第六話
塵芥四区の中心には全国魔法少女協会の本部が、そして各区に一つずつ支部がある。私はその中で一番近い斬原区にある協会へ連れてこられた。
都市部にあるそのビルへは、将来仕事で向かうことを夢見ていたのだけれど。
まさか、連行されてここに来るなんて。
「な、なんで……!? 変身しても大丈夫だって聞いたから変身したのに……」
こじんまりとした部屋内、ここで大人しく待っているようにと言われた。
「どうしよ、このままじゃ牢屋に入れられちゃう……明日の朝刊に載ってしまう……!」
中央には一つの机、それを対面で挟み込む二つのパイプ椅子。あまりに簡素な内装は、刑事ドラマでよく見る取調室を思わせる。私はその中の片方に座り、青ざめた顔で俯く。
ちなみにここに来る途中で変身は勝手に溶けた、魔法装束から元の制服に。
「やっぱりデス花達は犯罪者集団だったんだ! 悪い人達に言葉巧みに説得させられ、私まで犯罪者にされてしまったんだ! 私の人生はここで終わりなんだ……」
――――――コンコンコン
「!?」
頭を抱えつつ自己嫌悪に陥っていると、聞こえて来たノック。
すぐに扉が開き、気品溢れる女性が入ってきた。
「失礼します」
「……あなたは……!」
腰下まで伸びたブロンドの髪、創られたのかと疑ってしまうほど清廉された顔立ち、高身長ですらりとしたスタイルはつい見惚れてしまうほど。
この場に現れたのは、私のよく知る人物だった。
「? 私のこと知ってるみたいだけど……まあ、テレビよく見る人なら顔ぐらいは見たことあるかな。初めまして。斬原区を担当する魔法少女の一人、折神人織と申します」
今はきっちり着こなされた黒スーツを纏っているが、彼女の魔法少女としての姿ははっきりと思い起こせる。
そう、折神人織と名乗った目の前の女性こそ、五年前私の命を助けてくれた魔法少女だ。最も向こうは覚えてないだろうけれど。
「それで、君の名前は?」
「え? は、はい……! 切崎ばけつです」
「切崎ちゃんね、覚えた」
自身の夢のきっかけとなった彼女に会えるなんて、しかも話せるなんて。
魔法少女でもトップクラスの実力を持っているだけではなく、その圧倒的なビジュアルでメディアでもよく取り上げられて人気も高い。
私とはかけ離れた存在である彼女が、今目の前に現れ対面に座るのだった。
「君が報告にあった、協会に所属していないに関わらず魔法少女に変身して魔獣を倒したって子だね。事情聴取することになったから、今までのことすべて話して」
「……はい」
「しっかりと、すべて、嘘偽りなく……ね」
脅すつもりはないだろうけども、その言葉を耳にして嫌な汗をかいてしまう。声を幾度か上ずらせながらも折神さんに今まで起きた事を語った。
――――――チミドロフィーバーズという非合法の魔法少女グループに半強制的に入れられたこと。ステッキとバングルを渡されたこと。問題ないと言われて変身して戦ったのだが、協会の魔法少女二人に捕まってここに連れてこられたこと
話している間、折神さんはずっと私の瞳を凝視していた。彼女のそのときの目はどこか不敵なもの。そのように感じた。
「……ふぅん、成程。よくわかったよ」
髪を緩くいじった後、僅かな微笑み。
「君に与えられた選択肢は二つだけ、チミドロフィーバーズとしてこれからも活動を続けていくか罪を背負うか」
「ん? それはどういう……」
「君は彼女達によく分からないままメンバーとして加入させられたんだったよね。まずは彼女達について説明しようかな。それを伝えてからの方が理解しやすいと思うからさ。まあ正直私達もよく分かってないから、教えられる範囲は限られているけれど」
マジデス花、それと青と黄の魔法少女三人からなるチミドロフィーバーズ。彼女達はあれだけ派手なのに今まで存在すら耳にしたことなかった。
是非詳しく話して貰いたい。
「……彼女達はね、二年前に突然現れたんだ。何故ステッキやバングルを手にしているのか、何を目的に戦っているのか、経歴さえも不明の魔法少女三人組。当然協会は彼女達を問題した」
「まあ、当然ですよね」
「彼女達は山から降りてくる前の、自然に紛れた魔獣を倒していたんだ。そんな彼女達を私達は発見し、拘束した。そして今みたいに事情聴取した。そこでデス花ちゃんはこう言ったの。『オレ達は絶対に悪事なんか働かない、何かあったら拷問しても構わない。その代わり自分達への質問は答えない、変身道具も渡さない』ってさ」
「拷問って、何がそこまであの子を……変身道具を渡さないってのはわかるけど、そんなに自分達のことを聞かれるとまずいのかな? それで、協会側はどうしたんですか?」
「彼女達の三ヶ月の監視だよ。常に彼女らの行動を見張る者を用意し、記録させた。そして、一切の悪事が見られないことがわかった。それからは今後罪を犯せば大きな罰を与えることを条件に、変身道具の所持が認められた」
チミドロフィーバーズについてわかったように見えて、謎が増えるばかりだった。
変身道具は厳重に管理されているはずなのにどうして手にしているのか、目的は何なのか。そして何故二年間存在すら知らないほど姿を現さなかったのに、今になって表に出始めたのか。
(そんな少女達に勧誘されるなんて、私って凄いのでは?)
