あしたのために(その7)ノリで告っちゃえよ
川地は帰り道、三軒茶屋の書店で立ち読みするのを日課にしていた。どんな小説もドラマティックだ。そこにはさまざまな物語の流れがある。しかし、自分の世界には、ドラマと呼べるようなものはなかった。流れが滞っているように感じていた。
隣で沢本がムック本を広げていた。
「神社とかお寺とか行ってもオーラとかエネルギー、全然感じたことないんだけど、ほんとにそんなパワーあんのかなあ」
「なんで急にそんなことを言いだすんだよ」
「大学に行けるように一番効果ありそうなとこ探してる」
「神さまに頼まなくったって推薦で行けるだろ」
「幽霊とか、一生に一度は見てみたいもんだねえ」
「見たかねえよ」
「カワちん、推薦使わないとかないよね」
沢本が急に神妙な顔を向けた。
「わからん」
ほんとうに、わからない。未来をイメージすることができない。
「受験勉強なんてタルいしさ、適当な大学、一緒に行こうよ。でさ、また四年一緒に遊ぼうよ」
川地は文庫を勢いよく閉じた。
「バイトでもしてみようかな」
川地はレジのほうを見た。顔馴染みの店員が、つまらなさそうに立っていた。この本屋だったら働けるかもしれない。わりと暇っぽいし。
「カワちんがここでバイトしたら、ぼく毎日通うんだけどなあ。ていうか一緒に働こうかな」
店を出てから沢本が言った。
バイトは禁止だし、妄想に過ぎなかったけれど、なんにでも乗っかろうとする沢本がうとましくなった。
「カワちん、あのコいるよ」
沢本が遠くを指差した。
信号のほうで、甲洋女子の制服を着た女の子が立っていた。人混みでもすぐにわかった。
「ぼーっと見ておりますなあ」
隣で沢本が囃すのも気にならなかった。
信号が青になり、女の子はそのまま歩いていってしまった。
「ラッキーだったね、いつもは朝の世田谷線でしか会わなかったのに」
「いらんこと言うな」
女の子が信号を渡ると、背の高いスポーツマン風の男が走ってきた。そして二人は並んで歩いていった。
川地は二人の背中を見送るだけだった。
「あの制服、ハナ高じゃん。あいつもしかして、宝田?」
沢本が目を細めた。
「誰それ」
「ネットで有名なチャラ男」
「そっか」
みんな楽しそうだ。川地は下を向いた。
「試しにあのコに告白すればいいじゃん」
沢本が名案を思いついたみたいに言った。絶対できないだろうと、たかをくくっているのだ。
「なんでだよ!」
「小学生男子みたいに慌てないでよ。いいじゃん、ノリで。連絡先交換してさ」
「ラインないし、そもそもスマホ持ってないし」
言えば言うほど、名前も知らない彼女に好意を抱いているのがばればれだった。
「昔の人って携帯電話なしで待ち合わせしてたんだよね。どうやって人と会ってたんだろ。超能力でも使えてたのかな」
「俺たちのほうが魔法使いだと思うだろうな、板一枚でなんでもやっちゃって」
「だったら、スマホのないぼくらは、魔法を使えない愚かなマグルだね。でも」
「なんだよ」
「カワちんはスマホを持ってない、イチ高に通ってるバカだから女の子に見向きもしてもらえない、とか思ってない?」
たまにこいつは鋭いことをぬかす。
沢本が、「あっ」と口をあけた。なにか閃いたらしい。どうせしょうもないことに決まっている。
「あれ読めば、部室の棚にあった、変なバインダー」
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