ドッペルゲンガーの棲む鏡

決闘は中断され、痛みと傷を追ったジェレミーは治療も兼ねて地下室に呼び出された


「ドッペルゲンガー?」


うすうすそう勘ぐっていたジェレミーは

今になって特に驚きはしなかったが

ローガンは結婚式で初めてジェレミーを

目の前にしたのだ


ジェレミーは詳しい情報は教えられなかったのだが、自身は舞踏会のための替え玉で

ジェレミーが城にいたあいだ

ローガンは旅のサーカス団に所属していた

ピエロにふんしていたときく


ローガンはあの夜

魔女のりんごについて聞き込みの調査を行い

王と再会する約束にしていたが

ジェレミーを仮死状態にしたあと

城の裏出口から逃がす気だったのだ


ジェレミーはローガンの魔術で

鏡の中から抜け出た

もうひとりの王子だったのだ


「なんでドッペルゲンガーなんて

育成したんだよ」


「王子さま以外のやつを

体験してみたかったんだよ

毎日城の中で自由がなかったからさ

だけど、替え玉を創り出したのはおれだが

ドッペルゲンガーなんて思いもしてなかったぞ

おれは死期が近いのかよ」


「舞踏会で13回鐘を鳴らしたのは

君だったんだな!?」


これ以上はふたりの王子の言い分に水を差すようになるが

信頼を寄せていたベイカーさんが合意の上だったことに気付き

ジェレミーは腑に落ちた感覚に疲れが増した


「ぼくの存在はファンタジーかよ」


とはいえ結婚式を取り止めにして決闘に巻き込んだことは事実

ジェレミーは反省するようにと家臣たちから地下牢へと連行された


「ローガン、おまえにも話がある」


「はい、父上」


「まだ道化の衣装に未練があるような振る舞いはもう寄せ

ミクチェルはもともとジェレミーではない

おまえとの結婚を望んでいない」


「おれにどうしろと?」


「ミクチェルとの婚約を破棄はきする」


その言葉にローガンは目を大きく見開いた

いざ、こうなればなにをいってもピエロではないゆえに王に逆らわず従うしかないのだ

クラーク王国の真の王子として…


「…わかりました」


王からそう宣告され

しばらくローガンはミクチェルのことを思い返してしまった


まるで白昼夢のようだった

あの馬車の中での出来事


メイクが剥がれた左頬に触れられた片方の手

まだ誰にも口外していない

ふたりだけの秘密になることだろう

今になって思い知らされた感情は

言葉に言い表すことが難しい





地下牢で傷の回復が早い自身の身体と

自分が攻撃した相手と同じ痛みの感覚を共有してしまったことで

ジェレミーはイリアを助けられるのは

愛を知らない自分ではなく

ローガンという自分を創り出した存在なのではないだろうかと考えた


すると、似たような考え方に至ったのか

地下牢にひとりあの不気味なピエロだった少年が姿を現した


「よう、傷は痛むか?」


「ううん、もう平気

ミクチェルは?」


「あのこなら自分の部屋にいるぜ

攫えそうもねえな」


ジェレミーはなにも言い返すことなく

静かに言葉を紡いだ


「ぼくドッペルゲンガーなんでしょう

もうすぐ死ぬかもしれない」


「あるいはふたりともか」


「そんな…」


「おれにいいアイデアがあるんだ

東方の国の美女は生きていて

その国の王子が野獣姫の討伐に

今西の国に向かってるって

情報を受けたんだよ」


「イリアが危ない…」


すると、事情を察したローガンは

牢屋の鍵を取り出して扉を開けようとした


「ここから出してやる」


「え、でもそんなことしたら君が」


「おれなら大丈夫だ

早くしろ、時間切れになるぞ」


城の裏口に見張り番がいないところを見計らって

ふたりはここで別れて痛みを感じたら相手の危機だと

ローガンは後にジェレミーの後を付けて

城を出るとまでいったのだ


ミクチェルとは結婚式を挙げられなかったが

王からは婚約を解消され

ミクチェルはジェレミーと結婚する話も出ていたのだが…


「ありがとう…えぇと…」


「ローガンだ」


ジェレミーはローガンと固く握手を交わした


「わかった、ぼくいってくるよ

ローガン

ミクチェルのこと頼んだよ」



馬に乗って走り去っていくジェレミーの背中を見送ったあと、青い鳥が羽ばたいてきて

ローガンの隣で話しかけた


彼も後からそちらに向かう予定にしているのだろう


「まったくあなたには

つぐつぐ驚かされますよ

まさかご自身で空が飛べるとでも?」


「なあ、空飛ぶほうきよりゴージャスな

乗り物知ってるか?」


「なんです?」


思わず素直に尋ねる青い鳥に

ローガンは得意げにこう返した


「魔法の絨毯じゅうたんだよ」

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