第四話
私が山へと向かった理由は、山沿いに建てられた墓場に行くためだ。規則的に並べられたいくつもの墓石の中には、魔獣に食べられて死んだ母親のも混ざっている。
辺りはフェンスと緑で囲まれた広々とした墓地。砂利の地面を幾ばくか歩き、目的の前でしゃがみ、手を合わせながら呟く。
「お母さん、色々考えたんだけどさ。魔法少女になるって夢、諦めることにする」
語り掛けても聞こえるわけがないということはとうの昔からわかっていたが、月に一回緩い山道を登り近況報告をするのが習慣になってしまった。
相手はただの石でしかないはずなのに、つい心の内にあった思いを吐き出してしまう。
「やっぱり私じゃ無理みたい……夢を掴むなんて」
一度を瞑って、気持ちを整理する。数秒間の沈黙のあと口にした。
「でも、それでいいと思った」
何も幸せは夢を叶えるという行為にのみ訪れるものじゃないから。自分なんかに合うような職がそう見つかるとは思えないけど、いつか適性の仕事を見つけてそこで頑張ってみるという道もある。
「もちろん誰かを助けたいっていう気持ちはまだある。けどさ、叶わない夢を求めるのも疲れちゃったんだよね……」
こうやって大人になっていくんだなぁ、と高校一年生ながら思う。挫折は悪いことじゃない、今後の成長に大きく繋がるものなんだ。早速家に帰って色んな仕事調べようかな。
よし、と前置いて立ち上がり、大きく宣言。
「魔法少女目指すのやーめた!」
こうして声を上げることで、綺麗さっぱり忘れて未練なく――――――
(――――――とはいかないよね、頭ではわかってるんだけどな。憧れをパッと捨ててしまえるほど私は単純ではないってことか)
モヤッとした気持ちを胸に抱えたまま、母の墓に別れの言葉を告げ振り返る。
そして気付く。
「え?」
地面に刻まれた直径十メートルはあるであろう紋様。桃色の光の線で編み込まれた特殊な文字、特殊な円陣。周囲に墓石の無い広いスペースに展開されたその陣はどこか見覚えがある。
「あれって……魔法少女が戦闘の際に使う魔法陣? こんな大きいの初めて見た……いやそんなことより、何でここに?」
頭が疑問で埋め尽くされる中、展開された魔法陣の中央から、黒い『手』が這い出た。人間のものと酷似しているが、色といい大きさといい生物のそれとは思えない。
「なっ!?」
そんな異形の手が八つ。蠢き、手の平を地に張り付かせたかと思うと、次いで胴体までもが顕わになった。
でっぷりと肥え太った腹部と、四対もの腕が伸びる頭脚部。そのフォルムは節足動物である蜘蛛を想像させた。が、奴の姿は蜘蛛と言うにはあまりに巨大で、あまりに異質だ。
「く、蜘蛛の魔獣だよね。何でいきなり……」
まさか、最近話題になっている突然魔獣が現れる現象に出くわしたのか。
街中だけでなくこんな山沿いにまで現れるんだ。人気なんて無さそうなのに。
いやそんなことより。
「は、早く逃げないと!」
このままだとまずい。そう認識したときには、もう標的はこちらへと向けられていた。頭部は何故か花で埋め尽くされているため目に当たる部位は確認出来ないが、それでも奴らは人間を探知して来る。
――――――キェェェェエエエアアアッッッ!!
その叫びは生き物が出すそれと乖離していた、例えるなら死神。ダカダカダカと手をそれぞれひっきりなしに動かして、私の方へと一直線に突き進んで来るのだった。
「まずいまずいまずいまずいっ!」
急いで障害物の多くある山の方に向かって逃げる。墓の間に出来た道を駆け抜け、墓地の奥のフェンスをよじ登った。先には木々がところ狭しとそびえ立つ斜面。
(視界の悪いこの道を進んでいけば、私のことを見失ってくれるはず……多分!)
そう思ったのが間違いだった。
奴は圧倒的なパワーで樹木を薙ぎ倒しながら登って来るのだ。錯乱など意味が無く、むしろ斜面を駆け登らないといけないため、体力面で劣る私が不利になるだけ。
――――――キアあああああッ……!
