夢から醒めた夜
王国の第一王子ジェレミークラークは
母親ゆずりの艶のある
さらりとした黒髪に分け目を作られた
額が覗く品格漂う
高貴な生まれに値する
黒曜石のような丸い瞳が神秘的な
本人が知るかぎり
美少年のカテゴリーにギリで入る
中性的で流行りの顔立ちをしていた
来たるクラーク王国の舞踏会
かねてからの縁談に乗り気でないジェレミーは
プリンスメンタルが
深刻な事態に陥っているにも関わらず
普段どおりの顔をして
会議に出席していた
王はいつもより顔色が良くない息子に
冷静に真実を告げた
「東方の国の美女は舞踏会を
キャンセルしたようだ
これでおまえのフィアンセ候補は
野獣姫ひとりだけになったな」
「そんなひどい名前の姫君なんていませんよ
父上、ぼくはまだ結婚したくありません
ぼくが結婚するなら…
せめて舞踏会で共にダンスを踊った女性では
だめですか?」
「ジェレミー
わがままいってるとすぐおじさんに
なってしまうわよ」
王妃から
ひとまず独身でいたいことには
否定されなかった
王さまどころか未来はおじさんのようだ
「ぼくと結婚する予定の姫の記事貸して」
王妃から反抗的に記事を奪ったジェレミーは
記事の内容に思わず目を
野獣姫の似顔絵は
獣のように鋭い眼光を向けた悪意にまみれた
乱雑な線で描かれた作画で
醜悪な意図に満ちており
このことからひどく心を痛めたジェレミーは
野獣姫がこの世に存在していない
架空の姫であることを願って
家臣に記事を全て
クラーク王国主催の王子の舞踏会
東の大国の美形と名高き王子の
誕生日パーティーと日が重なっており
クラーク王国の若い女性の多くは
舞踏会そっちのけで東方の国へ
出掛けてしまっているときく
憂鬱な心境が拭いされないジェレミーは
ひとりバルコニーから星々が
天へと打ち上げられる
色とりどりの盛大な花火を見上げていた
バルコニーでひとり
旅の疲れを癒しにきたのか
彼の肩に白い鳩が留まろうとしたので
手の甲で足元をすくい小鳩と目線を合わせると
小首を傾げる愛らしいゲストに
ジェレミーは口元をほころばせて
願いを込めて空へと羽ばたかせた
ぼくをここから連れ出して
どこか遠くへ行きたいんだ
優雅な音楽に心惹かれながらも
ジェレミーがダンスパーティーの会場に入ると、頭上には
招待客はそれぞれのパートナーと
ダンスを踊っていた
それはジェレミーが幼い頃に初めて目にした
万華鏡を思わせた
舞台の裏で取り残された
おもちゃの兵隊の気分でいるジェレミーは
まだ見ぬ紳士からの誘いを待っている
淑女の存在を探していた
もし、そんなひとがこのパーティーに
きてくれているのなら
ぼくはそのひとをダンスのパートナーに
誘いたいという想いを秘めて…
「誰かかわいいこはいた?」
「みんなパートナーがいるひとと
踊ってるみたいですよ
楽しそうでしあわせそうなひとときに
ぼくは…まだひとりのひとを探してる」
椅子に腰を下ろす王妃の
王妃は強く言い聞かせた
「あなたの結婚相手は
この舞踏会で決めるのよ」
「はい、それはわかっています
ぼくには王子としての責任がありますから
誰とも踊らないことはありません」
王妃から背中を押され
ジェレミーは決意を新たにした
「ダンスの誘い、断られるかもしれないけど…誘った勇気だけは褒めてほしいな」
王妃にそう付け加えて
照れが生じたジェレミーは
前髪を掻き分けると
言いつけどおりダンスのパートナーを
探そうとした
そのときだった
会場にいた招待客にざわめきが交じる
状況から察するに舞踏会の会場に
新たな来客が登場したようだ
「まあ、ご覧になって!
