ぼくは服を着たプリンセスに興味はない! 〜さっきブロンドの姫君に逃げられた陰キャ王子だけど、今夜だけは君とロイヤルラブコメ展開を期待していたんだ…!!

桜井和宏

ひとりぼっちの王子さま

若き画家の筆により描かれていく

一枚の絵画のような夢見た夜の一場面


あの日のその光景は

セピア色に朽ちていく

古ぼけた壁にかけられた

ガラス越しの向こう側で

かつてふたりの恋人たちが

出逢ったころから変わらない

永遠のときが刻み込まれていた


場面の手前で一際目を惹く

青いドレスを身にまとった

金の髪のプリンセス


ぼくは彼女に恋する王子さま


だけど、その役目は

ぼくには果たせそうになかった


物語はぼくがまだ

お城の中の王子さまだと信じていたころ

王国で開かれた舞踏会の夜から

幕を開ける─







「だめ、わたしもう帰らなきゃ」


「待って」


優雅な音楽が流れる城の広間にて

大時計を見上げるプリンセスが

急に思い立ったかのように

そう宣告した


今宵のダンスパーティーで

初めて出逢った謎めくブロンドの美少女から

突然、別れを切り出された夜


すぐそばにいる王子の手を振り切って

青いドレスをひるがえ

彼女は大急ぎで彼の元から

走り去ってしまった


「あの、これ落としましたよ」


階段を降りようとした少女の足から

脱げ落ちて転がったガラス細工の片方の靴を

そっと拾い上げた王子が声をかけたとき

落とし主の少女は慌てたように

こちらへくるりと振り返って

駆け寄ってきているところだった


「わたしの靴よ、返して」


「あっ」


片方の靴を王子から奪い返したプリンセスは

再び背を向けて階段を降りていく


ちょうどそのとき12時の鐘が

鳴り響いたのだった


階段を駆け下りたプリンセスは

視覚的にぽよんぽよん揺れる胸に

2足のガラスの靴を抱き寄せて

自身をお城まで愛内してくれた

たまねぎの馬車が待つ

城門近くから少し離れた

公園のブランコのまえへ向かっていた


「終わった…

ぼくの舞踏会が…」


世界滅亡までのカウントダウンが

城内に響き渡る敗戦の時


ひとり足早に自室へ向かう王子の腕をとり

侍女らしき女性がしきりに気遣っていた


「王子さま、お気を確かに」


「わからないのか、ベイカーさん

12時の鐘でぼくの舞踏会は終わったんだ

でもぼくは今日女性を

ダンスに踊ってみせたから

もう…ゴールインしてもいいだろ!?」


束の間の幻想が儚くも散り

世界の現実に打ち負かされた瞬間を

リアルタイムで体験した

見ている側からしても

悲劇の王子さま


そして、数秒ほど間をおいたあと

付け加えるかのように

12時を告げ終えた鐘の音は

13回鳴らされたのだった…


「12時の鐘が…13回なった…?」


それを耳にした王子は

窓から見える景色の向こう側に佇む時計台の方向へ

不安げに眉をひそめゆっくりと振り返る


「け、警告だ!

鐘は13回鳴らされたぞ」


「どういうこと?」


「皆さん、ご静粛せいしゅくに!」


聞き間違いでない

彼の他にもそういった口髭の老紳士が

警告だと称した不吉な13回目の鐘に

混乱とざわめきが波紋のように広がっていく中で

城の大人たちがそれぞれの役目に徹していた


きらびやかな宮廷の宴は

血塗られた残劇の舞台として

後世に書き記されてしまうのか!?


我先にと逃げ帰る婦人に肩をぶつけられ

よろけた拍子に壁に寄りかかり

片腕を押さえて天井を見上げる王子


やがて王子はひとりきりになれる場所

自室のバルコニーへとたどり着いた


王子の視界に映り込む

バルコニーから見渡す夜の景色は

満月の光と影のコントラストで

木々が暗がりの影を落としている


バルコニーの手すりに手をかけて

彼は一歩その先の世界へ進もうとした足を止め

目を伏せて自嘲気味に笑みをたたえた


「今日ぼくと結婚してくれる

運命の人と出逢えると思ってた…

けど、そうじゃなかった」


時計の針を左回りに回転させていくと

天使が奏でる音楽に合わせて

ダンスを踊った彼女とのワンシーンが

色褪せることなく映像のように

閉ざされた瞼の裏で今もよみがえ


転がり落ちた片方のガラスの靴を

王子の手元に残さずに走り去ってしまった

青いドレスのプリンセス


夜風に吹かれる王子は

バルコニーから身を離し

誰に言うこともないひとことを

宵闇に言い残した


「あのこの名前、聞きそびれちゃったな」









とあるプリンセスに魔法がかけられた夜


王国から遠のいた真夜中の路地裏を歩む

ひとりの人影が満月の光で明らかになる

誰あろう、王子と共にダンスを踊った少女であった


街灯の下で星空を見上げるその少女は

一見みすぼらしい下働きの娘の格好を

しているにも関わらず

エメラルド色の瞳に曇りはなく

顔立ちは目を見張るほど

可愛らしく整った造形をしていた


美しくドレスアップされた仮の姿に

心踊らせて

まだ知らない世界に迷い込んでも

12時を告げる鐘が鳴り響いたあとに残る

余韻にしばらく浸っていたかったが

夜の魔法はいずれとけるもの


お城の舞踏会で出逢った

素敵な彼とのお別れに

心残りがなかったとはいえない

お互いにかごの鳥だった

王子さまとお姫さま

魔法がくれた奇跡で王子さまを

振り向かせることはできたはず

だとしても彼女自身の魅力に

気付いていない王子さまの元ヘ

魔法使いがくれた大切な贈り物を

残してはいけなかった


「この靴だけは…

魔法がとけても消えないんだ」


ガラス細工の2足の靴を

手のひらの上に添えた彼女は

王子と初めて出逢った場所

クラーク王国の城を振り返る


「王子さま

とても素敵なひとときをありがとう」


華やかな舞踏会に突如として現れた

ブロンドの髪のプリンセス

その正体はあの場にいた誰もが

知るはずのなかった

たとえ今宵ダンスに誘われて共に踊った

黒髪の優しげな瞳の王子さまで

あったとしても…


「この靴を持っていたら

また逢えるのかな

魔法使いさん…!」











それはぼくが知る物語の

最後のページに描かれるふたりが

初めての恋に落ちた夜


狂った運命の軌道から外れた

鉄の色をした小さな歯車が

ぽとりと落ちて

金の音を響かせた


ぼくは王子さまじゃなかった


だとしたら消えた姫君を探し出す

王子さまに変わる役は

誰が選ばれるのだろう…

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