第三章

第十一話


 魔獣を倒したことをデス花に報告して、後は解散することになった。戦っていたときはまだ太陽は高く昇っていたけど、家へと到着する頃には沈みかけていて、空はすっかり赤色に。六限授業を受け、そこから魔獣との戦闘。あっという間に夕方だ。

 洗い物をかたずけながら、思わずため息を零してしまう。

「……はあ」

「どうした、ばけつ。お疲れか?」

 そう聞くのは、隣で私と共に皿洗いをする父親だ。

 眼鏡をかけていて中肉中背、毒にも薬にもならない雰囲気は私と似ていると思う。我が家では専業主婦だった母が亡くなったため、家事はすべて自分達で行っている。皿洗いも夕食のあとの恒例だ。

「ま、まあ……ちょっとね」

「なんだ? テストの点が悪かったとかか? 確かそろそろテストの返却期間だったろ」

「……そんなところかな」

 とは言うものの、実際は違う。魔獣との戦いで強く感じた死が、未だ頭に残っているからだ。

 でも、そう口にするわけにもいかない。そもそも魔法少女になったことすら告げてないのだ。心配はあまりかけたくないから。

「そうか。でも、気にすることじゃないよ。一回の失敗で落ち込んじゃ駄目だ、次頑張ればいい」

「うん。そう、だよね」

「それに勉強だけがすべてじゃないしね。僕としては君が今も元気に生きてくれているだけで嬉しいよ。お母さんもきっとそう思っているはずさ、天国でね」

「……」

 目を伏せ、お父さんはどこか憂う表情で呟く。

「こんなに大きくなってな……五年経った今でさえ何度も思うよ、ばけつが生きていてくれてよかったって」

 きっとその言葉は心の底からのもの。口調からしてそれは明白。

 少しして表情を元に戻し、次の大皿を手に取った。

「ああ、ごめんな。しんみりする話して。ばけつ、洗剤取ってくれないか?」

「……わかった」

 さっきのお父さんの話を耳にして、心の奥にちょっとした罪悪感が芽生える。洗剤を手渡したあと、頭の中で。

(お父さんに戦っていること隠してるの、なんか辛いな。今日は助かったけど、もし死んでたら……)

 痛いのは嫌だ。父親を一人残してしまうのも嫌だ。

 ちょっと過保護なところはあるけれど、いい人なのは確か。

 五年前に事件があったとき私の前では見せなかったが、お母さんが死んですごく悲しんでいたのは知っている。

 これ以上悲しませたくない。

「ばけつ、この皿棚に戻してくれ」

「……」

「ばけつ?」

「え? ああ、うん……!」

 頭にあるのは不安が殆ど。

 ――――――洗い物を片付け、お風呂に入る。そしてベットの上で横になった後もその不安は消えなかった。

「私、これから大丈夫かな……」

 天井を見ながら独り言ちる。ぼんやりとしながら考えた。

(もちろん、今でも魔獣を倒して民間人を守りたいという意思はある。けれどそれより恐怖が勝つ。化け物相手に一瞬でも判断を誤れば死ぬ。死ぬ。死ぬのは……怖い)

 ぺポに助けられ死は回避出来たが、次は同じようにいくとは思えない。万一のことを思うと死を想像して震えてしまう、すると負の感情によりまともに魔素を扱えなくなる。

 これからも必ず魔獣との戦闘は起きるはず、そのとき私は両の脚で真っすぐ立てるだろうか。

 無理だろうな。

 溜息を深く吐く。もう夜も遅いしいい加減寝よう、と目を閉じるが、それと同時に異音が耳に。

 ――――――ピロン

「?」

 軽快な音は、床にほったらかしにしたままだったステッキからだ。ベットから降り、手に取って軽く振る。

 開かれたウィンドウをチェックすると、チャットの欄にビックリマークが。どうやら誰かから連絡が来ているよう。タッチして確認。

『ばけちー、明日暇ヒマー?』

 滅子からの連絡だ。二人と別れる前に互いのステッキを接続し合い、チャットで連絡を取れるようにしたのだった。

 明日は土曜日、部活などに所属していないため確かに暇ではある。

『まあ暇だけど?』

『なら十時にアジトに集合! りょ?』

『今日みたいにまた戦い方を教えてくれるの?』

『ううん、一緒に遊びに行きたいだけ! どこ行くかは~ナ・イ・ショ』

 うーんと首を捻り、考える。大人しく従っていいかな。

『よくわからないけど、わかった。行くね』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る