青い鳥の予告状
とんでもない過ちをおかしてしまった
王子のあとから馬車から降りたミクチェルは
服装は整えておいてあるがゆえ
強張らせた表情のまま
しばらく両手を握りしめていた
使いの者と同行する
ガラスの靴の持ち主たる乙女…
だが、罪の意識に耐えきれなくなり
ミクチェルはふいにローガンのいる後方へ
振り返ってしまった
視界の先にいるローガンは
欠けた洋梨を持っていない方の手を
こちらへ差し伸ばそうとしていたが
彼女の名を声に出して
呼び止めることもなく
その手は握りしめられ
気まずそうに彼は顔を背けると
御者となにか話しながら
馬車のそばから立ち去ってしまった
改めてミクチェルは
クラークの城を見上げた
幼いころから憧れた
プリンセスの夢が叶った王子さまと
初めて出逢えた素敵な場所
あの日この城にいたはずの彼は
今ここにはいない
代理王子が無事花嫁候補の女性を
城へ招き入れることを成し遂げたという情報から
ミクチェルは城の者たちからは歓迎され
彼女のために用意された姫の部屋まで
招待された
昔街角のショーウィンドウで見たような
シルクのドレスに
窓辺の机には本と宝石箱が並んでおり
ベッドのそばの小棚には
くまのぬいぐるみと写真立てが置いてあった
2足のガラスの靴を窓辺に置いたミクチェルは
用意された姫君の部屋で
ひとりベッドに座った
月明かりが差し込める窓のそばに置いていると
再び魔法使いがやってくる気がしているからだ
最初出逢った舞踏会の夜もそうだった
そうして部屋でくつろいでいるとき
ノックの音が3回した
「今大丈夫か」
「待って」
ノックの相手は代理王子のようだ
ミクチェルはネグリジェに上着を羽織ると
少し警戒気味に対応することにした
「準備できたら入れてくれ」
「あたしに触れたら命はないわよ」
ミクチェルは花瓶に生けられた
ピンクのガーベラを代理王子ローガンへ向けた
部屋のドアを閉めたローガンは
腕を組んで呆れた表情を作った
「結構こっちも警戒してるぜ
それに仕掛けてきたのは
そっちからじゃなかったか?」
「お願い、誰にもいわないから許して」
「もうこの話はいい
他のやつに話さなきゃいいよ
ただ結婚式には出ろよ」
「わかった…」
偽りの結婚式は
舞踏会以上に一波乱起きそうだ
「ただおれたちの結婚式を
阻止したがってるやつがいるんだ」
「それほんとなの?」
「ご丁寧に予告状を
送りつけてきやがったからな
見てみろよ」
そういうと、ローガンは
手紙サイズの予告状を
テーブルの上に置いた
シルクハットのマークでサインされた
予告状にはこう手書きで記されていた
花嫁はぼくが攫いに行く
−B級紳士−
女性的な筆記体で書いてあったB級紳士のいう
花嫁とはミクチェルのことだろう
「用件はこれくらいだ
頼むから騒ぎを巻き起こしたり
今の情報を絶対に他に口外しないでくれよ」
「わかった
おやすみなさい、王子さま」
「お、おう…おやすみ」
偽者の王子の頬にキスをせず
ミクチェルは自室のドアを閉めて
一息つくとベッドに転がり横になる
そこでひとつ気がかりになっていたことがあった
今日の午後出逢ったキャスケット帽を被った少年のことだ
聞き覚えのある声に
自分を助け出すといった謎の少年
唐突の出来事と偽者の王子のことで
頭の隅にあった仮説が
真実だということに気付いたのだ
ミクチェルはベッドから起き上がり
座って両手をシーツに置いた姿勢になった
「あのひと、あの王子さまだ…」
正体は勘付かれたかもしれないが
まさか旅のピエロが真の王子とまでは
見破られていないだろう
ジェレミーの部屋のバルコニーにて
偵察から戻ってきた青い鳥が
ローガンのそばへ羽ばたいてきた
「偵察ご苦労
ジェレミーの情報はつかめたか?」
「まだ見つかっていませんが
それより王子さま
大丈夫ですか
以前見たときより痩せてきてますよ」
ローガンは地下室での母親の仕打ちから
あまり食事がとれていないのだが
旅のお供だった青い鳥には
ダイエットだと言い張った
「あ、そうだ
借りてたコイン返すよ
結構楽しめたぜ」
「あなたのために差し上げたものですよ」
「だから返すっていってんだろ
おれの賭けに挑む女が現れたんだ
こればっかりは運まかせにはいかねえよ」
手のひらの上に乗せた金のコインは
青い鳥からの贈り物だった
ローガンは今独りよがりな賭けは
終わりにすることを証明したいのだ
「いつでも幸運はあなたの道を照らします
心優しい王子さま」
コインをくちばしで受け取る青い鳥に
ローガンは感謝の意を込めて
敬礼した
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