銀幕のマリオネット

ジェレミーが教会のまえまで辿り着いたときには神聖な結婚式は挙げられている最中だった

神父を中央にふたり

ローガンとミクチェルが向かい合っていた


「誓いの言葉を」


「ねえ、ひとつだけきいてもいい?」


急に新婦ミクチェルが目の前のローガンに口をきいた


「なんだよ」


「あなた誰?」


ミクチェルは見透かすような瞳を

真っ直ぐにローガンに向けて

花嫁としてあるまじき言葉を口にした

対するローガンは口ごもる


「おれは…」


「ジェレミー王子、誓いのキスを」


気を利かせた神父がローガンに促したが

ミクチェルのまえでは最早

嘘はつけない


そこへ、一羽の白い鳩が

ふたりのあいだへ予告状を届けに羽ばたいていった


書かれていたことは



扉の方を見て



それを目にしたミクチェルとローガンは

B級紳士の名乗る少年が来客のざわめきで

結婚式場に現れたことを知る



シルクハットを被り直したジェレミーは

教会の扉を音を立てて開けると

ステッキを片手に華麗にこの場に登場することに成功した


「やあ、こんにちは

世界一白馬の似合わない王子さま」


ミクチェルは間違いなく彼こそが

ジェレミーであることを確信して

彼のそばへ駆け寄ろうとしたが

ローガンがそれを妨げ、彼女の腕を掴んだ


「行くな、ミクチェル

あいつは敵だぞ」


「ジェレミー!」


父親であるはずの王が口を開いたのでジェレミーは

落ち着いた態度でステッキを持ち直した


「お久しぶりです、父上、母上

これはいったいどういうことなんですか?

父上の本当の息子が彼だというのなら

ぼくは替え玉に過ぎなかったと?」


「あー、それはちょっと話が

ややこしくなるだろ」


ローガンが口を挟んだが、王はジェレミーに意識を集中させているようだった


「ジェレミー、今まで悪かったと思っているが

生きていたのか」


「死んだと思わせるなんてひどいですよ

ぼくはまだ生きています

今日はその証明にきました

まずあの花嫁はぼくが結婚する相手です」


ジェレミーはそういうと

ミクチェルへ視線を向け顎を少し下げた


「ジェレミーくん…」


懐かしい専属メイドのベイカーさんに名を呼ばれ、ジェレミーは少し気を良くしたようだ


「ベイカーさん

ぼくちょっとは強くなったんだ

安心した?」


「あなたは変わってしまったわ…

ミクチェルをどうする気なの?」


「おまえがその気でいるなら

今日は結婚式どころではないな」


王の言葉にジェレミーはステッキの先を床に音を立ててつくと

ここに戻ってきた覚悟を決める表情で王へ告げた


「花嫁を賭けて決闘の申し出を」





ジェレミーの申し出に盛大な結婚式は

どうやら取りやめにされてしまった

王は仕方なくジェレミーの意志を尊重して

来客たちをコロシアム会場に移動した

この方が盛り上がるといった理由付けではあるが

ミクチェルはふたりのドッペルゲンガーの決闘を花嫁姿で見届けるはめになってしまった


「ど、どっちを応援すればいいんだ?」


「ジェレミー王子、生きてたのね!」


「誰の子だよ」


観客動員数が増す中で同じ顔をした

ふたりの王子が存在していたという事実に

またも新聞記者たちが取材に訪れていた


ローガンにしてみると

予測していた展開ではあったが

大衆やミクチェルを危険に晒すわけにはいかないと

ローガンは決闘に受けて立つことを決めて

用意された数々の武器から剣を選び抜く


「ジョーカーのいないカードゲームなんて

つまらないからな…!」


決闘で勝利の条件はチェスにならって

チェックメイトを決めること


ジェレミーは観客席に座らされたミクチェルの元へ駆け寄り、武器を手に無邪気に話しかけた


「ミクチェル、ぼくを応援してくれるんだよね?」


「う、うん…

でも王子さま、相手の首筋に噛みついて血を吸ったりしない?」


「ぼくはしないよ」


観客の中でもドッペルゲンガーの説も出てきており

ミクチェルはこの場から逃げ去りたい衝動にかられたが、王妃がそれを拒んだ


「見届けなさい」


「もうやだ…」


「死ぬことはないわ」


ミクチェルの目前で決闘は開始され

ふたりの王子は剣を交えて戦い合っていた


だが、剣を相手に振るうたび両者に腕に痛みが走った

不思議と相手への打撃を自分も同時に受けているような感覚がするのだ


そして、ジェレミーの攻撃を交わし損ねたローガンが腕に傷を追ったが

ジェレミー本人も腕を手で押さえて痛がっているのだ


ローガンが拳を地面に叩きつけると

ジェレミーは拳を押さえて苦痛に顔を歪ませた


「ど、どういうことだ?」


ローガンが剣の柄でジェレミーの腹を

一発打撃を与えると

ジェレミーは倒れ込んでうずくまった


「…ってぇ!」


同じ痛みはローガン自身にもあった

これ以上ダメージをお互いに与え続けていると、双方が痛みを共有する不可解な出来事が生じて相討ちになってしまう


「もうやめて!」


ミクチェルが観客席から叫んでコロシアムの場に出向こうとした

この後花嫁を攫うとローガンを脅迫した

ジェレミーはただではすまないだろう

ダークサイドに落ちたジェレミーは

憎しみを込めた瞳で自分に似た

小太りの王子を見上げて痛みに耐えながら

歯を食いしばる


「ローガン!」


「反則だろ

そこでおれの名前バラすなんてよ」


驚いたミクチェルはローガンに目を向けた

偽者の王子の本当の名前なのだろうか


「今のがチェックメイトの代わりだ」


自身の状況を察したジェレミーは

吐き捨てるようにそういって

剣を杖にして立ち上がり

ローガンのそばをすれ違う


ローガンの名前を呼んだのは王だった


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