第三十三話


「終わった……?」

 確かに奴の弱点を貫く瞬間を目にした。けれどどうも実感がわかず、まだ何かあるのではと疑ってしまう。

 エアヤルルガを消失、次に転移魔法で元いた地へ。

「本当、に? ……っ!」

 ——————ズン!

「ガ、あっ!?」

 体の内側から刺されるような痛み、エアヤルルガを使った際の反動だ。

「……!」

「ばけちー!  大丈夫!?」

「はあ……はあ……」

 苦しんでいるのを見かねて、滅子にペポ、それに085号の三人が駆け寄ってくるのが視界に映る。

 俯く私の顔を心配そうに覗き込む彼女達に、荒くなった息を整えるためゆっくりと呼吸してから告げる。

「皆、心配しないで……あの特殊兵装を使うとこうなるってだけ」

「本当に本当!?  ばけちー死んじゃったりしない!?」

「初めて撃ったときよりも、負荷はちょっと少なくなってる。体が慣れたのかもね……少なくとも死ぬことはないだろうから、大丈夫だよ」

 そう言って笑いかけて見せた。するとみんなホッとした表情を浮かべる。

 一度辺りを確認し、地面もビルも元の灰色に戻っていくのを確認。周囲に充満していた魔素は少しずつ霧散、空気中へと消える。

「……あいつの姿、見えないけど。さっきの一撃で完全に消え去ったの?」

「いや、まだだ」

 答えたのはデス花、私達から離れた場所で佇んでいた。彼女の足元には、奴の頭部。

「だが、もう終わったみてえなもんだな」

 他の部位は消し飛ばされ、残ったのは頭のみ。そしてその頭も心臓となる核を失ったためか、端から徐々に塵へと変化していく。

 完全に消滅するのも時間の問題だろう。

『何、を……』

 正気に戻ったか、言葉を紡ぐマゼルリル。瀕死の相手に対しデス花が構えるのは一丁のマジカル・ガン。

「てめえがこれから向かうのは地獄だ。見たことねえし行ったことねえし、何なら信じてすらねえが……きっといい所だろうぜ」

『……え、た』

 照準を相手の額に。長年憎んだ宿敵に向ける彼女の表情は、蔑みや哀れみ、色んなものが混じったもの。

『な、にも』

「てめえなんざを、受け入れてくれんだからな」

『な――――――』

 残った頭部が完全に塵と化し消える寸前

 に、一発の弾丸を撃ち込んだ。餞別と軽蔑を纏ったその弾を送ると同時、対象は消滅、静寂が訪れる。

(長年続いた因縁の相手は、消えた。世界の蹂躙とかいうふざけた計画もこれで終わり。そう、すべてが……)

 終わった 、そう頭の中で認識した直後変身は解除、魔法装束から元の制服に。そして疲れという疲れがドッと体に伸し掛かってきた。

「意外と終わりってのは呆気ねえものなんだな……ま、そんなもんか。取り敢えず帰んぞ」

「その前に病院でしょう。滅子の治癒魔法で今は痛みはないようですが……骨折を放っておけるほど魔法は万能ではありませんよ」

「それに085号ちゃんは?  帰るべき場所、ないだろうし……」

「そうだな、オレらと一緒に来い。帰る場所はオレらが用意してやるよ」

「い、いいの?」

「おう。住む場所が見つかるまでの仮住まい、もし見つかんなかったらずっとオレらのアジトにいていいぜ。よし、ばけつ」

 デス花はこちらを見つめ、ふらふらとした足取りでこちらに向かってくる。いや、違う。私の視界が揺れているんだ。

「手ぇ貸せ、病院着くまで支えてやるよ」

「——————」

 ありがとう、そう伝えようとしたけれど口から出てこなかった。

「ばけちー?」

「おい、お前。大丈夫か――――――」

 ―—————デス花のその言葉を最後に、私の意識は電源を落としたパソコンの様にプツリと切れてしまった。



「ハッ、眠っただけかよ」

「びっくりした〜死んじゃったかと思った!」

 意識を失ったばけつをデス花は受け止めるが、その勢いで尻もちをついてしまった。ばけつがまずい状態になったのかと周りは心配するが、寝息を立てているのを見て周りの四人は安心し、ホッと一息。

