第十七話
『ギャッハ! よくぞ集まって下さいました、実験体の皆さん。早速貴方達を……いえ、まずは自己紹介から。私の名前はリル・ル・マゼルリル。愛称を込めて、リルと呼んでくれても構いませんよ』
まだ物心が付き始めてすぐだったウチ。訳も分からず黒髪と白衣が特徴の男に連れられ、辿り着いたのは奴が持つ大きな研究所。
その内の一室で、男はウチらに向けてそう言った。周りには自分と同じ少女の孤児が何人もいて、当時のウチは色んな人とここで暮すの楽しそうとしか思っていなかった。
『これから貴方達にはここで暮らしてもらいます。そう不安がる必要はありません。ただ私の指示に従いつつ日々を過ごしてくれればいいだけ』
眼鏡をかけた理知的な男は、十を越える孤児に対し笑みを浮かべる。
『私は最強の魔法少女を創りたい、そして魔獣共を蹂躙したいのです。長年の野望に、協力してもらいますよ』
その笑顔が吐き気のするほど邪悪なものだとは、あの時のウチにはわからなかった。
詳しい年齢は覚えていないけれど、当時は小学校低学年ほどの歳だったはずだから。
それから、実験体達にはそれぞれ自身の部屋と全員統一された服が与えられた。鉄壁で周囲を囲まれて前方には鉄格子、あるのはベットだけと牢屋と大差ない部屋。そして着せられたのは飾りっけのない患者衣。
『012号ちゃん、調子はどうですか? 何か体に異常はありませんか?』
研究所にやって来てから一晩過ごした後の次の日の朝、男は部屋前にやって来て聞いてきた。
『からだ……? だいじょうぶ。だけど、ここやだ……ひとりだと、さみしい』
『ふゥん……部屋を変えることはできませんが、他の実験体達との交流を増やしてあげましょうか。この段階でストレスをかけ過ぎるのはよくない。ああ、そうそう』
男は部屋内に入って来てウチに前に立ち、首に何かを巻いてきた。黒いチョーカー状の機械。
『これを付けておいてください』
『?』
『通信機です。何か用があればこれを使って連絡します。なので常に付けてくださいねェ』
『……わかった』
『物分かりがよくて助かります。そうですねェ、午後に皆を集めましょう。十何人もいますので、きっと一人ぐらいは友達ができますよ』
それからの暮らしは、それ程悪いものではなかった。
閉鎖的ではあったけど、食事はちゃんと提供されたし、勉強も軽いものなら教えてもらった。それに要望通り他の子達と遊ぶ機会も多く設けられて、孤児院にいたころとそう変わりなかった。
友達もそれなりにできて小さい頃のデス花やぺポとも知り合った。可愛いものが好きで甘えたがり、髪色の派手に染めていなかった頃の二人。確かその頃の彼女達も007号に025号とウチと同じく番号で呼ばれていた。
――――――研究所に来てからあっという間に時間過ぎた。一月ほど経ったが平穏な日々が続いていた。
ある日の昼食後、娯楽室で011号と006号の二人と積み木で遊んでいると、通信機からピピッという音がしたあと言葉が発される。
『012ちゃん、今から手術室に来てくれませんかァ? いつものです』
『わかった、すぐいく』
二人に別れを告げ、指定の部屋へ。
一週間に何回か採血の時間がある。台の上に寝かされ、手首に針を刺され軽く血を抜かれるのだ。ちょっぴり痛いけどすぐ済むから嫌ではない。今日の分が終わったあと、ふと気になって聞いてみた。
『リル……血ぬくのは、なんのために?』
『前にも言ったでしょう、最強の魔法少女を作るため……だから血を抜き、毎日多量の薬を飲んでもらっているのです』
『よくわかんない……』
『まァ、いずれわかるんじゃないですかァ? ……フッヒヒ!』
手術台の隣に立つマゼルリルは、裂けるような笑みを見せた。まるでこの先の展開を示唆するような闇が全面に現れた笑み。
『012号ちゃん。今日はもう戻っていいですよ、また明日です』
言いつつ表情を戻し、ウチの頭をゆっくり撫でる。
『! ……うん!』
