第十二話


 そして約束の十時。

 アジトへの道は昨日で覚えた。オンボロアパートへと足で辿り着き、玄関の扉をノックしする。

「滅子~、来たけど「やっほ―――――!! ばけち―――――!!」

 扉が勢いよく開かれたと思ったら、中から滅子が猛スピードで飛び出して来た。そして、そのまま抱き着いて来るのだった。

 衝撃によって背中から地面に倒れ込みそうになるのを何とか堪える。

「グエっ! あ、危な……!」

「久し振りっ! 元気してた? てかその服カワイイ〜!」

「昨日会ったばかり……それに、私の服なんて滅子のに比べたら地味だよ……」

 適当に選んだワンピースを着て来た私とは違い、彼女の服装は完璧に整っている。黒のシャツとスカートは上手く言えないけど髪色と合っていてシック。いつものツインテではなく髪を下ろしていて、ブレスレットやネックレスなど小物を身に着けており、普段とはまた違った大人な印象を受ける。

 デス花はグロと女にしか興味無いなんて言っていたけれど、モデルとして活躍できそうなほどにはオシャレだ。

「別に、服などどうだっていいでしょう。全人類常に全裸でいい」

「ぺポはそれ……逆に無頓着過ぎるというか……」

 玄関から次いで現れたのはぺポ。昨日と同じ黒のジャージを羽織っただけの姿だ。

 スカートなどは確認できず、恐らく下着すら着用していない。

「許されるのなら服など着用せず全裸で外出するのですが、警察のお世話になりたくないので。全く不自由な世界です」

「今でも十分、ヤバい恰好だけど……」

 ジャージの丈が長いから、大事なところは見えてない。でも、もし強い風が吹いたりしたら……

「そんなことより、三人揃いました。こんなところで立ち止まらず、さっさと出かけましょう」

「三人? あれ、デス花は? それにどこに行くかまだ聞いてないんだけど」

「んひひ~、まだ内緒!」

「?」

 唇前に人差し指を立ててウインクする滅子。

 どうやらそれはついてからのお楽しみということらしい。アクティブっぽいデス花がいなくて、代わりに引きこもりのぺポがいる。何するかは知らないが、ちょっと不安。

「ばけちー、ウチらに付いてきて! ね!」

 ――――――彼女らに連れられ、向かったのはアジトから離れた賑やかな繁華街。休日の昼ということで人は多く、ぺポが奇異の目で見られないか心配だった。そわそわする私と違い、ペポはやけに冷静。目的地へと続く通りを歩く中、唐突に口を開くペポ。

「ばけつ……突然ですが、質問いいですか?色々聞きたいことがあります」

「質問?」

 持ってる性癖とか好きな体位とか、変なこと聞いてこないよね。

「ウチもばけちーに色々聞きたいな〜。そいえばまだばけちーのことちょっぴりしか知らないもん」

「まずは、そうですね……あなたは普段、どんなバイトをしていますか?」

 なんて思っていたけれど、意外と普通の質問だった。

 もしかしたら思考がペポに毒されてきてしまっているのかも知れない。

「バイト? ……部活やってないんだからやるべきかもだけど、何もしてないよ。別にお金使うタイプじゃないから、そんなにお金で困ってないしさ」

「……成程、学生は何も皆がバイトに勤しむわけではないと」

 面食らったような顔を見せるぺポ。滅子は私の前に出て、後ろ歩きしながら次の質問をした。

「じゃあじゃあ~、友達はいっぱいいる? 学校って色んな人がいるんでしょ?」

「確かに私の高校には何百人もいるけど、友達は……二人だけ」

「でしょうね」

「でしょうね……!?」

 ぺポのあまりに無慈悲な物言いで心の奥にチクリとした痛みが刺す。

 自分が人見知りでコミュ障だということはとうの前から自覚していた。けれどこうして改めて言われると、やっぱり傷付く。

「て、ていうかさ……私だってみんなに質問したいんだけどさ、いい?」

「ぺポ達にですか? まあいいでしょう」

 彼女達に躊躇して聞けないでいたこと、思い切ってここで質問してみようかな。

 前デス花と二人で歩いていた時は聞けなかった。気を遣っての行動だったけど、ずっとそうしてるだけじゃ何も変わらない。

 あまり直接的には質問せず、遠回し気味に。

「えっと……三人はさ、どういう関わりなの? チミドロフィーバーズとしてずっと活動してるってのは当然知ってるけどさ。何で知り合ったとか、さ……」

 すると二人は突然足を止め、互いの顔を神妙な表情で見る。そして再びこちらを向くのだった。

「ぺポりんともデスぴょんとも物心付いたぐらいの頃から一緒だよ」

「ええ……特に二年前、チミドロフィーバーズとして活動し始めてからは家族みたいなものです」

「家族……」

 彼女達はあのアパートをアジトと呼んでいるが、単なる集合場所ではなく家として使っているようだった。

 とすれば、少女三人だけで日々を送っているのだろう。

(学校にも行ってなくて、おそらく親も……いない。彼女達は――――――)