なんて愛らしいご令嬢かしら」
「なんてことだ…
この国の若い女性たちは
旅行中ではなかったのか」
その言葉につんのめりそうになったジェレミーは
とっさに柱へ手を伸ばして体勢を整えて
一息つくと
話題の中心となっている人物を
その目でとらえた
絹糸を束ねたような金色のセミロングの髪に
エメラルド色をした大きな瞳に
長い睫毛が縁取り
口角が上がった口元に愛らしさを垣間見せ
輝くばかりの青いドレスの
開いた胸元からは深い谷間がのぞき
ピンクのパールのネックレスをあしらっていた
その少女をして
待ち望んでいた姫君と呼びたくなったジェレミーは
引き寄せられるかのように
ダンスパーティーへ現れたばかりの
少女の元へ歩み寄る
少女の方もまたジェレミーに気付いた様子で
可愛らしい微笑みをたたえた
周囲の招待客がダンスを中断させて
ふたりを見守る中で
ジェレミーは少女に片膝をついて
手の甲にキスを落とした
すると目の前の少女は驚いた表情を見せたが
愛らしい笑顔を周囲に見せると
自然とふたりは手を取り合って
隣り合わせに歩んでいた
「ぼくの舞踏会にようこそ
君は…招待客じゃないね
ぼくの国の貴族のご令嬢や若い女性はこぞって
東の国の王子さまの誕生日パーティーに
列席しにいったから
君みたいなひとがくるのは珍しいんだ」
いいながら心が痛んだジェレミーは
ひと呼吸おくと
目の前のダンスパートナーとなる淑女へ
言葉を続ける
「だから君にききたいんだ
どうして君は…
ぼくのパーティーにきたのかな」
「きてみたかったの
クラーク王国の舞踏会
一夜限りでも
あなたのプリンセスになりたくて」
「そっか、願いを叶えてくれたひとに
感謝しないとね
…ぼくからも願いごとしていいかな?」
今夜ダンスを踊ってくれた素敵な女性と
結婚式を挙げたい
ガラスの靴を履いた名も知らない招待客に
出逢うまえはそう心に決めていた
一夜限りの理由をきけなかったのは
返ってくる答えを知りたくなかったから
別れのときが迫っていて
たとえそれが真実でなかったとしても…
「こんなの信じられないよ!
王子さまのぼくより
あのひとはガラスの靴を選んだんだ!
舞踏会の晴れの夜によくもぼくに
こんな最高に楽しい気分にさせてくれたな!」
緑色に染まりゆく水晶玉に手のひらをかざし
悪役風の黒い礼装に着替えたジェレミーは
小柄な全身から
殺気立っていた
片方の手に形だけの豪勢な杖を振りがざして
ジェレミーは部下に命を下す
「ベイカーさん!
あのブロンドの美少女の居場所を突き止めて!」
「今捜索隊があとを追っています」
ベイカーさんと呼ばれた女性は
ジェレミーの専属メイドである
「まだこの国のどこかにいると思うんだよ」
「ひとまずあなたが落ち着いてくださいよ」
「ベイカーさん、ぼくのいってることおかしい!?」
「はい、あなたが誰より心を痛めていることをわたしは知っています」
ベイカーさんの優しさに
ジェレミーが辺りに放っていた妖気は
みるみるうちに勢いを失っていき
水晶玉は元の透明度を取り戻した
「今夜あんな鐘が鳴らされたんだ…
やっぱり不安な夜は怖いよね…」
「わたしがお側についていましょうか?
眠れなくて今こうしているのでしたら」
狂気に荒ぶっていたジェレミーは
ベイカーさんに両手を握られて
たしなめられた
「ぼくは…部屋に戻って寝るよ
見張りのひとも今晩は休んで
ぼくひとりになると…泣くと思うから」
ベイカーさんに背を見送られながら
ジェレミーはほぼ放心状態で足取り重く
自室につこうとしていた
そのときだった
視界の隅を横切る影に
ジェレミーは思わず振り向いてしまった
ピエロの影に見えたが
こんな真夜中にどういう理由があって
彼のようなひとがうろついているのだろう
だが、今のジェレミーは
部屋の鍵をかけて自室に入るより
謎めいている訪問者の方に心を支配されていた
そのせいか、彼は見えない糸で
人影のあとを付けていくのだった…
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