 無理に起こすべきではないと判断し、デス花は膝の上にばけつの頭を乗せ、少しの間このまま寝かせてあげることに。

「あれだけの大立ち回りをしてくれました、疲れて眠ってしまうのも無理ないでしょう」

「よかった……問題、なさそう」

「すごいね、ばけちーほんの一週間ぐらい前は一般人だったのにさ」

 滅子はばけつの傍にしゃがんで、頬を指でつんつんと突く。

「ウチらの過去を知って、受け止めた。そしてああ言ってくれた」

「支える……つってな」

「ばけちーがああ言ったときのことを思い出すと、何だか……体の奥の奥がきゅんとしちゃう」

 ばけつの顔を見る滅子の表情は、蕩けたものになっていた。頬は真っ赤に染まり、目のハートは震えて。血や臓物に向けたものと似ているが、どこか別のもの。

「戦闘もですよ。あんな化け物相手によく立ち向かいました。その上あそこまで活躍するなんて」

 少し前までは犬の魔獣相手に苦戦する、おどおどしてるばかりの陰キャ臭い女としか思っていなかったのですが。と、ペポは付け足す。

「このまま数十分、いや数時間は眠っているでしょうね」

「チッ、こんなところで寝やがって。どうせ寝るんだったら病院のベットとかにしろよ、おかげで動けねぇじゃねーか」

 愚痴を垂れるも、デス花の表情には確かな笑みがあった。相手を鬱陶しがりつつも愛おしく思う、そんな笑み。

「邪魔ッくせーんだよ、ボケ」

 言いつつ、ばけつの頭をゆっくりと、そして優しく撫でるのだった。



「ぅ……ん……」

 ふと、目が覚めた。長い眠りから目覚め、瞼をゆっくりと開ける。

「……ん?」

 まず視界に入ったのは真っ白な天井。見たことない景色に目をパチクリさせる。

 少しぼんやりとした頭で過去を思い出す。

 私はマゼルリルを倒したあと、くたくたで全身が重くてデス花の手を借りて病院に向かおうとして、そこから覚えていない。ここがどこかもわからない。

「ここは、どこ? 今……何時?」

「私は誰? なんて言わないでくださいね」

 すぐ横から声が聞こえ顔を向けると、そこには黄のロング髪に黒リボンを左右に付けた少女がいた。見慣れた魔法装束ではなく素肌の上からジャージを纏った姿。

「ぺポ!?」

「どうやら記憶喪失にはなっていないようでよかったです。それはそうと、ここは斬原区の大きな病院。そして今は魔人を倒してから丁度半日経ちました」

 戦闘中は夜だったから、今は次の日の朝か。

 天井だけでなく壁、自身が寝ていたベットまで白。僅かに漂う消毒の匂いもあり、ここは間違いなく病院。

 周囲から自身へと目を移すと、オーソドックスな入院着と腕を固定する三角巾を身に着けているのが見えた。看護師か誰かが着替えさせてくれて、骨折した箇所の処置までしてくれたようだ。

「そ、そんなに寝てたんだ。起きないと……ってて!」

 体を起こすとあばらと腕にズキッとした痛み。ぺポのデコピンを額に受け、再び仰向けの体勢に戻す。

「バカ。怪我人なんですから安静にしていなさい」

「そ、そうだよね、つい……」

「骨折が治るまで入院ですよ。とはいえ幸い、それ程大きな怪我ではなかった。一か月ほどで退院だそうです」

(一か月、か。あんな化け物と戦ってそれだけで済んだのはマシだけど、それでも一か月は長いな。それに……入院となると、お父さんにも事情を話さないとだよね。なんで黙って危険なことしてたんだって怒られるだろうなあ)

 一晩帰って来なくて、連絡すらない。

 きっと今すごく心配してる。スマホを入れたバックはアジトに置きっぱ、電話でも出来たらいいのだけど。

 なんて考えているとき廊下から誰かの足音が。部屋の扉が数回ノックされたと思うと、入ってきたのは少女。

「おや、085号。いいタイミングですね、丁度ついさっき目覚めましたよ」

「!」

 私と目が合うと彼女は驚いた顔をして、寝具の右へと駆け寄ってきた。

「か、体……いたいところない?」

「動くと痛いけど、じっとしてると大丈夫だよ」

 まだまともに動く右腕を伸ばして、彼女に頬に手をやる。どこか心配の残っていた表情は安堵に包まれた。

「魔法少女協会のブロンド髪の女が言っていました。彼女、そして囚われていた多くの少年達は、再び新たな孤児院に移されそこで過ごすことになるだろうと。多額の金で孤児を買い取り、験に使うような悪はもういない。皆安心して生きていけるでしょう」

 ブロンド髪の女、もしかして折神さんのことだろうか。

 どうやら実験体達のこれからは協会の人達に任していいようだ。085号一人の面倒を見るだけならまだしも、流石に全員を預かることは出来ないから助かった。

「……あ! ね、ねえ! 魔人にされた実験体の子達は!?」

「ちゃんと周り、確認したのですか?」

「周り?」

 言われて再度周囲を見回すと、並んだ複数のベットが確認できた。そこで寝ていたのは、どこか記憶にある十歳以下の子供達。すべて男の子。

「協会の魔法少女達は彼らを倒すようなことはせず、ただ捕らえるだけに留め体内の魔素を吸い取った。今までに無い事例でしたが、上手くいったようです。心体ともに衰弱はあったようですがそれだけ、命に別状はない」

「よかった……顔や腕も元に戻ってる。これで彼らは実験体としてでも魔人としてでもなく、人間として生きられる」

「研究所に残されたままだった実験体達も後に保護されたようです。それに、魔人があれほど暴れたにも関わらず、死傷者はいなかったそう」

 怪我した人はいれど死人はゼロ、この結末は想定していたものより随分いいものだ。魔素にされて犠牲となった少女達のことを考えると、完全なハッピーエンドだとは言い難いけれど。