私はあの男のことを仮の親のように思っていた。思考が単純な子供で、禄に愛情を受けたことのなかったから相手のことを信じてしまった。
奴からすればただの『飴』を渡しただけに過ぎないのに。
『うぅ、なんだか、お腹おもたい……』
採血した次の日。
固いベッドの上で目を覚まし、すぐに体の違和感に気付く。腹部に響く鈍痛。何だか吐き気もする。
『リル、呼ばなきゃ……』
通信機を使い奴を呼ぶと、すぐに来た。
『フッヒヒ! いいですねェ、まさかここまで早く効果があるなんて……他の実験体にもそろそろ影響がある頃でしょう』
『これは、なに……? おなかいたい、吐きそう……』
『あァ、薬の副作用です。毎回の食事と共に服用させていたのは、体の成長を極端に早くさせるというもの。魔法少女に変身するためには第二次成長期を迎えていないといけませんからねェ。強力に改造した成長促進剤を多量に摂取させたのです、当然その分副作用も大きい』
当時とは違って、今の自分にはその行為がどれほどの凶行でどれほどの愚行か分かる。
本来なら時間をかけてゆっくりと成長していくのに、投薬によって数年で無理やり大人の体にさせられたのだ。ウチらチミドロフィーバーズの三人は誰も正確な年齢を覚えていないけれど、皆一桁の歳なのは確か。
『魔法少女に変身できるようになった今、新たなステップに進みましょう。指定した部屋に向かってください』
まだ腹部の痛みは続いていたけれど、大人しく命令に従った。
通信機を介して遠隔で案内を受けその部屋に。
『ここ………?』
扉を閉めて中に入る。上下、左右、前後、すべて冷たい鼠色の鉄で辺りを囲んだ異質な部屋だ。
実験体達は入れられている個室群や採血でよく使用する手術室とも遠く隔離されていて、中はかなり狭い。
(つくえと、い………あと………)
中心には存在感のある鉄でできた重厚な椅子。その奥には机が立ち、映像を流すためのモニターと黒色のヘッドホンが乗せられていた。
『012号ちゃん、ヘッドホンを付けてから椅子に座って』
『う、う………』
従ってヘッドホンを耳に当て、席に着く。それと同時に、椅子内に収納されていたベルトが自動で飛び出した。そして両腕両足腹に巻かれ、拘束されてしまう。
『!?』
『落ち着いて下さい。ただ拘束しただけですから。そのままずうっっと前のモニターを見ていて下さいねェ……ギャッハ!』
モニターに一瞬ノイズが入ったあと、自動で映像が始まった。
『……?』
そこに映るのは一人の女性。制服を着ているのとその体格から、おそらく女子高生と思われる。額から汗を流し、すっかり青ざめた顔の彼女が立っているのは、マンションの屋上だった。
二十階ほどの高さ、震えながら地上を見下ろしていた彼女は、やがて決心したかのように目を瞑り。
そして身を投げ出した。
『えっ!?』
当然そのまま猛スピードで落下。頭の理解が追い付かない内に、女子高生はその全身を地面へと打ち付けた。
―—————ドパァン!
人が絶命するときのリアルな音が、ヘッドホンからダイレクトに耳に届く。
ひしゃげた体、割れた頭。広がる血。血。血。
当時の自分に禄な知識なんてなかったけれど、目の前で起きたことが何なのかはすぐ分かった。人の死。
「ひっ! な、なんでっ、死……!」
映像は止まるも、地獄は終わらない。すぐ次の映像に切り替わる。
今度は駅、疲れ切った顔で歩く中年の男性。特急列車が通過するというアナウンスが流れているにも関わらず線路の方へと進み続け、そして身を投げた。響く警笛と悲鳴、喧騒の中、無常にも列車はその男を轢いた。
―—————グシャッ!
数刻前まで人の形を保っていたものが、バラバラに。
『ま、また……し、死んで、死んでッ!』
連続する人が無惨に事切れる瞬間を見せられ、気付かぬ間に涙は溢れんばかりに漏れ出ていた。
(に、にげないと……!)
そう思ったところで拘束されて動けないことに気付く。なら目を瞑れば。画面を見ないようにするも。
ビリリっ!
