幸福なジュリエット

淑女ばかりの広いお屋敷の中では

傍目には薄幸はっこうの下働きの娘

白馬の王子様が迎えにきてくれなくても

嘆き悲しむ日々を送るつもりはない


休日は7日に1度の午後3時間

その日、許されるだけのおしゃれを楽しんで

自分に似合う服を選んで着る

そして、鏡に映った瞬間

わたしは昨日までとは違う

新しい自分に出逢えるの


隣町までショッピングに出掛けると

行く先々で挨拶を交わし合う

とてもライトでクールなアイキャッチ


いつも明るい笑顔をくれる

お店のご主人とお手伝いの小さな女の子

ときどき見かけてほっとする

杖をついたカフェで腰掛けてる

目の不自由なおじいさん


雨上がりの金曜日の街角で

一度だけすれ違っただけの彼に

過去に出逢った素敵な男の子を

重ね合わせてみたけど

あなたはきっとわたしを知らない世界のひと


あのひとたちよりましなんて

そんな考え方してる

意地悪なひとたちのもとに

白い鳩はしあわせの種を

運んできてくれるかな


しあわせの価値観や定義ってなに?

それはわたしの心が感じとること

ひとに決められたくないの


誰もわたしを知らない世界へ飛び込んだ

願いが叶ったような星降る夜

お留守番してたわたしを

名前で読んでくれたのは

あなただけ


どうか灰かぶりの襤褸ぼろを着た

わたしと出逢ったときも

不幸な目で見ないでいて








太陽が西の空に傾き

人びとに夕暮れ時を告げようとしていた

明日の天気はまた晴れるのだろう


オレンジ色に染まりゆく

空に浮かぶ雲の陰影が織り成す

幻想的な光のアートを

見上げて家路に着いた

世界で最も幸福な少女


知られざる少女の名はミクチェル


亡き作家の父親が愛娘まなむすめに与えてくれた

世界でただひとりの少女の名は

特別な贈り物に他ならなかった



屋敷の管理人である継母ままはは

ふたりの義理の姉たちが

まだ帰ってきていないことを

確認し終えたミクチェルは

ひとりほっと安堵あんどすると

羽織っていた上着をハンガーにかけ

二階の自分だけの部屋へ向かい

化粧台のまえにある閉じられた三面鏡を開く


鏡に映る少女の顔に僅かばかりのかげりが差す

やがて戻ってくる身内のわがままに

付き合わされるまでに残された

憩いのひととき


椅子に腰を下ろして亜麻色のくしに手を伸ばす

お気に入りのアクセサリーを外し

金色のセミロングヘアをかし終えたミクチェルは

なめらかな肌に片手を添えて

丸く大きな瞳を向けて表情を作り

少し毛先のはねた髪を整え直した

そこにいるのは

飾らない素顔の16歳の少女

あとどのくらい無垢でいられるのだろう

前髪から指先を離したミクチェルが

エメラルド色をした瞳の輝きに

ふと自らの心が変わったことに

気付くのだった


鏡の中の少女は

心なしか今までより

きれいに見えた

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