第三十一話


「ふぅ……なんとかなったみたいだね」

 ばけつと別れた数分後のこと。折神は相対した魔人を片付けたのだった。もちろん、約束した通り殺してはいない。

 三体ともうつ伏せにさせ、魔素の矢を手や足に上から地面ごと貫かせることで、拘束させたのだ。

『ウ……ぁ、イタ……ぃ……』

『た、タス、け……』

「苦しいだろうけど我慢してね。手加減しつつ動きを止めるなんて容易じゃないんだから」

 手にしていたマジカルボウを捨て、口下に手を当てる。

「さてと、状況はどうなってるかな」

 言いつつ初めに出現した魔人、マゼルリルへと目を向ける。

 並ぶ店群を超えた遠く、ビルの間から化け物の姿が確認できた。

 先程までのように辺りを矢鱈滅多に壊している様子は無い、動きからして誰かと戦っているようだ。

「おそらく切崎ちゃんと……あれだけ大口叩いたんだ、まだ死んでいないことを祈るよ。ん?」

 ふと、後ろから気配が。背後を見てみるとピンク色の魔法陣が二つ。

 折神は一瞬警戒するも、すぐにそれを解いた。そこから現れたのは見知った魔法少女だったから。

「折神先輩、これは一体どういう状況っスか?」

「ぃよっと。間に合った……って感じじゃないよね。これは」

「鉄木場ちゃん。それに、巡さん」

 折神のことを先輩と呼ぶ、灰色の長髪でギザ歯に三白眼が特徴なのが鉄木場。

 魔法装束を着用しているものの、彼女の見た目は魔法少女らしくない。フリフリとした特有のものではなくカッチリとした軍服に近いもの。黒のマントや帽子を身に着けているダークアーミー風だ。

 顔付きや服装から鋭い印象が漂ってくる。

「急に呼び出されたかと思えば突然の地響きで、危険な匂いがする方向に向かってみれば。何スかあの巨大なクリーチャー……」

「チョベリバ……なんてふざけて言ってる場合じゃないみたい。まるで人織ちゃんだけこの状況を事前にわかってたみたいだけど、何か知ってるの?」

 そしてもう一人は鉄木場とは違い派手な印象。腰下まで伸びた黒髪にはライトグリーンのインナーカラーが入っており、街を歩けば十分に目を引くことになるだろう。

 目立つ要素はそれだけでなく、ノースリーブのシャツにスカート、ニーソまで黒を基調に緑のポイントが入った服装。インナーカラーと同じ色のカラコンとつけ爪というクラブにでもいそうなギャルらしい見た目をしている。

 若い顔立ちに反してかなりの高身長。相手のことをちゃん付けで呼ぶ折神が敬称を使うことから、彼女より年上だとわかる。

「詳しく事情を話したいところですが、色々と複雑なので。すべてが終わったあと話します」

 口調も他の人に対してのものと違う。

「私達が今優先しなければいけないのは、民間人の安全の確保……そして複数体現れた小型の魔人の捕縛。まだ避難が完了していない人は多くいるはず。彼らをこの場から遠ざけ、被害者を最小限に抑えることがこれからの目的です」

「魔人ってそこらに現れた人型の魔獣だよね。倒すじゃなくて、捕縛?」

「ええ、捕縛です。倒さず捕らえないといけない。これから他の区からも魔法少女が援護に来るでしょうが、こちらで彼女らにも伝えておきます」

 折神は洗練された手付きで、魔法少女トレードマークと言えるステッキを右手に、そして振る。ホログラムで出来た画面が宙に、すぐさまチャット欄を開いた。

「それに、あのデカブツはどうするんスか?」

「一人、既に対峙している魔法少女がいる」

「誰? 協会の魔法少女じゃないはずだけど」

 滑らかな指裁きでキーボードを叩き、他の魔法少女達へと送るメッセージを打ち込んでいく折神。巡は折神の顔を覗き込むようにしながら疑問を投げかける。

「非合法の魔法少女グループ、チミドロフィーバーズ。それに加入した新たなメンバー、前に話したでしょう?」

「あ~、前に言ってた子ね?」

「そいつってつい最近入ったんじゃなかったっスか? ……よく知らないっスけど、あんなに勝てるほど強いんですか?」

「そこまでの実力はないね。彼女の戦いを少ししか見たことないけれど、はっきり言える。経験があまりに無い。巡さんに私は当然、鉄木場ちゃんにも極劣る。けれど魔法少女ならわかるでしょ」

 魔法少女に力に関する基本的かつ重要なこと。

「覚悟さえあればその経験の差をひっくり返すような力が手に入る。彼女からはそれを感じた」

 折神の言葉に巡は体勢を戻し、肘を立てて訝しむ。鉄木場も流石に今の言葉には懐疑的な様子。

 もちろん魔法少女は思いにより力が増すことは知っている。

 しかし塵芥四区、いやひょっとすれば国中にまで危機が及ぶかもしれない状況で、正式に認めていないグループの新人に任していると知れば、当然その反応になる。

「先輩らに物申せる立場ではないことは重々承知っスが、流石にそれは……」

「だって一人でしょ?いくら強力な精神を持ち合わせていても、あの化け物まではちょっと」

 巡の言葉を聞いて、折神は口角を上げて笑みを作る。

 彼女の表情にはどこか不気味さを感じられたが、けれど同時にどこか暖かみもあった。

「どうやら、一人ではないらしいですよ。彼女が言うには、他の三人が必ず支えに来てくれるのだとか」

 折神の続きの言葉を聞いても、二人の表情はより険しくなった。

「その三人をこともいまいち信用しきれないんスけど……」

「必ず支えに来てくれる、ねえ……ん? そういえばここに来るまでに見慣れない三人組の魔法少女が見えた気が……」

「……ふふ、成程……そうですか」

 意味ありげな表情を浮かべたあと、宙のホログラムウィンドウを消去させた。

 そして身を翻し、彼女が向かうべき道へと歩き出す。

「今回、私達の出番は少なそうだね」

 でも、それでいい。

「この物語は君達で終わらせるべきだ」

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