と、首元に強い電流が走る。
『ガっ!?……』
『言いましたよねェ……そのまま画面を見続けるようにと。目を逸らせばそれ相応の罰がありますので』
『ゆるして! ごめんなさい、悪いところがあったらなおすから……!』
『はァ?』
『なにか悪いことしたから、怒ってるんでしょ!? だからっ、治すからッ! 許して許して許してッ!』
『ギャッハハハハ! 成程そういう訳ですか、残念ながらその願いは聞けません。前にも言った通り私は最強の魔法少女を作るのを目的としています。これはそのため実験、罰なんかじゃあありません。そうですねェ、あと三時間は受けてもらいましょうか』
『……!?』
『別に痛めつけるわけではありません、ただ映像を見るだけです。もしまた抵抗するのであれば、わかっていますね?』
『…………わ、わかっ…………た…………』
『理解して頂いたようでよかったです。私はメスのガキを虐めるのが趣味の変態ではありませんので……ギャッハ! では、引き続き映像をご覧下さい』
それからは何度も死の瞬間を目にした。
体全体が燃えて焼死する人。頭を銃で撃ち抜かれる人。首を斬り飛ばされて頭部を失う人。溺死し飛び出した目で虚空を見つめる人。顔の皮が剥がれされた状態で絶命する人。
映像は止まり、かと思えば別の死が映され、あらゆる死の形を強制的に見せ続けられた。
奴はあと三時間受けてもらうと言っていたが、それはこちらの心を徹底的に折るための嘘。実際はその倍だった。
繰り返し人の死が脳裏を抉るため、それほどの時間が経っても慣れることなんてできず、涙は枯れなかったし数回は吐いた。
やがて頭の中は一つに染まる。
――――――死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。死。
六時間余りに渡る実験だったが、体感では二十四時間に感じた。それほど長い苦痛だった。
だがそれで終わらない。実験を終え、部屋に戻っても脳の溝に焼き付いた死の形は剝がれない。
『はあ……はあ……ごめんなさッ……ごめんなさい……!』
幻聴と幻覚に悩まされた。
何度も浴びた死の瞬間が、人が絶命する際の生々しい絶叫が。実験が終わった後でも、ずっとずっとずっと。
誰も聞いていないというのに謝り続けた。
『な~~~に虚空に向かって必死に頭下げ続けてやがるんですかァ?』
『ひっ……!?』
散々相手を苦しめたあとでも、尚も変わらない笑みを携えてあの男は部屋内へと侵入する。また何か危害を加えられるかと思い、後ずさる。
『何をそんなに怯えているのですか? 貴方を傷付けたのはオレではなくあのビデオでしょう?まァあのビデオを用意したのは私なのですが……ギャッハ!』
『どう、して…………? どうして、あんなことを……?』
『そうですねェ、では教えてあげましょう。魔法少女の強さは内に秘めた心の強さによって決まります。つまり強靭な精神を持っていれば、どんな魔獣でも容易に始末できる力が手に入る。ですので、悲惨な映像を見せ続けても耐えられる強い精神力を植え付ければ、最強の魔法少女が誕生するのでは? という実験です』
大抵の魔法少女は魔獣を倒すという決意や、誰かを助けたいという覚悟を持つことで力を得る。けれど目の前の悪魔は、その強さを無理やり引き出そうとしていた。
合理的かつ非人道的な実験で。
理論としては間違っていないがあまりに常識の域を超えている。今までに全く例の無い研究だったろう。
『ちなみにこれから毎日同じ実験を行うので。日を重ねるごとに時間を伸ばしつつね』
『え……?』
ただ一日受けただけでここまで疲弊し切ったというのに、あれが毎日。それも段々と長く。絶望し、枯れ切ったと思い込んでいた涙が今一度溢れてくる。
卒倒してしまいそうになるのを耐え、震える声で抗議した。
『や、やだ……もう、こわいのやだ……』
伝えた瞬間、相手の笑みはフッと一瞬にして消える。
『こわい、こわい……やめて、ゆるして……!』
男は無表情のままこちらに近付いてくる。今までとはまた違った恐怖を感じ後ずさりするも、ここは小さな個室、すぐ壁に背が触れた。
追い詰められ、相手に顔面を片手で掴まれる。
『っ、なっ、なにっ――――――』
そしてそのまま頭を背後にある壁に勢いよくぶち当てられた。
『がハッ!』
重く鈍く強い痛み。疲れ切った頭にガンと大きな衝撃が響き渡る。視界がぐわりと揺れて、そのまま意識まで飛んでしまいそうになる中、およそ聞き取れないスピードで捲し立てる。
『ねェ貴方何時理解するのですか? 抵抗すら出来ず、足掻くことすら許されていないことに。貴方達はねェいわば実験で使われるだけのマウスなんです。籠の中で生まれ籠の中で繁殖し、人間様にいいように利用されるだけの生を送り、散々苦しめられた上一度も外に出ることすら叶わず愚かに死ぬ。実に憐れ、あまりに滑稽な存在。親に捨てられ社会から外れた貴方達はオレに使われ続けてその一生を終えるのです。実験に使われるマウス、学の無いガキの貴方でも理解できるでしょう? いや理解しなさい。貴方はその籠から出ることが出来ず、ただただ実験され続けるということに。実験しますと言われ、嫌だの許してだのピーキャー喚くマウスがどこにいますかァ? 貴方は大人しくされるがままにしていればいいんですよ。さっさと自分の運命を受け入れて、運命を呪って慎ましく生きやがれ下さい。でないと更なる痛みが待っているのですから。ただビデオを見せるだけで済んでいたものをわざわざ騒ぐからこんな事態になるのですよ。これ以上の罰を受けたくなければ大人しく指示に従いなさい。もしこう忠告してもまだ聞けないようでしたらその首輪爆発させてしまいますよォ? あァそういえばまだ言ってませんでした、そのチョーカー型通信機は電流を流すだけでなく爆破させることができます。ボタン一つで頭がボン。死にたいですか? 死にたくないでしょう? なら、どうすべきかわかりますよねェ……!』
長文を詠唱されるが耳には届かない。何度も何度も壁に頭を叩きつけられ、意識を保つだけで精一杯だった。
『ぐッ!』
――――――ガン!
