B級紳士のぼく
街の服屋に立ち寄って新調した
キャスケット帽をかぶったジェレミーは
街中のどこでも見かけられそうな少年と
変わらない変装をして
喫茶店のドアを開けた
王子であった身分は
民衆には隠しておいた方が
混乱を招かずにすむだろう
「いらっしゃいませ」
店内で客である自分が料理をもてなされる
初めての場所
カウンターに座ったジェレミーは
初めて目にするメニューにわくわくした
「オニオングラタンスープ
セットでください」
自身の好物を注文し
試食することに成功したジェレミーは
喫茶店のカウンターの向かい側にいる店主から国の情報を聞き出そうと試みた
「ねえ、おじさんは
この国の王子さまのこと
知ってるんですよね?」
「ああ、例の舞踏会のあとに
ぽっちゃりした王子さまか
あの記事を読んでからというもの
うちの嫁さんは本物の王子さまは
死んでしまったとかいって嘆いてるよ」
「…悪いことしたね、王子さま」
声のトーンを落とすジェレミーは
記事の内容を信じていないひともいたのだと
知ったことと同時に
ここにきてまだ自分に生きていてほしいと
願っているひとは存在していたのだと痛感した
気さくな店主の発言に裏はない
すると、喫茶店の外で馬車が通りかかったようだが
なにやら様子がおかしい
「離してよ」
「ばか、こんな町中で声出すなよ」
「誰か助けてぇ!」
「こ、この声は…」
忘れもしないあのガラスの靴の持ち主を連想する馬車の中から聞こえる少女の声
今外に出たらもう一度あの少女と
再び会えるかもしれない
だが、彼女はどうやら
現在囚われの身のようで
助けを求めているようだ
このような場面ではロマンチックな再会は
期待できそうにないが…
「みなさーん、この王子さま
偽者よー!」
「静かにしろ!
ここまで連れてきたんだ
逃がさねえよ」
馬車内から聞こえてくるのは
服装ひとつ乱れされていなさそうな
少女からの余裕のアナウンス
急いで会計をすませたジェレミーが店を出ると
十字路の角で停車した馬車の中から
思い切りドアをこじあけて
ついにミクチェルは逃げ出した
「逃げたぞ」
だが、勢い余って路地上で転んでしまった
「おい、見えたぞ」
ローガンの冷めた言葉にミクチェルは
はっとしてスカートを押さえて起き上がり
もう見られたあとでいわれたことに対して
歯を食いしばって悔しがり
拳を地面に叩きつけた
「ああん!
もうやだぁ!」
ジェレミーは羞恥と自己嫌悪で
その場に座り込んでしまったミクチェルの元へ
近付いていき
がっくりと頭を垂れる彼女のまえで
足を止めた
「あっちいってよ」
「ごめんね、ほっとけなくて」
しばらく立てる気がしなかったミクチェルに
見知らぬ少年から差し伸べられた手
あの日あの舞踏会での出来事のように
ミクチェルの手は自然と重ね合わせていた
ジェレミーの手を取り
ミクチェルが立ち上がった瞬間
町娘のような格好をしているその少女こそ
舞踏会でダンスを踊った
未来の花嫁候補の淑女であることに
ジェレミーは気付いた
見間違いようのない美貌はそのままに
自分を見返していたが
彼自身はクラーク王国の王子ではなく
今は誰というわけでもない町の少年でしかない
目の前にいる舞踏会の
ダンスのパートナーだったミクチェルを
今ここで出逢ったばかりの
ひとりの淑女として扱った
「大丈夫だよ
君はあの王子さまと結婚したりしない」
「え、それって…」
立ち上がらせるさいにそう耳打ちした少年は
からっとした笑顔で
ミクチェルにこう伝えた
「ぼくを信じて」
こんな形で遭遇してしまうとは
思いにもよらなかった
それ故にミクチェルと
その場で逃げることはできなかった
彼女はあの馬車でクラーク城へ王子と戻り
結婚式の準備を始めるのだろう
囚われの少女は変装した自身を
あの日ともに踊った王子だと
気付いたのだろうか
ジェレミーの足は路地を駆けていき
見知らぬ親子連れとすれ違ったところで
帽子が落ちた
それを拾うジェレミーは
ひとつの答えを割り出した
「どうしてなんだよ…
今のぼくに…
王子なんて名乗る資格ないのに…」
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