「あ! もう着いてるじゃん、目的地!」

「おや、気付きませんでした」

 彼女らが目を向けたのは、繫華街に並ぶ雑居ビルの中の一つ。

「ここが? ピンと来ないけど……」

「とりあえず入りましょう」

 ビル内へと続く通路を進んで行く滅子とぺポ。彼女らの後を追い、やがてエレベーターの中へ。上の階へと昇っていく。

「この先にそのお楽しみのやつが? 何があるかまだ聞いてないんだけど」

「そろそろ言っていいかな~……えっとね、五階にはネットカフェがあるんだよ」

「ネットカフェ? ああ、あれね」

 パソコンを使ってゲームしたり漫画を読んだり、個室でそれぞれゆったり出来る娯楽施設だ。ドリンクバーもあったりと自由度は高い。

(ってことを知ってるだけで、来るのは初めてだけど……)

「んひひ、楽しみ~!」

 五階に到着し、エレベーターの扉が開く。中から出て周囲を確認。静かでどこかこじんまりとした内装、入店してすぐ前にあるのはカウンター。

 そしてそこで受付をしていたのは、超絶見知った少女。

「いらっしゃ~せ~~~……ってお前らかよ」

 もうすっかり見慣れた派手な髪色に髪型。だが、服装は今までのものと全く違う。紺のポロシャツ、きっとここの制服だ。

「デス花!? そ、その服……」

「んだよ、いきなり大きな声出しやがって」

 何というか、普段のデス花とのギャップが大き過ぎる。

 あんな普段魔獣相手に暴れ散らかしてるデス花が、制服着て接客なんて。あのデス花がバイトなんて。ちょっぴりおかしくて、ついニヤけてしまう。

「あー? 何笑ってんだよばけつ! そんなにオレの制服がおかしいかよ。バ、バッチリ決まってるだろうがよ……」

 目を逸らし頬を染めるデス花、意外にも彼女にだって照れるという感情はあるらしい。

「ご、ごめん」

「それで、何でお前がここに来てんだ。あいつらに誘われたのか?」

「うん、滅子とぺポに……ってあれ?」

 呟いてから自身の両サイドを確認。だが、すぐ隣で立っていたはずの二人がいない。

 忽然と姿を消しており、辺りを見回しても影すら見当たらなかった。

「あいつら、ここへ着いた瞬間に本棚行ったみてえだな。オレ達はここでバイトしてんだが、今みたいにオレがシフト入ってるときはあいつらここで暇を潰しに来るんだ。オーナーが結構適当な奴でよ、他の客に迷惑かけなきゃ自由に部屋使っていいことになっている。色んな本置いてあるからな、暇なときは滅子もぺポもそれぞれ好みの本を読みに来やがる。どんな系統の本かは、言わねえでもわかんだろ?」

「よっぽど楽しみにしてたんだ……三人で暮してて、お金はバイト頼り。あんなボロアパートに住んでるんだもんね。娯楽にお金使う余裕はあんまり……」

「失礼だなぁ、おい! 別にオレ達の生活はそこまで苦しいもんじゃねーっつの。まあ余裕あるわけでもねえけどよ……んなこと、今はどうでもいい。それでよ、お前これから何すんだ? あいつら二人に連れてこられただけだろ」

