天秤にかけた挑戦と真実
「お待ちください
この屋敷にはどのようなご用件で?」
屋敷の庭園のまえで馬車が停車した
そこから地へ降りて下へ向けられていた目線を彼女と合わせる王子は記事で見たとおりの
外観をしていた
「…よう」
ミクチェルは思わず後ずさる
危機的状況による彼女の第六感が
警鐘を鳴らしたのだ
顔立ちは以前出逢ったころより丸みを帯びたが
ジェレミーとは異なる魂が
意思の強い瞳に宿っていた
王子は差し出した指先を
すっとL字型に型どると
威勢よく彼女の目を見て問いかけた
「いろいろききたいことがあるだろうけど
ひとまずこっちの言い分に従ってもらうぞ
ガラスの靴を2足所持してるときく
若いブロンドの美しい娘が
この屋敷にいるかいないか
それだけ教えてくれ」
「あなた誰?」
話し方からしてまったく
記憶違いの王子がそこにいるので
ミクチェルはとっさに幼子のように
きいてしまった
「記事を読んでいないのか?」
速攻で返された彼女は言葉を失い
王子を見返していたぱっちりと開かれた瞳は
みるみるうちに潤んでいく
「…まあおれがジェレミーだって
信じられないのはわかるぜ
けどさ、きらきら眩しい宝石箱を
いつまでも見ててもつまらねえだろ
本当の宝物は自分で見つけ出すから
価値があるんだよ」
なぜか機転をきかされたミクチェルは
はっとして自身の正体がバレないよう
目的意識を取り戻した
「え、あたしあなたの目の保養に
ならなかった?
ちょっと残念だな
あたしあのときすごくきれいに
変身させてもらったのに…」
「どこかで会ったか?」
初対面であるはずの相手は小首を傾げ
ミクチェルはしまったと思い
訂正して事なきを得ようとする
「い、いえ…ただの召使いの夢ですよ
はっ!
わたしったら王子さまに
なんて失礼なことを!」
コミカルに飽きないリアクションを取る
ミクチェルを代理王子は
しばらく静観していたが
視線を移して
屋敷を見渡していた彼が
二階の窓へ目を向けて
足を進め始めた
「ちょ、ちょっと待って」
慌てたミクチェルが後を追う
早く追いかけないとガラスの靴が
王子の手に渡ってしまう…!
代理王子が玄関のまえまでたどり着き
呼び鈴を鳴らそうとした手を止めたとたん
すぐ隣にまで追い付いたミクチェルへ
顔を向けてしたり顔で
視線を合わせて訊いた
「なあ、夢見る召使いさん
ガラスの靴はクラーク王国の旅の商人ですら
値段がわからないいわば非売品だぜ
あんたあれどこで手に入れたと思う?」
玄関のドアをまえにして問われた
挑戦的な難題
魔法使いから授かった魔法の品の入手経路は
ミクチェルも知る由もない
こうして王子と出逢ったころとは
お互いを偽った姿で再会してしまったのも
また事実
無駄な足掻きでしかない駆け引きは
ここで終わらせることにしよう
そう決断した彼女の髪を微風が
ミクチェルは
はっきりと返事をした
「…それは答えるわけにはいきません
王子さま
あなたが本物のジェレミー王子を
わたしと会わせてくれるまでは」
「そうか」
王子の横顔に微かに笑みが刻まれたのを
彼女は見逃さなかった
「きゃああ
王子さまが中へ入ってきたわ!」
「お探しのガラスの靴の持ち主なら
その召使いの巨乳娘で合ってるわよ!」
「ようし、挑戦か真実
あの女に選ばせてやる」
玄関から中へ入室した王子は腕を組み
隙を見て二階の部屋への階段を駆け上がる
ミクチェルを視界の端に
談話室にある大きな振り子時計のカチコチと
左右に規則正しく揺れ動く
振り子を眺めていた
「ガラスの靴、2足
ただいまお持ちいたしましたー!」
しばらくして、ミクチェルが部屋の奥から台に乗せた2足のガラスの靴を王子へ
元気よく献上した
「おう、証拠品だな」
「お探しの品は以上で
よろしかったでしょうか
では、あたし仕事に戻りますので」
「待て」
てきぱきと仕事をこなしたミクチェルは
屋根裏部屋まで戻ろうと背を向けたが
王子から呼び止められた
「おれが欲しいのは靴じゃない
あんただ」
「えっ…あたし?」
すると、隣の談話室から姉たちの笑い声が
漏れてきたのが聞こえてきた
今の王子が舞踏会での王子と
同一人物だと思うと姉たちにとっては
あまりのキャラのギャップに
笑いがこみ上げてきたらしい
「なんだこの反応
顔晒した方がおもしろいのか」
長らく道化役者だった王子は
姉たちの反応に首を傾けて
顎に手をかけた
「ね、ねえ王子さま
失恋したからって二重人格に体型は
関係ないわよね?」
「先に返事しろよ
なんのために遠路はるばる
馬車でここまで
やってきたと思ってんだ
舞踏会は結婚相手を見つける
一大イベントだったんだぜ」
「そ、それは…」
求婚されたからといって
このまま今の太った二重人格の王子とともに
馬車で城へ向かうなど
厳格な継母が簡単に許すだろうか
だが、正体がバレたミクチェルにとっては
屋敷を出る理由付けには好都合であったので
彼女は王子から
荷物をまとめる支度をするよう命じられ
荷物をまとめる支度をした
「こんな屋敷、もう出てく」
「待って、夜はどこで寝るの?」
ミクチェルはまだまだ反抗的な
悩めるティーンエイジャー
玄関のドアを開けたミクチェルは
継母を振り返って、こう告げた
「クラークのお城
あなたの着せ替え人形にはならないわ
王子さまのそばの方が
ずっと安全よ」
その言葉に庭園にいた馬車の近くにいた
ローガンは思わず
ミクチェルのいる方を
反射的に見てしまった
荷物を手にこちらへ歩むミクチェルは
白いブラウスにスカートといった風貌で
見かけるとしたら町の喫茶店の看板娘のようだ
「大丈夫か
忘れ物とかないよな?」
「必要なもの以外置いてきた
もうあの屋敷には帰りたくないから」
「そうか」
「あたしミクチェル
次からはそう呼んで」
馬車に乗る手を差し伸べられた手に
彼女の手が重ねられたとき
ローガンは口元を固く閉ざしたまま
きごちなく2、3度頷いた
そうして、馬車に乗り込んだふたりは
しばらくお互いに目をそらし合っていた
「なあ、おれがいうのもなんだけど
あんたこれでいいのか?」
「どうかしらね、あなたが悪いひとには
見えなかったからかな
でも…ひとつだけ忘れてない?」
「…なんだよ」
「前髪、ちょっとは直したら?」
頭の方に指を指し茶目っ気混じりで
小悪魔的な微笑みを
作ってみせるミクチェル
これまでジェレミー王子のイメージを
ことごとく壊してきたローガンは
前髪を整え直し始めては苛立つ
彼の素の一面をミクチェルは
隣で暴き出す心理戦に勝利した
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