「あんな化け物相手に上手く逃げられるわけない!」
斜面を上がりきると傾斜の低い山道に出た。道を変えて体力の温存を図ったものの、段々魔獣との距離は縮んでいく。
「ど、どう考えても無理っ……! 追いつかれる!」
平均ちょい下の運動能力の私と化け物、どちらが速いかは明白。ふと振り返って見れば、鋭い牙がこちらに徐々に迫って来ているのが見えた。
私の顔ほどもある牙、こんなの噛まれたら痛いどころじゃ済まないな。なんて状況に合わないクソ呑気なことを考えていたせいで、前方が急なカーブになっていることに気付かなかった。
「はぁ、はぁ……なッ!」
足を踏み外し、そのまま雑草が生い茂った崖を転がり落ちる。やがて木に体を打つことで止まった。
「痛ったた……体のあちこちが死ぬほど痛い……っ、そうだ!」
深く考える前に木の裏に身を隠す。次いで顔だけ出し元居た崖上を見ると、少しずつ下へと降りながら首をしきりに回し、こちらの居場所を探ろうとする魔獣の姿があった。
(よかった……何とか視界から外れることができた)
崖から落ちてしまったことが、むしろプラスに働いたのだ。
(このままずっと見つからずにいれば、多分大丈夫。魔獣が出現すれば協会の人達が察知する。時間はかかるだろうけど、魔法少女が助けに来てくれるでしょ)
うろうろと辺りを探索する魔獣、息を潜めて相手が立ち去るのを待つ。
(何か変なことさえ起きなければ、問題ない……)
――――――そう考えてしまったのが運の尽き。盛大なフラグとなってしまった。
「な、何あれ……魔獣!?」
「あんな大きいの私初めてみたよ!」
「バカ! 言ってる場合じゃねえだろ、は、速く逃げるぞ!」
「なっ……!」
声のした方を見てみれば、男子二人に女子一人の小学生らしきグループがいた。
何でこんなところに。いや別にそれほど深いところではないし、子供なら探検とかで来ていてもおかしくないけど。
はっきり言えることは、標的を失った魔獣が次に彼らを狙うということ。そして彼らの足では逃げられないということ。
「こ、このままじゃ三人共食べられちゃう……それはヤだ、助けないと! でもどうすれば」
何とか上手くこの場の全員が助かる方法を思考を巡らせて模索した。けれど私程度の脳では浮かばなかった。全員が無傷で済むのは無理、でも彼らだけなら。
「……やるしかない」
――――――キェェェェエエエアアアッッッ!
雄たけびを上げ、今にも襲い掛かりそうな魔獣。それを見て、私の体は自然と動いたのだった。
「待ってッ!」
二者の間に割って入った。すると魔獣の動きがビタッと止まる。
「子供なんか食べるより、体が大きい私を食べた方があんたも幸せでしょ!?」
「……!?」
「誰? いつの間に!?」
「いいから! 早く逃げて!」
戸惑いつつも頷いて、震える足で逃げていく子供達。魔獣の視線が彼らではなく、私へと移る。そしてゆっくりとこちらに近付くのだった。
私には彼らを見捨てることが出来なかった、かと言ってこの場を打開できる強さも持ち合わせていなかった。そんな私ができることはこれだけ、命に代えても三人を救って見せる。
そう意気込んで飛び出したものの、正直後悔していないと言えば嘘になる。
(怖い怖い怖い! 今から食べられると思うとすっごい怖いっ! お父さんごめんなさい勝手に死んでごめんなさいこれから一人にさせてごめんなさい!!)
