幕間

第十九話


 ばけつとぺポが校舎から去ったあとのこと。

 遠いどこか、闇に沈んだ場所で――――――

 ――――――バチッ!

「っ……!」

 瞼を開ける。

 わたしの首に巻かれたチョーカーが電流を発し、その痛みで目が覚めた。寝ていたのは固いベットの上。体を起こし周りを見ると、自身を取り囲む檻が視界に入った。

 ベットと壁、それ以外には何もない。これがわたしに与えられた部屋、牢獄と大差ない。

「……はあ」

 思わず溜息をついてしまった。

 今までのことは全部夢で、目が覚めたら温かいベットの上にいるなんて淡い期待を未だ抱いている自分に。

(二年前、三人だけここをでていったみたい……わたしが研究所にくる前に)

 でもそれはマゼルリルの気まぐれで出してもらっただけ。わたしは恐らくずっとここで閉じ込められたまま。

「わたしの命は、あの男に支配されてる……わたしが生かされているのも、わたしの力が必要だったから」

 突然廊下から聞こえてくるコツコツという足音、こちらに近付いてくる。それが誰のものかは考えずともわかった。扉の先から神経を逆撫でするような声が聞こえてくる。

「おや、お目覚めですかァ085号ちゃん。最近よくうなされていましたからねェ、今夜はよく眠れましたかァ?」

 目覚めたのではない、電流によって無理やり目覚めさせられた。うなされていたのも原因はこの男から。それをわかってる癖して、嫌がらせ目的でそう口にしているのだ。

「……」

「相変わらずの無口ですねェ……一人でいるときはよく喋るのに、オレとは話してくれないなんて寂しいではないですか」

 男は鍵を使って扉を開け、部屋内に入ってきた。

 わたしに向けた邪悪な笑み、朝から見るのは気分が悪い。

「まァいいでしょう。いいタイミングで起きてくれました、また頼みたいことがあるのです」

(電流あびせて無理やりおこしてきた癖に……)

「転移魔法を使い、魔獣を地上へ送ってほしい。今回も頼まれてくれますねェ? もし拒否するのであれば頭をボン! ……ですが」

 握った拳をバッと広げ、爆発のサイン。

 首の通信機にはただメッセージを送るだけでなく、電流を流したり爆破させることもできる。実際に爆発する瞬間を過去にこの目で見た。

 死にたくはない、首を縦に振る

「そうですか、それは何より。魔法が使える実験体が何故か他にいなくなってしまいましたからねェ。どうしてか知っていますかァ? ギャッハ!」

「……」

 知らないわけがない、わたしもこの男も。こいつのせいでわたし以外の子達はみんな。

「ふゥん、まだだんまりですか……」

 こいつと話しているだけで腹が立つ、返事もせずただ目を逸らす。会話に付き合うだけで面倒、いつもなら無視していると勝手にどこか行ってくれる。

 のだが、マゼルリルはわたしの元へと一歩ずつ近付いてくるのだった。眼前まで迫り、首へと手を伸ばした。

 ――――――ガッ!

 強く絞められ、宙に持ち上げられる。

「……ぐッ、がはっ……! く、苦し……」

「ギャッハハハ! 話せるじゃあないですかァ!」

 どんどん喉にかかる圧が増し、息も絶え絶えに。痛みが激しくなると同時、相手の表情は興奮も混じったものへ変化。

「いい……いいですよその表情ッ! 可愛らしい小児が苦痛に顔を歪める様、すごくいいッ!ギャッハ! ギャッハハハ! あァ、達してしまいますッ!」

「ッ……ガ……!」

 呼吸ができず意識を失いそうになる中、軽く投げ飛ばされる。

 背と後頭部を壁に打ち付けられ、体中に響く鈍痛、やがて力無く床に倒れ込んだ。

「……でも、やり過ぎはいけません。大事な大事な残りの魔法少女ですので、このぐらいにしておいてあげましょう。最近ねェ、癖になってしまったのですよ。貴方達実験体に暴力を振るうこと。まだ自分が助かると思っているメスのガキを拳でわからせ、絶望させるのがたまらなく心地いい。いっそそれ用の少女を手に入れてもいいかもしれませんねェ」

「はぁ、はぁ……ゴホっ!」 

 咳き込みつつも体を起こす。聞いているだけで吐き気のするような、ドス黒い欲望だ。

「話してくれないとオレだって寂しいんですよ、構ってほしくて……ついヤってしまいました。これからはちゃあんと、返事してくださいねェ」

「……」

「聞こえませんが」

「……はい」

 吐く息を整えて短い返答。

 この地獄では生きるも死ぬも奴の機嫌次第、殺されないために奴の言葉には従うしかない。

「ギャッハ! それでいいのです。では外に出てください、バングルとステッキをお渡しします。が、その前に……興味深い話があります」

 マゼルリルは扉から外に出る直前、背を向けつつ呟いた。

「地上の様子を遠隔カメラで確認していたのですが、とんでもないことに気付いてしまいました。どうやら送った魔獣を倒していたのは、過去に捨てた実験体達三人だということがわかったのです。ああ、いえ、おまけの魔法少女も付いていましたか」

(それって、ここから唯一脱出できた三人組……それにおまけの魔法少女?)

 男の袖口の中で何かが蠢いたかと思えば、小さな生物が姿を現した。大きさや仕草は普通の鼠のそれ。だが赤い目と黒い体毛、そして頭部に浸食した植物は異質。

 鼠の魔獣だ。まだ元と変わらないほどのサイズのため、きっと魔獣へと変貌したばかりなのだろう。

 マゼルリルがもう片方の袖から注射器を取り出したかと思えば、それを鼠の首に針を刺す。

 ――――――キ……!

「しかもどうやら、この研究所まで辿り着く方法を見つけたようです。次に魔獣を放てばすぐにでも彼女達は攻め込んでくるでしょう」

「……」

「このままでは世界を蹂躙するための計画が破綻する可能性がある。超絶ピンチ。そのはずですが……ワクワクしているのです」

 注射器の中にはたっぷりの魔素。黒い泥に似たそれを相手に注入すると、鼠の魔獣は身を悶え始めた。

 あそこまでの量を体内に含んだ獣は、体格も力も今の何十倍になる。もう数分経てば、正真正銘化け物へと姿形を変えてしまうだろう。

「彼女達に再び会えるのが」

 こちらに振り向いたとき、浮かべていた奴の表情は酷く歪んだもの。

 この世の悪を凝縮したような、恐ろしく、おどろおどろしく、見ているだけで震えるような、そんな笑み。

「そして、彼女達に真実を伝え絶望させるのが……フッヒヒ! ギャッハ! ギャッハハハ‼」

 額から複数の汗が流れるのを、そして手足が震えるのを感じる。

 奴の悪意の対象が、わたしに向けられたときのことを思うと。

 あの男は部屋から離れ、視界から消える。それと同時、吐き出すように言った。落ちる涙と共に。

「もういや、あいつに使われるだけの人生なんて……だれか、だれか助けて……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る