「ま、私としては彼女達が活動し始めてくれて嬉しかったかな。勝手に魔獣を倒してくれるのだから楽出来ていい」
折神さんは頬杖を付き、いたずらな笑みを浮かべた。
「え……!? 確かに、そ、そうですけど……何だか意外ですね、真面目な人だと思ってたので」
「初めて会った人からよく言われるよ。メディアで見せる取り繕ったクソ真面目なのと今の私は違う。『何事も程々』を信条として生きているのが素の私。話してみてわかったけれど、君って結構あれこれ迷うタイプだよね。だから人生の先輩としてアドバイス、何事も深く考えなくていいと思うよ。私と違って若いんだしさ」
「そ、そんな……折神さんだってまだ」
「私ももう二十八。魔法少女じゃなくて魔法ババアだよ」
「いえいえっ! 二十八なんてまだまだですって!」
「ふふっ、そう。ありがとうね」
こうして対面して話してみると、普段テレビやスマホの画面で見る彼女とは大きく違うよう印象を抱いた。フランクでどこか親しみやすいのが普段の折神さんなのだろうか。
「ちょっと脱線しちゃったね、話を戻そうか。君には二つの選択肢がある。まず一つ目はチミドロフィーバーズとしてこのまま活動していくというもの。さっきの話でわかったでしょ、彼女達が魔法少女に変身することは認められている。君がその選択を取るなら、『チミドロフィーバーズの新人が魔獣を倒したところ、その情報を知らなかった協会の魔法少女二人が勘違いで捕らえてしまった』という事実が生まれて君は無実となる。ただ君はあの三人組を恐れていて、一緒に行動することに不安を抱いているのだったね」
「まあ……そうですね。恐れは殆ど無くなりましたけど、一緒にやっていくってのはちょっと……心臓いくつあっても足りない気がして」
「それを覚悟して生きていくかどうかだね。もし一つ目の選択肢を取るというのなら、私から上へ報告して君をすぐにでも解放してあげられるよ」
チミドロフィーバーズとして活動する代わりに、無実となる選択肢。
「そしてもう一つの選択肢は、チミドロフィーバーズとはこれっきりにする代わりに罪を背負うというもの。罪は残るけど……実害を出したわけじゃないし、軽い前歴が付くぐらいだね」
(前歴に軽いもないと思うけど……絶対将来に影響でるし……)
「彼女達の仲間になるのがよっぽど嫌ならこっちを選ぶべきだね」
罪を背負う代わりに、チミドロフィーバーズから抜け出す選択肢。
「君はどっちを選ぶ?」
答えは迷わずとも決まっている。
「もちろん、前者です。チミドロフィーバーズとして頑張っていきます」
「そうだよね。選択肢は二つなんて言ったけど、実質一つ。前科付くのは嫌だもんね」
「それもありますけど……私、魔法少女として戦っていきたいんです!!」
自然と大きくなってしまった言葉。折神さんだけでなく、発した私まで驚いてしまった。
気を取り直して続ける。
「……不安はありますけど、それでも。実は私、昔から魔法少女になりたかったんです。きっと覚えていないでしょうけど……五年前折神さんに助けられて、それで目指すようになりました」
「…………ふぅん」
「えっと……私、少し前までその夢を諦めようとしてたんです。自分には何もない、そう思ってたから。でも人を守りたいって気持ちはまだある、それに自分の新たな可能性に気付けたから。だから、自分なりに頑張っていきます」
「へえ、成程ねえ」
そう呟いたあと、折神さんの瞳が変化する。一切の光が失せた、純黒のものに。
「えっと……折神、さん?」
「よく分かったよ。君が嫌いな理由が」
「え? 嫌い……?」
突然告げられた言葉に悲しみよりも、困惑のが勝つ。
蔑み? 僻み? いや違う、もっと別の何かを宿した瞳でこちらをじっと見る。まるで見ているだけで吸い込まれてそうな強い闇を感じる瞳。
その癖口元には笑みを携えたままで、それがまた私の恐怖を煽るのだった。
昔から魔法少女になりたかった。折神さんに助けられ、目指すようになった。
それを告げただけで、どうしてこんな背筋が凍るような目を。
「ごめんごめん、ちょっとした冗談だよ」
彼女の瞳は一瞬で元に戻った。
「ここにずっといても仕方ない。そろそろ出ようか」
「……はい……」
それから小部屋を出ると、騒ぎに会った。どうやら私が捕まったことを知ってデス花が乗り込んできたらしい。警備員に絡んでいた彼女を回収し、協会支部のビルから出た。
アジトに行くつもりだったが疲れた、また明日お前を連れてく。そう宣言されたあと別れた。
そして家へ帰り、思い返す。
折神さんのあの目は何だったのか、嫌いと告げたのは本心だったのか。
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