『ガっ……!』
――――――ガン! ガン!
『ァ……』
――――――ガン! ガン! ガン!
幻覚が見え幻聴が聞こえるほど傷つけられた脳が、癒えぬ内に激しくシェイクされる。
痛みと苦しさと、絶望感。
奴が顔から手を離すときには、もうすっかり立ち上がる気すら無くなって、体は力なく横へ。虚ろになった目に、魔獣なんかよりよっぽど凶悪な化け物が移り込む。
『……あァ、すっかりムチを与えすぎてしまいました。ここまでは本当に加虐趣味の変態になってしまうので、この辺りで勘弁してあげましょう』
薄れゆく意識の中、頭を働させて考える。
(いやだ……なんで、わたしがこんな……)
こんなのが毎日なんて耐えられない。どうにか、どうにかしないと。
――――――なんて思っても、日々が変わることはなかった。絶えず見せられる人の死。回避することはできない。ならどうすれば、その答えが出たのは半月後のことだった。
いつものように狂気の映像を見せられたあと、ベットで横たわる。
まだ実験が開始されてから、二週間ほどしか経っていないのに心身ともに衰弱し切っていた。頭の中にあるのは、人の死とこれからどうすればいいのかという疑問。
(このままずっと苦しむのは、いやだ……でも、死ぬのも、やだ……)
なら、どうすれば。
結論は意外にもあっさり浮かんだ。
――――――じゃあ、受け入れれば……
(そうだ、好きになればいいんだ……血を、臓物を……)
まだ十歳にも満たない年齢の少女が出したのは、狂気的な答え。
『あはッ……!』
自然と漏れた笑み。瞳孔は歪な形に歪んで、頬は赤く染まる。その笑みのあと、気絶するようにフッと意識が切れた。
次の日から抱えていた苦しみは、喜びへと変わっ――――――
「――――――あれ?」
滅子の語りが、不意に途切れる。
「……? どうしたの?」
体を起こし、滅子へと視線を向けた。そこで気付く。彼女の目から大粒の涙がいくつも流れていたことに。
「何で……いまさら、涙なんて……」
「め、滅子……別に、辛いなら無理に話さなくても」
そんな幼いときから拷問じみた実験を受けていたなんて。
私は聞いているだけだったのに不快感で気分が悪くなった。それを実際に受けた本人が、辛いだろう過去を思い出しながら話すなんて。涙が溢れてきて当たり前だ。
「ううん、話してて辛くなったわけじゃない。所詮過去のことだしさ、グロっちいものを好きになれてからはそれほど苦しくなくなったし……でも」
少し間を空けてから、ポツリと呟く。
「普通の子達は学校に行って勉強したり友達作ったりして楽しく生きているのに、なんで自分はあんな研究所で苦しみながら育ったんだろって……もしかしてなにか悪いことしちゃったのかなって思ってたら……」
「……」
そんなこと、ない。滅子は悪い事なんてしていない。悪いのは全部、滅子達に実験を繰り返していた男だ。
口にしようとしたが、それより先に滅子が話しを戻した。
「ご、ごめんね、話を止めちゃって……人の死を、受け入れ始めてからの話だったよね」
滅子は涙を拭い、再び言葉を紡ぎだす。
「そう思い始めてから、いつの間にか血も臓物も苦手じゃなくなって、むしろ興奮するようになって。それからは今までよりは苦しくなくなった。あのビデオもむしろご褒美のように感じたし、それに研究所内で優遇され始めたから」
「優遇? 他の実験体より良い待遇を受けたってこと?」
「うん。恐怖に耐えるどころか、恐怖を欲するようになるほどまでになった精神。奴の欲しがっていた最強の魔法少女に近付いたから。ウチら三人は、他よりまともな食事を貰ったり惨い実験の回数も少なくなったりしてた」
「三人てのは、やっぱり……」
「ばけちーが考えてるので合ってるよ。デス花もぺポもね、昔からああじゃなかった。歪められてしまったの。デス花のトラウマもそこにある」
滅子は目を細めつつ、顔を俯かせた。
デス花の戦闘狂ぶりも、ぺポの異常な性への関心も。そして滅子のグロテスクな物を求めるサイコな一面も、歪められた故のもの。
彼女達は皆イカレてはいるものの、根っこの部分は普通の少女とそう変わらない。
