入れ替わりのジョーカー
明くる日の朝のクラークの城の中では
王子の姿を見た者はそれぞれ異なる
リアクションを取りながら
昨日までとは違うことを再確認するよう
目くじらを立てて
ちょっとした騒ぎになっていた
ある者は大口を開けたまま硬直し
またある者はいったい本当は誰なのか
王へ報告へ向かった
バニラアイスを食べながら城の廊下を歩む
ジェレミー王子らしき人物に対して
いよいよ家臣のひとりが
恐る恐る勇気をもって問いかけた
「ジェレミーさま、どうなされたのです
そのお姿は…」
「悪い、おれ太っちまった」
ひと晩でひと回りふくよかになった
ジェレミーはアイスを片手に
高らかに宣言した
このことから記者が殺到して
さっそく王子の現在の激太り体型を激写した
写真が国中に出回り
まさに前代未聞の喜劇的ビフォーアフターであった舞踏会の後日談の話題をさらった
中には疑いの目を向けて歯向かう者も
いないわけではない
「あなたは何者だ?
ジェレミーさまから出ていけ
…偽物め!」
カイゼル髭がチャームポイントの大臣に
胸ぐらを掴みかかられながらも代理王子は
「そうくると思ってな
おれも今朝鏡に映った自分を見たときは
信じられなかったから気持ちはわかるぜ
だが、おれがいきなりデブになったからといって
おれがこの国の王子であることに変わりはねえ
…悪いが、手を離してもらうぞ」
いきなりデブになったと本人から公言された
一同は一斉に揃って
このとき一番隅にいた目立たない気弱な家臣は
今の堂々とした彼の振る舞いに
心ひそかに憧れの感情を抱いてしまった
「ジェレミーくん」
クラーク王国の王子をそう呼ぶことを認められている人物は
この城の中でもただひとり
ジェレミーの専属メイドベイカーさんだった
「結婚式のご予定はどうなされますか?」
ジェレミーの演技の知識は
ローガンにはなかった
この先うまくいきそうにないことを
自虐的に皮肉った笑みを作り
バニラアイスを食べ終えた
ローガンは窓の反射を鏡代わりに
軽く舌なめずりをして
前髪を整え直した
「そうだな、ジェレミー王子の死の知らせは
まだ届いちゃいねえんじゃ
どこかに逃げたか…」
「おわかりのようですね
彼が生きていればいずれあなたのもとへ
復讐を果たすため必ず戻ってきますよ
素性も知らない相手が自分を名乗って
国中に出回った記事を目にしていたら」
「あいつが戦えるなら
この国で決着をつければいいさ
お城の中の弱っちい王子さまに
国も未来の妃も任せられねえだろ」
さっと前髪を分け髪から手を離すと
ローガンは目元に向けた人差し指と中指の2本の指先を
太陽に向けて、決意を新たにする
「待ってろよ、ガラスの靴を履いた姫君…!」
「みんなあの記事を読んだみたいだね」
荒れ果てた西の国にもローガンの情報は出回っていたらしく
ジェレミーを名乗る別人の真の王子が
国中に失恋してひと晩でやけ食いして太ったという自分の記事をばらかまれて
国外でもご婦人方のあいだで
パニックになっているのだ
オフィスにいる組織の司令塔のように
回転椅子を活用させながら
こちらへ椅子ごと振り向いて
足を組んだジェレミーは
人差し指を立てて
イリアとその隣に立つ彼女の父親に対して
真剣に抗議の眼差しを送る
「やつはぼくじゃない
現にジェレミークラークは今ここにいる
クラークの王子さまには感謝しておかないとね
戦う相手ができて剣の腕は上がったよ」
砂ぼこりが舞う乾いた地上を蹴り
戦いに明け暮れる熱き漢たちの魂が
燃え交わされる迫力満点のバトルが
紅い夕日を背景に繰り広げられていた
わりとスムーズに強敵を倒したジェレミーは
主人公気取りでなにやら決め台詞を口にした
「たった7人とはがっかりだよ
しかもみんな揃って腰抜けばかりだとはね」
倒れたまま起き上がる気配のない兵士たちの数はなんと6人しかいなかった
ジェレミーがそれに気付いたとき
辺りを冷たい風が吹き抜けていった
「はぁ…ぼくもう帰りたいな…」
空を見上げる戦場の少年兵は
早くもホームシックに陥ってしまったようだ
戦いに勝利しても
ともに祝ってくれるひとは
隣にいない
ここだけ地上最強の彼が
腰抜け隊員の最後の生き残りとして
ジェレミー本人自らが認めてしまったのだ
こうなった彼に残された道はただひとつ
「イリア、話があるんだ」
「どうしたの、改まって」
お菓子の家のキッチンにて
食事の後片付けを終えたジェレミーは
正直な気持ちをイリアへ打ち明けた
「ぼくたち、これ以上付き合い続けても
上手くいくとは思えないよ」
最初から上手くいかない前提で
迫ったにも関わらず
あとになって自分から別れを切り出す
あまりにも身勝手な男の言い分に
おとなしいイリアも
さすがにこれには反発した
「わたしのために決めたの?
あなたわたしを愛しいひとだと
いってくれたのに…」
「ああ、そんなこと真に受けてたんだ
別にあんなのどうってことのない
ただの気の迷いだったんだよ」
そっぽを向いて冷たく言い放つジェレミーは
イリアから強烈なビンタをくらわされる気でいたが
あいにくそうはいかなかった
傷付いた表情を見せたイリアは
そのまま無言で
キッチンから走り去ってしまったのだ
古来より男女の気持ちはすれ違いが生じるもの
自分では彼女にかけられた
魔女の呪いをとくことはできないのだと悟った
キッチンに残されたジェレミーは
世知辛い現時点の本音を口に出した
「ごめんね
ぼくもっとお金稼ぎ
頑張らなきゃならないんだよ…」
東の国を旅立つ前の満月の夜
ベッドの中で眠る
魔女のりんごを
自らを醜い野獣と罵った東方の国の王子の喉を
かききってしまえばいい
そういった邪念が以前も眠れない夜に
頭の隅に過ぎったことすらあった
これ以上彼と一緒にいたら、いずれ…
「さよなら、嘘つきな王子さま…」
明くる日、ジェレミーはイリアに黙って
クラーク王国へ帰る支度をすませたらしく
彼女の父親と話をしていたが
イリアは魔女のりんごに関する魔導書を一冊
自室に持ち込んでいた
次の日戦いを終えて報酬を
たんまりと受け渡されたジェレミーが
最後になるかもしれないと
お別れをいいにきたが
イリアは
ジェレミーの姿が見えなくなるまで
彼の背を見届けていた
傷付いた彼女は一度だけこちらを
振り返ろうとした彼に特別な感情を
なにひとつ
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