第二十四話
物心付いてすぐの頃、孤児院から引き取られた。そしてあの男からいくつもの実験を受けた。
最初の数日は不安だらけだった。
『こわい、くるしい……くすりにがい、やだ……』
無機質な牢の中で、オレは毎日ベットに横たわりながらべそかいて。あの頃のオレは弱かった。
常に何かに怯えてて、でも、独りぼっちではなかった。
『ねえねえ、なんでいっつも一人でいるのー?』
『?……だって、ともだちいないから』
『じゃあさじゃあさ、わたしがともだちになってあげる!』
実験体達が交流でき、共に遊ぶことが許される自由時間。特に仲の良い相手もいなくいつも隅っこで遊んでいると、ある日ブロンド髪の同じ実験体が話しかけて来た。
彼女に与えられた番号は、004。明るくて、優しい子だった。
『ねえねえ、今日はなにしてあそぶー?』
『じゃ、じゃあ……今日は……』
頭の中には不安しかなくて食事すらまともに取れなかったのに。あの子と出会ってからは、気が楽になった。
『008号ちゃん、貴方には才能がある。少々性格は引っ込み思案なところがありますが、身体能力は他の実験体より優れています。特別な人体改造を施して差し上げましょう』
『じんたい、かいぞう?』
『心配する必要はありません。ちょっとばかし嗅覚を強くするだけです。匂いさえ覚えてしまえば、どこからでも相手の位置を特定できる。戦闘の際便利でしょう?』
奴に嗅覚を弄られ、人の匂いに敏感になった。寝ているときでもあの男が近づいてくると、嫌でも目を覚ましてしまう。
「あの男の不快な匂いが鼻に届いて、とても嫌だった。でも、悪いことばかりじゃなかった……」
後日、004号にそのことを話した。人体改造のせいで安心して眠れないこと。
すると彼女は首を捻ったあと、急に笑顔なってオレのことを抱き締めてきた。
『じゃあ、わたしのにおいをおぼえて……そうしたら、安心できるでしょ』
「あの子の、温かくて、優しい匂いは……今でも覚えている」
夜になって、一人になっても遠くから彼女の匂いが感じ取れた。ずっとずっと不安だらけだったのに、安心できることが増えた。
004号という存在が傍にいてくれたことで生きてこれたと言っても過言ではない。
『008号ちゃん、貴方には新たな実験を受けてもらいます。第二次成長期を迎え、魔法少女に変身できるようになった今。魔獣と戦い生き残ってください』
実践を繰り返すことで、あの男は本格的にオレを最強の魔法少女へと成長させようとしていた。複数の実験体達と共に魔獣と戦わされて、散って行く仲間達を間近で見た。
飛び散った血、ピクリとも動かなくなった体。
それらが夢でフラッシュバックするほど追い詰められていたときも、004号は慰めてくれた。
彼女はオレと同じように魔獣と直接戦うような実験は受けてなく、確か人の死を見せ続けられる滅子と同じものを受けていたはず。
彼女もまた疲弊していたようで、日に日に表情がやつれていたけれど、それでもその優しさは失っていなかった。自分も辛いはずなのに、他人の心配までしていたのだ。
ある日聞いてみた、何故あんな実験を受けてへこたれずにいられているのか。
『私はね、ちゃんとこの実験を受けるよ。強い魔法少女になれるんでしょ……もしなれたら、008号もみんなも、助けられるから』
強くなって、オレ達を支配している悪魔を倒して、実験体全員を助ける。彼女はそう宣言したのだった。
けれど、その夢は呆気なく砕かれ、散ってしまう。
『004号ちゃん、008号ちゃん。二人には新たな実験を受けて貰います』
二人で密室に閉じ込められ、戦い、負けた方は殺されるという極めて理不尽なもの。大切な友人に対し、暴力なんて振るうことができるわけも無く、ただ困惑することしか出来なかった。
監視室からオレ達の様子を見ていた男は、遠隔から告げる。
『あァ、もし十分後に決着が着いていなければ、二人共殺しますので』
その言葉を聞いて、体中が震えた。このままだと殺される。目の前で何人もの仲間が倒れるのを見て来たオレは、死というものに極度の恐怖を感じていた。
でも、自分が死なないために親友を犠牲にするなんて。
混乱する中、004号はオレの前まで来て言った。
『私を……倒して』
『……え?』
『私を倒して、008号ちゃんが生きて』
『や、やだッ……! 私の手で004号を殺すぐらいなら、一緒に死ぬ!』
『それじゃ、ダメだよ。私のやりたいことができなくなっちゃう。私の代わりに生きて、私の代わりに思いを受け継いでほしい……008号ちゃんが強い魔法少女になって、みんなを助けてほしい』
『だったら、私を倒してよ! 私を倒せば……!』
『008号ちゃんが誰よりも強いこと、私知ってるんだよ。あなたの方が上手くやれるって信じているから』
彼女と言葉を交わして、でも何もしないまま時間が過ぎて。タイムリミットが迫る度、どんどん体の震えが増して来て。
残り一分になったぐらいから、記憶が消えた。
次に意識を取り戻したときには、目の前で004号がボロボロの状態で倒れていた。
『あ、あれ……どう、して……』
004号はふらふらとした足で立ち上がり、体中痛むはずなのに笑みを見せた。
そして、言う。
『私、さ……死んでも、008号のこと――――――』
――――――パァン!
頭部が爆破され、鮮血が散る。首から上が無くなった死体が倒れる。
最期何を告げたかったのかも聞けず、死んだ。
「その日から何度もゲロを吐いた。寝る度に悪夢を見た。今でもあの瞬間を思い出すだけで気分は悪くなるのだから、当然だ」
自分のせいで004号が死んだ、その事実が脳みそをごちゃごちゃにかき乱してきて頭がどうにかなりそうだった。
でも、正気は失わなかった。
彼女との約束があったから。
『強く、ならなくちゃ……』
再び一人になってしまった自由時間。広い部屋内の隅で俯きながら、独り言ちる。
――――――こんな弱い自分は捨てて、強く……
今までの自分は弱い自分、強い自分になるためにすべてを変えた。
口調も変えた、性格も矯正出来ない程までに変えた。戦うことに怯えてしまわないようにと、戦闘を求めるようになった。
これで、強くなれたそう思ったのに。
「結局、みんなを助けられなかった……約束したのに」
頭を抱え、俯き、吐き捨てるように言う。
「結局、オレは弱いままじゃねえか…………」
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