第六章
第二十八話
「ッ……ううっ……!」
「ギャッハ! これから貴方達には存分に暴れてもらいますからねェ」
チミドロフィーバーズの四人を地上へと返したあとの研究所。
魔素が詰まったタンクが奥にそびえ、左右に鉄格子が並ぶ、デス花が戦闘を行った部屋で。マゼルリルは嫌がる実験体の少年の腕を檻の外から掴み、注射を打つのだった。注入するのは薬等ではなく魔素。
「ガ、はァッ……!」
注射器内の魔素が減っていくのに連れ、彼の肌の一部にあった黒く変色した箇所が広がっていく。やがて全身が黒く染まるのだった。それと同時に、体内から植物の蔓や花弁がぬるりと飛び出す。
体中を侵食するように生え、少年は完全に魔人と呼べる存在に変貌してしまう。魔人は立ち上がり歩こうとするが、体から力が抜けたようにだらんと横に倒れてしまった。
「——————」
「なァるほど……どの実験体も魔人へと変貌した直後は禄に動けなくなるようです。疲労が大きいのでしょう」
マゼルリルは辺りを見回す。いくつも存在する鉄格子の中には、それぞれ同じように倒れ痙攣する魔人と化した子供達が。
「この私が魔人へと変貌した際、気を付けるべきですねェ。それはそうと085号ちゃん、そのときが来れば合図しますので計画通り私達を転移魔法で地上に送ってください」
「……あ、ああ……」
男の背後には酷く怯えた様子の085号が立ち尽くしていた。
「人間が異形の姿になっていくのを間近で見れば、普通ならそうなりますか……とにかく頼みましたよォ?」
彼女が考えていたのは、それだけではない。今目の前で悲劇が始まっているという絶望感。このままだと間違い無く沢山の人が死ぬ。
唯一奴を止めてくれると思っていた四人は、もういない。
(なら、わたしが……わたしが、何とかしないと……!)
体を震わせながら覚悟を決める。
「あと数十分、いや数分程度で私は世界を蹂躙しうるほど強力な魔人へと成長するでしょう。そのときが、この世界の終焉」
(私が、ここで殺さないと!)
マゼルリルは彼女に背を向けた状態。変身はまだ解いていない。隙はある、魔法を打ち込めば。
085号が前方に魔法陣を展開し、狙う。が、そのとき、マゼルリルの首があり得ない角度で後方に曲がる。
「貴方も、楽しみでしょう?」
マゼルリルは袖からスマートフォンを取り出し、軽く操作。085号の首にある通信機から電撃が放たれる。
「ガ……アぁッ!?」
強い痺れと痛みにより床へと倒れ込む085号。彼女の隣で身を伏せ、マゼルリルが向けたのは狂気の笑み。
「ギャッハ! 気付かないと思いましたかァ?」
「はぁ……はぁ……!」
「普段なら今頃貴方の頭を爆破させていましたが、今の私はすこぶる機嫌がいい。今まで役に立ったということもありますし、全人類の中で最後に殺して上げましょう。数多の死を目視したあと、孤独に死んで下さい」
「っ……」
「そういえばまだ答えを聞いていません。貴方の下す最後の命令、聞いてくれますよねェ? 魔人と化した私達を転移魔法使って地上に送る。そう難しいことではありませんが」
まだ首元に残る痛み、そして相手が浮かべる邪悪な笑みを目にし、自分はこの男の道具でしかないことを思い出す。
目の端から自然と涙が零れた。
「………………はい」
「ギャッハハハハ! 従順で結構」
マゼルリルは再び立ち上がり、天を仰ぎながら巨大タンクへと歩みを進める。
「……この日をどれだけ待ちわびたことでしょう。何年も試行錯誤を繰り返し、そして辿り着いた境地。これより地上は阿鼻叫喚の地獄へと変わる」
「…………」
「想像するだけで興奮と昂ぶりと高揚が収まりません……」
やがてマゼルリルはタンクの裏側まで辿り着く。そして、備え付けてあった階段を昇り始めた。
「笑みも、つい零れてしまいます。フッヒヒ!」
すべての段を上がり切ったあとタンクの縁へ立ち、溜まった黒の液体に背を向けた。口角が裂けるほど歪んだ笑顔を浮かべつつ、特徴的な笑い声を響かせる。
「ギャッハ! ギャッハハハ!」
そしてタンクの中へと背から飛び込む。黒い泥、魔素がたっぷり詰まったその容器へとマゼルリルは全身を入れた。
注射器で魔素を注入するのは訳が違う。体の隅々を漬けることで、大量の魔素は新たな手となり足となる。
底に沈みつつも、奴は哄笑を絶やさなかった。
――――――ギャッハハハハハハハハハッ!!!!
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