「うん。連れてこられて、それから放置」

 昨日滅子に遊びに行こうと言われ素直に従った結果がこれだ。私が付いてきた意味は皆無。いや、デス花の制服姿を見れたのは面白かったか。

 ネットカフェに折角来たのだから利用したいところだけど、正直読みたい本も無ければパソコンいじる気分でもない。

 もう帰るべきだろうか。

 悩んでいると、デス花はカウンターの奥に行ってこちらに手招き。

「そうか、やることねえなら裏に来い。そこに吊っ立ったままだと邪魔になんだろ」

「え? いいの?」

 部外者の私がカウンター裏に立っていたら、間違いなく業務の邪魔になるだけだ。

「いいんだよ、この店客全然来ねえし。今はオレだけしか従業員いねえしよ」

「うーん、じゃあ……お邪魔させてもらおうかな」

 わざわざ来たのに、何もせずに帰るよかマシか。

 カウンターの裏へと回って、人目につかない奥へ向かう。店の裏側を見れてワクワクとソワソワを同時に感じつつ、『ほらよ』と差し出された丸椅子に座る。

 もう一つ用意された椅子で対面するデス花は、足と腕を組みながら話を切り出した。

「……なあ、いきなりだがよ。お前、何か悩みでもあんのか?」

「え……?」

 デス花の言う通りだった。魔獣に対する恐怖は一晩明かした今でも残ったまま。

「何で、わかったの?」

「やっぱりそうか……いや、ただの勘だったんだがな。お前の様子がいつもちょっと違う気がしてよ」

「あはは……顔に出てたかな……」

「何があったんだ? オレに話してみろよ」

 一度目を伏せ、考える。

 魔法少女になったのに今更魔獣に恐怖するのかと、デス花に馬鹿にされるかも。正直話すのは憚れるけれど、ずっと内で秘めたままでいるよりはいいか。

「……わかった、話す。あのね、怖いんだ……戦うのが」

 そして、戦って死ぬのが。

「…………」

「昨日魔獣との戦闘で、死ぬかと思った。そのときからずっと恐怖が頭に残ってる。きっと今の自分じゃまともに戦えない」

 魔獣に対して恐怖を抱いている自分が憎い。戦わないといけないとわかっているのに、戦うという意思があるのに、震えてしまう自分が嫌になる。

「まだ言って無かったけどさ、私……ずっと昔から魔法少女になって、誰かを助けたかったんだ。五年前に魔法少女に助けられて、それで目指すようになった。でも自分には優れた才能なんてないから、諦めてた。けど、デス花達にチミドロフィーバーズに誘われて……再び決意したんだ、魔獣を倒して人を助けるって」


「……それで?」

「でも、怖いの。魔獣と戦って死んでしまうんじゃないかって思うとさ、痛いのは怖い。お父さんを一人にさせるのも、嫌だ」

 俯きながら、そして唇を僅かに震わせながら言葉を重ねた。貯めていた内情をすべて吐露する中、デス花は真剣な表情を一切変えず、視線をこちらにじっと向けたままだった。

「もし次に魔獣と戦ったとき、死んじゃうんじゃないかって――――――」

「お前は、絶対にオレが死なせねえよ」

「……え?」

 そう口にし、右手を拳にして、私の胸上にドンと押し当てた。

「グエっ……!」

「オレは決めた、もう目の前で誰も死なせはしねえ。滅子もぺポも、もちろんお前も。守ると決めた相手は守り抜く」

 普段魔獣相手に発狂してる彼女とは大きく違う。口調も様子もまともそのもの。

(もう、誰も……死なせない……)

 学校に探索と称して無断で入ったり、奇行を繰り返していたマジカルバーサーカーと同一人物とは思えない。

 話していることは、頼れる人物のそれ。

 意外な一面を見せる彼女を目にし、つい口を開けたままにしてしまう。

「お前が危ねえ目にあったら、守る・庇う・助ける。そして、お前のその背中を支えてやる」

「……」

「お前はやりたいこと、誰かを助けるってのに集中してればいい。だから、安心して前を向け」

「前を、向く……」

 当たり前のことだけど、難しいこと。ネガティブで思わず下を向いてしまう自分には特に。

 そんな私の背を、支えてくれる。死なせないと宣言してくれた。

「ありがとう、そう言ってくれて。折角やりたかったこと出来るようになったのにさ、怯えててちゃ意味ないよね。デス花が背中を支えてくれるってなら、魔獣相手にも立ち向かえる気がする」

 死なせないなんて、はっきり言って根拠のない言葉だ。デス花は確かに強いけれど他人を完璧に守り抜けるとは思えないし、犬の魔獣との戦いではその場にすらいなかった。けれどどうしてか、今の自分なら前を向ける気がする。

 私に必要だったのは、彼女のその理屈など度外視した強引さ。

「そーだよ! ごちゃごちゃ考えねえで自分のやりてえことだけやればいいんだ!」

 礼を言うと、デス花は再び腕を組む。

「そんでずっと、前を向いてりゃいい! ……前を、向いて?」

 すると彼女は、表情を変える。

「オレは、ちゃんと前を向けてんのか……?」

「……デス花?」

「いや、向けてるに決まってんだろ……こうしてあの男をぶっ倒すために生きている、助け出すために生きて……」

 前を向け、そう言った彼女が次に見せたのは沈んだもの。破天荒でめちゃくちゃで、でも頼れる彼女が、不意に浮かべた弱気な顔。

 その表情が、頭の奥に強く刻まれるのだった。

「デスぴょ~ん、ちょっとこっち来て~」

「……あ? 滅子? 悪ぃ、用があるみてえだからちっと席外す」



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