 少年達も085号もチミドロフィーバーズの三人も、重い呪縛から解放された。それだけで、大きな成果だ。

「ねえ、028号ちゃん。こっちに体寄せて」

「?」

「いいから」

 怪訝そうにしていながら、028号は言われた通り身を屈めてこちらに近付く。うん、それでいい。頷きながらそう告げ、右腕を彼女の肩に手を回し、抱きしめた。

「なに、して……」

「これから、あなたは自由。何者にも縛られたりしない」

 五年前を思い出す。お母さんが魔獣に殺されたあと、助けてくれた折神さんに抱きしめられたときの温かさを。彼女にはこれから生きる道と人肌の温かさを知ってほしかった。

「好きなことをして、好きなものを食べて、好きに生きて。085号なんて名前は捨てて、もっと綺麗な名で生きて」

「……」

「何かあったときは、助けてあげるからさ」

「わたし……研究所のとき何もできなかった。あいつがこわくて……でも地上にでて、四人が戦っているのをみて、勇気をもらった。これからは好きに生きる。それに、みんなが危ないとき、わたしも助ける……!」

 回していた腕を離し、笑いかけた。そう口にできるなら彼女の今後は問題ないだろう。

「自由ですか……ぺポも、夢を再び追うべきなのでしょうか。学校行くという夢を」

 マゼルリルの研究所に潜入する前、学校で話していたことだ。だから学校に行きたいという気持ちを抑えて、まだ心残りがあるのに諦めると嘘をついて。

「前を向くって決めたんじゃないの?やりたいことはやるべきだよ、ぺポ」

「そうですよね。何当たり前のことを聞いているのでしょう……とはいえ、いつに通えるかわからないですけどね。ひょっとしたら十年後か。そのときにはばけつ、とっくの前に高校卒業してますね」

 そう冗談を言って、ぺポは笑ったのだった。笑み、彼女が普段全く見せることのない笑顔だ。満面の笑みではなく緩くだったが、確かに。

 思わず目を丸くしてしまった。

「え? 笑って……」

「? ……」

 言われた彼女もまた目を丸くする。きっと自身でも笑っていることに気付いていなかったのだろう。数秒沈黙し、頬を軽く染めつつぷいっとそっぽを向く。

「……笑ってません」

「い、いや笑ってたって」

「笑ってません!」

「笑ってたって!」

「うるさいです、黙りやがれです。舌噛んで死にやがれください。いや、ほっぺたをつねってぺポがここで殺してあげます!」

「い、いてて!」

 おそらく彼女なりの照れ隠しだ。

「わかった、わかったから! ぺポは笑ってない!」

「……フン、わかればいいんですよ」

「今、わらってたとおもうけど……」

 状況がわからず正論を言う085号を無視して、ペポはふと立ち上がった。混乱してる少女へ視線を送る。

「そろそろ行きましょうか。看護師にばけつが起きたことを告げなければなりませんし、きっとデス花と滅子の事情聴取も終わっている頃でしょう」

「ん」

 ペポに次いで少女は立ち上がる。そしてこちらに背を向けて扉へと向かっていく。

「じゃあね」

「ええ」

 ドアへと手を伸ばして出て行こうとしたとき、彼女は何かを思い出したかのように再び私へと顔を向けるのだった。

「そういえば、話すのを忘れていました。これからぺポ達は協会の魔法少女として活動していくことになりましたので」

「え?」

「これからチミドロフィーバーズは協会所属の魔法少女です」

「ええええ!?」

 ということで憧れだった魔法少女協会に入ることになりました。なんて容易に受け入れられられるわけがない。

 驚き動いてしまったためあばらに鈍痛が。痛い。

「っっ……ど、どうして!? てかいつの間に!」

 あまりに急だ。それに何でこんな大事なことを部屋から出るギリギリで思い出したのか。協会の魔法少女として戦えると聞くと前の自分なら大喜びしただろうが、今は困惑が勝つ。

「ブロンド髪のあの女に、ばけつを病院へと運ぶための手配を済ませたあと勧誘されました。チミドロフィーバーズの目的は果たされた、そのためこれから魔法少女として戦う理由はなくなる。けれどその実力を捨てるのは勿体ない。だから協会のメンバーとして力を貸して欲しい、給料もはずむ……とのことです」

「まあ確かに協会側の判断は合理的、人材は欲しいだろうし。でも私学生だよ? そんな常に協会支部で待機は……」

「その辺りはご安心を。具体的な活動内容は知りませんが、その辺りは配慮されるようです」

「そ、そう……」

 数秒天井を見つめて考えたあと、答えを出す。苦笑しつつ吐き出すように呟いた。

「ま、いっか。デス花や滅子はまだまだ戦いたいだろうし」

 だったら。

「その背中を支えてやんなくちゃ」

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