黄昏を駆ける馬車

ロマンチックな星月夜をどう過ごすかは

ふたりの恋人たちの心次第

少女を泣かせた悪い王子さまのもとに

しあわせな展開は待っているのか

そして、次の展開は

西の国から離れて

スキャンダラスな舞台のクラーク王国へ移る



貴族のお屋敷に住まう令嬢のひとりが

投函とうかんされていた記事を手に

いそいそと花に水やりをしている娘に

声をかけた


「シンデレラ、この記事見てよ」


「なによ、あたし忙しいんだから

あとにしてくれない?」


花壇の花に水やりをさせられている

シンデレラと呼ばれた少女は

ホースの蛇口を高くあげ

シャワーのように降り注がせ

太陽の光で輝かせた

どうやら彼女は周りを笑顔にさせる

ポジティブマインドの持ち主のようだ

華美な服装を好む意地悪なふたりの姉たちにも

シャワーを降り注がせては叱られた


だが、その記事を目にした彼女は

笑顔になれなかった


「ちょっと、やだ

なによこれ」


「残念だったわね

王子さま、あんたのタイプっぽかったのに」


「負け犬の王子さまがふられて

豚になったのね」


ふたり揃ってせせら笑う意地悪な姉たちに

シンデレラは得意げに言い返した


「なによ、今だって王子さまは

あんたたちよりかわいい顔してると思うわよ」


すると、姉たちは化粧を塗りたくった顔を

むっとさせた


「なんですって!?」


「ずっと嫉妬してたんだね

だから毎日あたしは

召使いのコスプレをさせられて

家事をしてると

…なんだか歌をうたいたくなるの」


「おばか!」


脳天気なシンデレラのブロンドの頭に

姉のおうぎが炸裂した


「そうよ、ばかばか!

舞踏会はチャンスだったのに」


かわいそうなシンデレラはふたりの姉たちの

扇で

ペシペシとその場で叩かれてしまった


すると、ひとりの姉がこちらへ向かって移動している馬車に気づいたようだ


「お母さまのお帰りみたいね」


「思ってたより早いわね

きっと良くない知らせを届けにきたのよ」


3人の娘たちは目配せし合うと

モードをオフからオンに直ちに切り替える

とてもじゃないが、身内に対する態度とは思えない待遇だった


「あらあら、みんなお揃いで

…お出迎えかしら」


馬車から姿を現した継母は

絵本によくあるステレオタイプの

悪役令嬢の王妃から

だいたい外してない出で立ちをしていたが

なんと彼女は夫に先立たれた未亡人であった


「お母さま、今日の記事

ご覧になられたのでしょう?」


「王子さまがひと晩で激太りしただけで

ご婦人方が大騒ぎするなんて

他の国に比べて平和よね

若い殿方もこれには面食らったそうよ」


思っていたより大した情報は得られなかった

ジェレミー王子は記事の売り上げと

新聞記者たちの日ごろからの働きぶりに

貢献した


「でもあたしこんな記事

でっちあげだと思うんだけど」


「どうしてそう思うの?」


継母が腰に手をやり

記事を広げて両手に持つシンデレラに質問した


「だってあの王子さまが

国のみんなに笑い者にされるような記事

発行させないと思うもの」


すると、継母はシンデレラにゆっくりと近寄り 

彼女の顎に手をかけた


「あらあら

まるで王子さまを知ってるみたいな口ぶりね

舞踏会にいってはいけないっていう

わたしからの言いつけ

守らなかったのかしら

…いけないこね」


「いや、離して」


「ねえ、あれ見て

また馬車だわ」


またも姉のひとりが前方に指を向けて

隣の姉のもう片方に肩を寄せて告げた


「なんなのよ

そんな何回もこんなところまで馬車なんて

こないでしょ」


だが、馬車は確かにこちらへゆっくりとした速度で

屋敷の方へ歩んできていた


「うそ…あの馬車

なんだかこっち向かってきてない?」


馬車を走らせる御者に首はついているのだが

馬車は方向転換して

屋敷へ向かう道筋を選んでスタートさせた


それを目の当たりにしたふたりの姉たちは

同じタイミングで

表情をホラーさながらに

甲高い叫び声をあげて

屋敷の中へ一心不乱に退散した


継母はというとシンデレラのか細い腕を握りしめたあと

彼女を屋敷の中へは入れずに

玄関のドアを閉めた

カチャリという鍵をかけられた音を耳にしたとき

ドアの外にいたシンデレラの心は凍りついた


玄関のドアを背に振り返り

高鳴る心臓の音と表情が青ざめるシンデレラは

迫りくる王子が乗っているであろう

馬車を目の前に

今度は逃げようとはしなかった


自ら消えたプリンセスを探しに迎えにきた

待ってもいない馬車に乗った王子さま


彼女は彼に応対する覚悟を決める

王子に対するひとつの謎をとくために

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る