で、でも……
(最期に魔法少女らしいことはできたかな――――――)
「――――――ギャッハハハハハハハハ!」
私の思考を遮る、耳を劈くような豪快な笑い声。
「……!?」
私も魔獣も声のした方へ視線を向ける。その笑い声の主は空中にいた。地上から大きく離れた宙に橙色の魔法陣を展開し、その上で仁王立ち。
「いいねェ、自分が犠牲になってまで助ける心意気。待ってろ、今すぐこいつをぐちゃぐちゃに潰したやっからよ! ギャッハ!」
魔法陣を生成していることから、彼女の正体は魔法少女で間違いないはず。だが彼女の見た目や言動は、記憶の中の魔法少女像とは大きく異なっていた。
腰以下まで伸びた大きなピンクのツインテに、髪色に合わせた魔法装束。それらとあまりにミスマッチな鋭い三白眼に、狂気を宿した笑み。
第一印象はカワイイでもカッコイイでもなく、怖いだった。
「オラッ! ギガント・三十二式ィ!」
彼女がそう叫び、右腕を高く掲げる。すると魔法陣が手の上に出現、自身の腕を通るように下降した。するとその魔法少女の右腕に赤くメタリックな機械が纏う。
彼女の体と同じ程の大きさを持つ巨大なフィストアーマー。
(な、何あれ? 腕に装着する武器? 魔法少女について色々調べたけど、あんなの見たことも……)
少女は拳を強く握り、魔獣の頭脚部に向かって飛び降りる。
上から下へ。重力を味方につけた機械腕での全力の殴打が魔獣に向かって降り注ぐ。
「
――――――ズガン!
その一撃で魔獣の巨大な体躯がひしゃげ、絶叫を響かせる。強撃を喰らわせたあと、少女は反動で跳躍し地面に着地。
地に足が着くと同時、再び右腕に魔法陣が通過して纏っていた機械が消失した。
「倒した!? あれを……?」
と思ったが、まだ息はある。魔獣は体勢を立て直し、狙いを更に変更。
「いいねいいねェ! こんなので沈まれたら困んだよなァ……」
彼女は腰のホルダーに装着していたステッキを手にし振るう。すると電子データで出来たホログラムウィンドウが前方に展開される。タタンと慣れた手付きで操作したあと、ステッキをホルダーへと戻し同時に宙のホログラムも消え去った。
悦楽を宿した瞳で相手を睨みつつ、バッと両手を真横に広げた。左右に展開させる魔法陣、その中央から出現するのは特殊な銃。二丁を手に取る。
さっきのとは違いあの銃は見覚えがある。
黒を基調としたモデルで、単なる拳銃より銃身が縦に長いことが特徴。グリップを握ると発生する電撃は内部に魔素が充填された証。
彼女らの使う銃に弾は無く、代わりに自分に注入した魔素を銃弾として放つ。
「名前は確か、戦闘兵装――――――マジカル・ガン」
「もっとだ、もっと楽しませてくれよ……」
一直線に猛スピードで突っ込んでくる魔獣。それに対して少女は逃げることなどせず、銃を構えたまま微笑。可愛らしさなんて微塵も感じさせないものだった。
「なァァァァアアアアアアアア!!!!」
「ギャッハ! ギャッハハハ!! ギャッハハハハハハハ!!!」
撃ち、更に撃ち、相手の体に風穴開ける。合計二十発の弾丸は魔獣の体を貫いた。敵に攻撃しつつ悪魔のような笑い声を上げる彼女の姿は、魔獣なんかよりよっぽど化け物じみていた。
デカい図体がぐわりと揺れ、魔獣はうつ伏せで倒れる。まだ動けるようだが、既に虫の息といったところ。
「チッ、もう終わりかよ。瀕死の奴痛めつける趣味はねェんだがなァ…」
「デスぴょんだけ先にずっるーい! ウチらだって殺戮したい! よね、ぺポりん!」
「いえ……ぺポにはあなた達のようなイカレた性癖は持ち合わせていないので」
なんか追加で来た。青と黄の魔法少女、ピンクの子の仲間だろうか。宙の魔法陣から飛び降りて地面に着地。
「んじゃ、止めはてめえらでやれ。滅子、ぺポ」
滅子と呼ばれた方は、毛量が多めでふわっとした青のツインテールが特徴。星型のヘアピンが髪に散りばめられていて、爪にはネイル耳にはピアスと派手。ハイテンションな様子から見た目と相まってどこかギャルらしい。
対してぺポと呼ばれた方は、常に無表情。薄黄色の腰まで伸びた髪とサイドに一つずつあしらった黒いリボン、服装も顔も可愛らしいが無機質な印象を受けた。
「OK~、レッツ死体蹴りー! ぺポりん行こっ!」
「あなた一人で仕留められるでしょう。無駄な体力使いたくありません」
「もう、釣れないなあ……じゃあ一人占めし~ちゃお!」
青の魔法少女はステッキから武器を選択したあと魔法陣を展開、そこから引き摺り出すように召喚したのはチェンソー。それもただのではなく、ステッカーなどのアクセでデコられた特別なもの。
高く跳び、魔獣の胴体の上に着地。そして起動。
ブゥゥゥウウウウウンン!