「あの男はね、どこで手に入れた分からない魔素を動物に注入し、故意的に魔獣を作ってた。その魔獣と実験体数人を同じ部屋に閉じ込めて戦わせてたみたい。ウチらは強力な成長促進剤を投与されたから、圧倒的に第二次成長期を迎え、魔法少女に変身できるようになった。それからはすぐ戦場に送られた。目の前で仲間が食べられて行く中、あの子は何とか一人で相手の魔獣を倒した」
滅子の話通りなら、当時のデス花も小学校に通い始めるぐらいの年齢のはず。そのときから魔獣と戦い、倒していたのか。
「それから何度同じ実験を行っても、必死に戦って生き残り続けたあの子の心を壊したのは、ある大きな出来事が原因」
瞼の間から覗かせるハートの瞳孔はいつもと変わらずとも、その先にある思いはきっと複雑な感情。
「ある日、あの男はデス花の対戦相手に選んだのは、別の実験体。一対一で戦わせてた、負けた方が殺されるというルールで無理やり戦わされた。今まで何度も悲惨な死を見てきた彼女は、殺されないために戦って結果勝ってしまった。すると勝敗が決した瞬間、負けた子が目の前で頭を撃たれて殺された」
「……そんな」
「そのことをあの子は今も引きずっている。過去を思い出す度に震えて、何度も吐いてた。自分の目の前でもう誰も死んでほしくないから、強くあろうとしているの」
「だから、人の死にあんな敏感に……」
蛇との戦闘後、腕を怪我した私を見て動揺していたのはそのような背景があったから。
あのとき目にしたデス花の表情は今でも脳裏に浮かぶ。
驚きと苦しみが混じったような表情。
滅子は顔を上げ、こちらに目を合わせつつ言った。
「それで、後にウチら三人を本格的に最強の魔法少女にする研究が続いて、数年経ったあと。ある日、捨てられた」
「……え?」
強さにこだわり何年も研究を続けていたのに、捨てた。
「どういうこと? 捨てたって、そんな……」
「意味不明だよね、原因は未だによく分かってない。突然呼び出され、あっさり告げられた。『飽きた。貴方達はもうどこにでも行っていい。必要なものも持って行っていい』って。本当にそれだけ」
言いつつ怪訝そうな顔を浮かべる滅子。つまりチミドロフィーバーズの三人がその研究所から抜け出したのはそのため。
何が原因の行動か、それとも本当にただの気まぐれでそうしたのか。
「困惑しつつ、それなりの食料やお金、人数分以上のステッキも手にして研究所を去ることになった。他の実験体達も連れて外に出たかったけれど、それは叶わなかった。一度外に出て、それから準備を整えてから助けにいけばいいと思ったから」
こうして一生抜け出せれないと思っていた地獄から、あっさり解放された。そう前置いてから続ける。
「最初は警察とかに行くべきだったんだろうけど、そのとき大人は信じてなかったから頼る気はなかった。だから三人で何とか凌いで、でももちろん限界が会って、もう無理ってときに偶々助けてくれたのがあのアパートの大家さん。最初は警戒してたけど、住所すらないウチらに一室貸し出してくれた。それだけじゃなく、知り合いだっていうネットカフェのオーナーにバイトとして働かせてもくれた。そのおかげで何とか人並みに生きていけるようになった」
「そう、いい人だったんだね」
「うん、とっても。それで生活が安定してから、再び三人で研究所に向かった。理由はもちろん残された実験体達を助けるため」
「それで、結果は?」
「研究所の場所は覚えていたら辿り着けた。けど、中には誰もいなくなってた。あの男だけじゃなく、捕らえられていた実験体達も。きっとこうなることを予想してて拠点を変えたみたい」
逃がした実験体が警察でも呼ぶかもしれない。その危険性を危惧しての行動だろう。
居場所を変えられたことにより、因縁の相手の行方が眩まされてしまった。
が、デス花の嗅覚によりこの地域に潜んでいることはわかっていたらしい。それでも奴の居場所を突き止めることは出来ず、今になった。
「だから二年間何もできなかったけど、ようやく奴の元にを辿り着く方法がわかった。そうだよね、滅子」
「うん、ばけちーのおかげでね。これが今までのチミドロフィーバーズのすべて」
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