太陽と月

東の空に太陽の光が差し込められ

小鳥たちがさえずり始めた

家々から窓が開かれ

クラーク王国に朝の訪れが告げられる

長い夜は終わりを迎えたようだ


クラークの城の者はみな

深い眠りに落ちていたようで

捜索隊はいつもの間にか眠っていた事実に

首を傾げながらあくびをして

互いに顔を見合わせて不思議がった


クラークの城の高い塔の上の一室で

ローガンは目を覚ました

とたん襲ってくる頭痛に頭を押さえて

首を左右に振ると

自身は知らないあいだに

ベッドで眠らされていたことに気付いた

痛む頭で昨夜の記憶を遡ろうとしたところ

ふとんの上に王家の衣装が

畳んで置いてあった

そして、鏡を見たところ

今まで左頬に記されていた

灰色の涙のメイクが

跡形もなく拭い去られていたのだ

このことから彼は今からこの礼服を着替えて

クラーク王国の王子として振る舞うことを

強要されていくのだろう

他の誰でもない、母親の尊厳のために…


「ジェレミー王子」


昔聞き慣れた声にローガンは目を丸くして

ドアの方を振り返った

声の主はジェレミーの専属メイドの

ベイカーさんだった


「ベイカーさん」


「王さまからお話は伺っておりますよ」


その言葉をきいたローガンはベイカーさんとらせん階段を下りながら策を練る


「ジェレミー王子が死んだとは限らねえだろ

それに東方の国の美女だって

いまだ行方知らずじゃねえか」


「無茶ぶりは感心しませんよ

それにいつかバレるに決まっています」


「今ジェレミー王子がいないんなら

おれが適任じゃないか」


「あなたはジェレミー王子を知らないでしょう、あなたとは正反対の方ですよ」


「女に逃げられていじけるへたれ野郎

どんなつらしてるか見てみたいもんだぜ」


そこまでいうと、ローガンははっとして

口を閉ざした

王がまえを横切ったからだ


「王さま」


王は頭を下げるベイカーさんのそばにいるローガンが身に着けた

新しい王子の衣装を目にして

厳しい表情を見せたが

やむなく察したようだ


「王子さまは満月の夜

ピエロに食われちまったのさ」


絶望して身を投げる王子の最期を見届けた

満月の中で悪魔の影があざ笑う

光景が目に浮かぶ


「他に代わりはいねえんだろ、王さま」


ローガンはかつて宮廷道化師だったころのように

父親である王へひざまずいて

うつむき加減に頭を垂れた


「父上、どうかおれに使命をお与えください」


「ローガン」


王は立ち寄るとそう心から決心した息子を抱き寄せて

耳元で小声で伝える


「報酬はもう与えられないぞ

それでもいいんだな

わたしも妻もジェレミーの無事を祈っているが

神に届くとまでは思っていない

…あまり自分を追い込むな」


そういわれながら

どこか遠くを見つめていたローガンは

視線を王の後方に佇む王妃へ移した


「…母上」


「よく戻ってきてくれたわね、ローガン」


それは幼いころからよく知る母親の笑顔だった


だが、今となっては歪んだ妃の笑みにすら思える錯覚に

ローガンは王妃に返答を返さずに

さり際にひとことだけ告げた


「…青い鳥が教えてくれたんだ」





ひとりになったローガンは

ジェレミーが好きだったときく

バルコニーから懐かしい国の景色を

物憂げに眺めていた


心地よくそよぐ微風で

まだ少し残る頭の痛みを

和らげたいのだ


だが、実の母親が毒入りのりんごを食べさせて

身体の自由が奪われていくさまを見届けていたという

信じがたい事実が彼の心を苦しめた


しばらくそんな物思いにふけりながら

城の中を探索していると

中庭にいたベイカーさんと目が合った

ローガンは挨拶がてらおどけるように

腕を上げ手のひらをひらひらさせた


「毒のりんごじゃ王子さまは殺せないぜ」


「これでよろしかったのですか

ご存じのとおり

あなたを失えば他に代わりはいないのですよ」


「覚悟の上さ」


ベイカーさんはローガンのまえまで足を進め

毅然きぜんとした表情で

彼の思惑に従った


「これから国をあざむくあなたには

たくさんすべきことがありますが」


「あー、ジェレミー王子が

舞踏会で会った例の姫君か

使わない手はないよな

ようし、早めに手を打っておくぞ」


思い付きで指を鳴らしたローガンは

記事で見た情報と捜索隊や城の者が

眠りの魔術にかけられていたことを知って

彼女のことを今後のキーパーソンとして

白羽の矢を立てた


「ようやく役目を果たしてくださるのですね

ジェレミー王子」


ベイカーさんにこう呼ばれたとき

ローガンは新たな役職に挑戦することとなった


昔失くしたはずの2枚目のジョーカーを

昨夜暖炉の奥から見つけ出したのだ


そうして、ローガンはジェレミーに代わって

王子としての命を下す


「…ガラスの靴の持ち主を探し出せ」

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