森中に特有の駆動音が響き渡る。
「真剣狩る☆ちぇーんそーの準備バッチリ! じゃ、張り切って行こ〜う。ぎゃりぎゃりターイム!」
高速で回転する刃、それを魔獣の心臓目掛け振り下ろす。直後絶叫。チェーンソーで斬られた箇所から大量の血を噴き出しながら、魔獣は断末魔を上げるのだった。
ギャッ、アアっ、アアアアアッッ!!——————/——————ギャリギャリギャリギャリ!!
苦しみ悶える化け物を、容赦なく斬り進めていく化け物。
「あっはッ! KILLのちょ~最高っ!」
「い、イカれてる……」
静観決め込んでいた私だったけど、そのあまりに凄惨な光景を目にしてつい口に出してしまった。
魔獣の体内から大量の血や臓物が飛び散り、それらを一身に浴びて全身真っ赤に染まる。だというのに、不快そうな様子はなくむしろ逆。
ハート型の瞳孔は爛々と輝き、恍惚とした表情を浮かべ、涎まで垂らして。
惨く、エグく、酷い有様に目を逸らす。
私が知ってる魔法少女はカッコよくてカワイく、そして強く優しく、例えるならヒーローのような存在だ。対して彼女達を形容するなら殺戮の権化と呼ぶのが相応しいだろう。
「おい、お前」
呼びかけられ、いつの間にかピンクの魔法少女がすぐ傍まで迫って来ていることに気付く。
「は、はい!? ごめんなさいごめんなさいっ! お金持ってないんで命だけは見逃していただけると……!」
「あ? 何ビビッてんだ?」
戦闘中はバッキバキの三白眼を携えていたけれど、今は少女らしい瞳を携えてこちらを怪訝そうに見る。
「まあいい、なあお前……さっき近くにいたガキ共庇ったよな」
「えっ、はい……! あの子達を助けるには、ああするしかないと思って……」
「へぇ……」
何かを企むような表情のあと、彼女は他の魔法少女の元へと戻っていった。そして何やら三人で円になってコソコソと話し出す。
「なあ、あいつ――――――」
「え? いいの~?――――――」
「あんな陰キャ臭いメスを――――――」
「オレの直観を――――――」
ピンクの言葉を聞いたあと、青と黄色は悩む様子を見せ僅かに時間を置いてから頷いた。何話しているか殆どわからなかったけど良くないことな気がする。陰キャ臭いメスなんて人生で初めて言われた罵倒だ。
話が済んだのか、ピンクは再び私の前に。
「よかったな、名も知らねえ奴。今日からお前をオレ達のチームに加えることに決めた!」
「……はい?」
正直言ってる意味が分からなかった。
――――――チーム? 入る? 何の話?
「あ? 聞こえなかったのか? ならもう一度、ちゃんと詳しく言ってやる。これからオレ達と一緒に魔獣と戦ってくれ。非合法魔法少女チーム・チミドロフィーバーズの四人目の魔法少女としてな!」
「……はい!?」
言ってることは理解できた。だが納得はできない。
「よし、早速オレ達のアジトに来い! ステッキとバングルは用意してある、帰って早速特訓だ」
(え? 非合法の魔法少女のグループ? そんなのあったの? てか存在していいの? 協会に所属していない人がステッキとか持ってたら犯罪だったはずだけど……)
「これからよろしくね、黒髪ボブちゃん! ね、ハグしてい~い?」
「フン、精々足を引っ張らないように努力しやがれです」
でも、危険な香りがすると同時に千載一遇のチャンスでもある。私は魔法少女になるという夢を完全に諦め切れなかった。このまま生きていても協会に所属することはできないだろう。魔法少女にはなれないだろう。
そんな私に神がくれた最後の希望。
「ほら、ボーっとしてねえでさっさと……」
だけど。
「だけど、やっぱり無理~~~~~!!!」
彼女達に背を向け、全力で逃げた。追いかけて来てるかすら確認せずひたすら逃げた。とにかく逃げた。
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