志のあるように飛び回り、光が自ら踊っているように見えた。そのまま得体の知れないほうへと飛んでしまわないよう、三人はなんとか離さないでいる。そんなありえない錯覚をしてしまうほどだ。遠目からでもわかるくらいに、彼らの表情は真剣そのものであることが伝わってくる。彼らの気迫が観客の頬を叩いた。集中して観ていると、まるで静電気が走ったような痺れを起こす。

 派手なパフォーマンスは、音楽も相まって、興奮状態へ追い立てた。観客は繰りだされる技の数々がどんなものなのかわかってはいない。しかし、足を踏ん張り全身で大きく振り切る三人、矢継ぎ早に動きを変えていく光に、衝撃を受けていた。

 観客たちは、自分がいま見ているものを、どう解釈したらいいのかわからなかった。これがなんなのか、いちおうわかる。ペンライトを振り回す、オタクがやっているやつ。そのくらいの見識しかない。はなから相手にしない、やっているやつの気が知れない、馬鹿らしい行為のはずなのに、彼らのダンスを見ているうちに戸惑いを超え、妙な感動が芽生え、自分が揺さぶられている!

 本気の人間が表現をしようとしている姿を、からかう者は誰一人としていなかった。

 あっという間に曲は終わった。

 踊り終えて、息を切らしている三人が、なにを言いだすのか、観客は注目した。

「ありがとうございました!」

 深くお辞儀をすると、会場から拍手が起こった。その音を浴びて、三人はやっと、表情を和らげた。

「ぼくら、文芸部は、来年、高校生パフォーマンスフェスティバルに出場します!」

 中心のリーダーらしき生徒が緊張しながらも、力強く宣言した。言い終えてから、覚悟を決めた、そんな厳しい表情を浮かべた。

「でもまだ応募しただけで、本戦の野外ステージで踊れるかは未定なんですけど!」

 横にいた色白の生徒がマイクに口を近づけて付け加えた。

「絶対優勝するんで」

 もう一人の色黒で一番背の高い生徒がマイクを使わずに怒鳴った。

「理事長、いますか? いませんか?」

 真ん中の生徒が言った。観客たちもあたりを見回した。

 客席の真ん中に座っていた老婦人がゆっくりと、優雅に立ち上がった。観客の視線になど、びくともしない。

「理事長、見ていてください。絶対に、優勝して、この学校の名前を日本どころか、世界中に知らしめますんで!」

 客席にいた学生たちからの歓声は最高潮となった。この珍事に思考停止となっていた教師たちが、やっと我に帰った。「静かにしろ!」「文芸部! なにをやっているんだ!」と怒鳴りつけた。一人の教師が壇上に駆け上がろうとしたとき、

「およしなさい」

 老嬢が止めた。腹を押さえて、顔を伏せると、肩を震わせた。

「え、大丈夫、ですか?」

 さっきまで威勢が良かったというのに、舞台にいた学生は、自分たちがショックを与えたのではないかと心配になり声をかけた。

「マイクをちょうだい」

 どうやらおかしくてたまらなかったらしい。教師が持ってきたマイクを受け取り、理事長は壇上の三人に向かってしゃべりだした。

「なかなかユーモラスな『駆け込み訴え』ね。わたしが若い頃に読んだものとは随分違うみたい。帰ってから読み直してみます」

 はじめは笑っていたのに、次第に顔が険しくなっていく。「まだ、あの約束を覚えていてくれたこと、気に入りましたよ。あなたたちがそんな軽薄な踊りでどうやって有名になれるのか、楽しみにしています。以上」

 マイクのスイッチをオフにして、理事長は座った。

「えーと」

 先ほどの勢いを失ったステージの三人は、このサプライズのパフォーマンスをどう締めようかまで、考えていなかったらしい。

「……次は、落語研究会です!」

 真ん中の生徒の代わりに色白の生徒が言った。

「じゃ、退散ってことで」

 色黒のほうがいい、三人は逃げるようにステージの袖にひっこんでいった。

「川地! 沢本! 小林!」

 教師の一人が、生徒たちの名前を叫びながら、壇上に上がって、後を追いかけていった。

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